コバタへ行く理由
――兵士を乗せた馬車や、食材を積んだ馬車がキーリスからコバタに向けて走る。
瑞希とシャオ、チサ、そしてグランは揺れる馬車の中、奇妙な沈黙が生まれていた。
「なぁ、グランは何を怒ってるんだ?」
膝に座るシャオは、瑞希と目を合わせるために頭を上に向けると、目を細め唸り始める。
シャオはグランが怒っている理由に心当たりがある様だ。
「何でお前迄怒るんだよ……」
瑞希は溜め息を溢しながら、シャオの頭をぽんぽんと叩くと、鞄からブラシを取り出しいつもの様に暇潰しのブラッシングを始めた。
怒ってはいてもブラッシングの気持ち良さには敵わないシャオの顔は、瑞希には見えないがにやけている。
シャオの目の前に座るチサと、シャオの目が合うと、シャオはぐっと表情を引き締める。
「それにしても炊き出しをして欲しいって、変わった依頼だよな~」
瑞希は独り言ちながらバランに言われた話を思い出していた――。
◇◇◇
時は少し遡り、瑞希達との朝食を終えたバランは、食後にモーム乳を飲みながら話し始めた。
「――ミズキ君にもコバタ迄ついて来て貰いたいんだ」
瑞希の茶を啜る手が止まる。
「えっと……それは魔法使い退治でしょうか?」
瑞希とて自分の戦闘力はある程度把握している。
荒事になるならば、シャオとの魔法も有利に働くだろう。
だが、瑞希は人型の魔物は切れても、人を切る決心は付けていない。
瑞希の質問にバランが首を振る。
「グランの報告だとミタスの残党がコバタを占拠しているらしいが、そちらは我々の仕事だ。ミズキ君が心を痛める事をさせるつもりはない。ミズキ君にお願いしたいのは住民への炊き出しだ」
「炊き出し?」
バランは瑞希の質問に頷く。
「グランの報告によると、コバタの貧富の差は激しく、現状食う事すらままならぬ様な住民がいるらしい。ダマズが治めていた時も治安の悪い箇所はあったのだが、今やその時以上の有様の様なのだ」
「そこで炊き出しですか?」
「まずは飢えからの解消からだ。魔物の災害があった時にある程度の復興までは見届けたつもりなのだが、思った以上にダマズが私腹を肥やしていた様だ。報告にあった様にダマズが亡くなっているのであれば財産等は復興に使うつもりだ。どれぐらい残っているかはわからんがな」
バランは溜め息を吐くと、瑞希は気になった所を確認する。
「ダマズさんが亡くなったのであれば、だれがその街の領主を務めるんですか?」
バランはカエラと目配せをし、カエラが頷いてから返答をする。
「今はまだ保留だが、どうせならウィミル嬢と手を組んで二つの地方の貿易都市にしようかと考えているんだよ」
「貿易都市……?」
「コバタの目の前には草原が広がっているから環境さえ整えばモームを育てる事も出来る。それにミズキ君が提案してくれたタープル村の池から水を引けばペムイを育てる事も出来る」
「そしたら、乳製品もペムイも自ずと量も増えるやろ? うち等はそれを管轄する街があってもええと思ってんねやわ。マリジット地方からも人を出して、移り住む人を募るつもりや」
「そうか……街の位置も、モノクーン地方の端と、マリジット地方の端で丁度中間地点だし、それに魔法使いの人達も協力してくれるなら作物も早く作れますしね」
瑞希は二人の話にうんうんと頷きながら納得する。
「その通りだ。魔法という才能の使い方はミズキ君達が示してくれた。人を傷つけるだけでなく、他の活用方法を提示して雇用しようと思っている。そのためのモームであり、ペムイなのだ」
「じゃあ炊き出しというのはその二つを使った物が良いんでしょうか?」
バランは瑞希の言葉に笑顔を見せると、その言葉に頷く。
「話が早くて助かる。ウィミル嬢からミズキ君の料理の話は聞いた。コバタで作って欲しいのは乳製品とペムイを使った物だ」
「それでいて消化が良くて、温かい物ですね?」
「そこまで条件を付けても大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ? こっちにはシャオとチサの魔法がありますし、寒くなって来たから温かい物の方が良い。それに炊き出しとなると、啜るだけで食べれる様な物の方が配りやすいですしね」
瑞希が横に座るシャオとチサの頭に手を置くと、二人は瑞希に頼られたのが嬉しかったのか、笑顔になり、胸を張る。
「わしの魔法の火力ならどんな場所で、どんな料理でも作れるのじゃ!」
「……うちの水魔法も使える!」
「そうそう。二人が居るなら食材さえあればどこでも料理が出来ますよ!」
