バランの思惑
瑞希達が調理をしている中、厨房では朝食時の兵士や使用人の朝食ラッシュが始まり、瑞希は勿論、シャオとチサも手伝い、瑞希達は朝食を取りに来た者達は三人の姿を見て盛り上がっている事など露知らず。
本日の朝食はパンとオムレツ、野菜スープなのだが、瑞希とシャオがすごい早さでオムレツを作り上げ、チサが皿を手渡し、次々と受け取る。
勿論シャオは魔法を使い、瑞希は技術を使う。
オムレツとスープの味は以前瑞希が教えたレシピであり、瑞希とシャオは作り慣れている物だ。
瑞希とシャオの作るオムレツは表面がつるりと仕上がっており、朝食を受け取った者達にも瑞希達が作った事が伝わるのか、受け取った者は綺麗なオムレツを見てこっそりとガッツポーズをしている。
「そろそろ炊き込み御飯も炊けるし、グラン達も来るかな? チサ、炊き込み御飯の蓋を開けてみな?」
朝食のオムレツを粗方焼き終えた瑞希とシャオは、鉄鍋を片付け、蓋を開けるチサの元に歩み寄る。
チサが蓋に手を掛け、持ち上げると、湯気が立ち昇り、出汁の香りが辺りに広がる。
「……にへへへへ!」
チサは美味しそうな香りとまだ食べた事のないペムイ料理に想いを馳せただ笑い、広がった香りを嗅ぎ取った厨房の使用人達は、早く食べたいがために急いで作業を進めるのであった――。
◇◇◇
食堂の一画に席を取り、朝食の準備を済ませた瑞希達とグランの小隊五名、それに加えアンナとジーニャが席に座っている。
各々の前には炊き込み御飯、デエゴの澄まし汁、出汁巻き、リッカの糠漬けが並べられており、瑞希からすればどこにでもある様な日本の朝食が並んでいる。
瑞希達はいつもの様に手を合わせる。
「コバタへの遠征お疲れさん! 頂きます!」
瑞希がそう言い放ったのを皮切りに、グランはまず大好物になった出汁が並々と入っている澄まし汁から手を付ける。
汁から飲みたいグランは、匙でデエゴを避け、汁だけを匙で啜る。
「――美味い……美味いなっ!? デエゴだけだからか出汁の味が良く分かる!」
「だろ? デエゴも柔らかくなって、汁を吸って美味いんだぞ? チサ、炊き込み御飯の味はどうだ?」
瑞希は茶碗を手に持ち、箸を使って搔き込む様にして猛烈に食べているチサに声を掛ける。
チサの口の中には鶏や根菜から出た旨味を吸収し、しっかりと味の付いたペムイでパンパンに膨れ上がっている。
話しかけられたチサが、一度飲み込もうと、咀嚼をすると、ハクスがこりこりと良い食感を生み出し、その楽しさが顔ににじみ出たのか、瑞希に飛び切りの笑顔を見せる。
「美味そうで何よりだ! シャオの出汁巻きも美味く出来てるな」
瑞希は箸で出汁巻きを持ち上げ、層になっている表面を確かめてから口に運んだ。
瑞希の教えをきちんと守っているのか、出汁が蒸発して硬くなった出汁巻きではなく、しっかりと出汁を含んでいる。
「くふふふ! ちゃんと火加減を気を付けたのじゃ!」
「偉い偉いっ!」
瑞希はいつもの様にシャオの頭を撫で、シャオは得意気に胸を張る。
瑞希は炊き込み御飯を口にしてから、箸休めにリッカの糠漬けを頬張る。
こりこりとした食感と、酸味の中に旨味を感じられ、上出来だと頷いていた。
「チサの糠漬けも美味しいな! 炊き込み御飯とも合うよ」
「……にへへへ! いつでも食べれるでっ!」
「瑞希の炊き込み御飯も美味いのじゃ! おかずがなくともペムイが進むのじゃっ!」
「わはは! ありがとう」
三人はいつもの様に互いの料理の感想を述べる。
三人からすればいつもの事なのだが、今この食卓には瑞希達の料理を初めて食べた者もいる。
グランはいつもの様に炊き込み御飯を頬張り、頷きながら咀嚼を続けるが、グランの隊員達は一心不乱に炊き込み御飯にがっついている。
「「「「おかわりっ!」」」」
「早いなっ!? 大盛りで良いか?」
「「「「はいっ!」」」」
瑞希は笑顔で隊員達から茶碗を受け取ると、炊き込み御飯を山盛りに入れて茶碗を返した。
「シャオ殿は本当に料理上手になってきたな? この卵の料理も美味しいぞ」
「チサちゃんの漬けたリッカも美味しいっす! どっちの料理も炊き込み御飯に合うっす!」