「そう言って貰えると助かる。食材等はこちらで手配するから必要な物を後で教えてくれ。グラン、お前の隊は私の隊と共に残党退治だ」
グランはバランの言葉に驚く。
「バ、バラン様も出るのですか?」
「当たり前だ。コバタの民にも今後のコバタを示さなければならんし、街の状況を知る必要がある。背中は任せたぞ?」
グランはバランの言葉に武者震いを起こしながら、思わず立ち上がった。
「お任せくださいっ! 我々は同じ過ちを犯しません! そうだなお前等っ!?」
グランは自分の小隊の兵士へと激を飛ばした。
「「「「はいっ!」」」」
グランの部下である小隊の兵士達は、立ち上がり声を揃えて敬礼をする。
グランからすれば、バランが汚名を返上する機会を与えてくれたのだ、嫌が応にも気合が入る。
「では、明日の昼前には出発をしよう。各々準備に取り掛かってくれ」
バランはそう言い残すと食卓から離れて行った。
グランを始め、兵士達も準備のために急いで席を離れた。
残されたのは瑞希達とカエラだ。
「コバタって一応はバランさんの管轄ですよね? 勝手にマリジット地方と共有しても良いんですか?」
「ダマズのあほがおらんくなったから出来る話やけど、元々うちからしたらコバタ言うんは邪魔やってん。コバタからモノクーン地方の食糧を買い付けるにしても、一々値を吊り上げとったからな。キーリスと直接取引しようにもいらんちょっかいかけてきよるしな」
「バランさんからしても自分の領地で勝手な行動を取る人より、領地を分けてでも気の合う人と組んだ方が楽って事ですか……。領地の振り分けをしてるのは王族の方なんですよね?」
「せやねん。まぁダマズが死んだ言うんはグランはんの報告やとほんまみたいやし、アスタルフ城の使用人からも裏は取れとるみたいや。急な事やしうち等がしっかりやったら王族も茶々は入れて来んやろな。せやからコバタを落ち着かせるんはバランはんの仕事。王族を黙らせるんがうちの仕事で振り分けたんや」
カエラは矢継ぎ早に説明すると、喉が渇いたのかカップを手に取り茶を啜る。
「えっと……つまり王都に行く理由が……」
「婚約者がいるって王族の求婚を断りに行くのと、コバタ周辺の領地はうち等に任せろって言いに行くのと二つになったな!」
カエラはカップを置くと、二本の指を立てて瑞希にピースサインの様に示す。
婚約者という言葉にシャオが何度目かの怒りを覚えるのだが、瑞希からも再三説得されたので、この場ではグッと怒りを飲み込んだ。
「それにコバタ移住にはヤエハト村の人等にも声を掛けるつもりや。勿論有償でや……」
カエラの口から急に故郷の名が出て来たのにチサが驚く。
「ペムイを育てるためにですよね? じゃあチサは……」
瑞希はチラリとチサの姿を見やる。
チサは瑞希の目を見てブンブンと首を振る。
「……まだ何にも身についてないもん!」
チサは家を出た時の父親であるザザの言葉を思い返した様だ。
チサを連れて行くのはモノクーン地方でペムイを育て始めるまででも良いと言われているが、チサ自身は瑞希達からまだ離れたくはないらしい。
瑞希はふっと息を吐き出し、チサの頭に手を置く。
「まぁザザさんが言ってたのは最短でチサを返す期間だろ? それにコバタにザザさんが移住する事になったらチサも会いに行ける距離になるかもしれないし、その時は一度顔を見せてやれよ?」
「……おとんがこっちまで来るやろか?」
「どうだろうな? それに今チサに出て行かれたらシャオが寂しがるからな?」
シャオの耳はぴくぴくと反応する。
「べ、別に寂しくなどないのじゃっ! チサにはまだまだ魔法を教えなくてはならんだけじゃっ!」
シャオはモーム乳のグラスを手に持ったままプイっとそっぽを向くと、照れを隠す為か、ごくごくと飲み干した。
一緒に居る時間が長い瑞希とチサは、シャオの照れ隠しに気付き、くすくすと微笑む。
「でもマスギの旦那はんが来てくれたらうちとしては大助かりやなぁ! うちもミーテルに戻ったら旦那はんに声かけてみるわぁ!」
「……え~……おとんがこっち来たら五月蠅そう……」
チサはザザが来る想像をしながら嫌そうにぼやくのだが、チサもまた照れ隠しにそうぼやいているのが分かる瑞希とシャオはチサに気付かれぬ様に笑みを含むのであった――。
いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。
本当に作者が更新する励みになっています。
宜しければ感想、レビューもお待ちしております!