「くふふふ! 魔法を使えば簡単なのじゃ!」
「……シラムなんかも漬けたら美味しいらしいから今度作っとくな!」
料理を褒められ、上機嫌になった二人は再び炊き込み御飯を口にする。
瑞希達が朝食を楽しんでいると、食堂がざわついた。
食堂をざわつかせる張本人達が瑞希達のテーブルに近付くと、瑞希達三人以外は一斉に立ち上がった。
「こ、この様な場所にどうされましたかっ!?」
立ち上がった者の中からグランが代表して近付き、立ち止まったバランとカエラに質問をした。
「あぁ、先程のグランの報告で、ウィミル嬢と話し合ってな。私達に構わず座って食事を続けてくれ」
「はっ!」
グランはバランからそう言われると、席に座り、食事を続ける。
普段ならばバランが離れるまでは不動で過ごすのだが、目の前には瑞希達の作った朝食の香りが、早く食べろと言わんばかりにグランの鼻腔をくすぐっていた。
グラン以外の者もそれは同じで、グランが食事を続けるならばと、再び炊き込み御飯にがっついていく。
「ちょっとミズキはんに話があったんやけど……うちもここで朝食頂いてもええ? うちが渡したペムイをこれまた美味しそうに仕上げてるやんかぁ!」
「たっぷりあるから構いませんよ? バランさんも食べますか?」
「そうだな頂こうか。ここで食事をするのも久しぶりだな」
バランは昔を懐かしむ様に席に着く。
瑞希は茶碗の用意と、出汁巻きを作りに、一旦席を離れ、残された者達は緊張感に襲われる。
「そんなに緊張するな。私も昔はお前等と同じ様にここで食事を取ってたんだぞ?」
「バランはんは元々貴族とは言え、兵士上がりやもんな~? 夢がある話やな?」
「アイカは一人娘だったからな……。それにしてもグランの食べっぷりからすると、体は本当に治っているみたいで何よりだ」
グランは一通り朝食の味を確かめた後は、空きっ腹を埋める様に炊き込み御飯をがっついていた。
バランはその姿を見て嬉しそうに微笑んだ。
「そう言えばミミカ様が王都に行くという話は本当なのですか?」
アンナは食事にがっつく兄を尻目に、ミミカの婚約者話を持ち出した。
勿論何も知らないグランに気付かれぬ様に理由を隠して。
「そうだな……。ミズキ君が戻って来てから話をしようと思ったのだが、ミズキ君、そしてグランにコバタへとついて来て貰いたい。グランの報告を受け、ウィミル嬢とも話し合ったのだが、まずはコバタをどうにかせねばならんからな」
「そうそう。コバタが落ち着いてからミミカちゃんはうちと一緒に王都やな! ミズキはんも王都に用があるらしいし、ちょうどええやろ?」
話を振ったのはアンナなのだが、瑞希がミミカと共にする理由を知っているアンナはわずかに、他人ならば誰も気付かないぐらいなのだが、ほんのわずかに表情が曇る。
澄まし汁を啜っていたグランだが、妹のそんな表情が気になった。
「ミズキが王都に行くのが寂しいのか?」
「い、いや! そういう訳ではないのだが……」
「なら何故一々落ち込むんだ?」
「そ、それはだな……」
言い淀むアンナに、カエラが女の勘を働かせる。
「はっは~ん……さてはミミカちゃんの婚約者の事かいな?」
面白可笑しくカエラが話題に出すが、その言葉を聞いて動きが止まったのはグランだ。
「……ど、どういう事なのですか!?」
グランは慌てて身を乗り出す。
「うちとミミカちゃんの求婚を断りに行くために王都の貴族達の集まりに顔を出しに行くねん。うちの婚約者はドマルはんで、ミミカちゃんの婚約者はミズキはんやで」
カエラは嬉しそうに説明するが、グランは焦り顔でアンナに顔を向け、真相を確かめようとする。
「落ち着けグラン。あくまでも婚約者のフリだ。ミミカはまだ結婚させるつもりもない。あくまでも王族への牽制だ。それに王都へはお前等兄妹にもついて行って貰うつもりだ」
「「俺達(私達)がですかっ!?」」
アンナとグランは声を合わせてバランに答えた。
「護衛と侍女は必要だろう? お前達は幼い頃からミミカと仲も良いからな。長旅でも任せられる」
アンナとグランは喜ぶが、置いてきぼりを食らった気がしたジーニャが落ち込んでいた。
それに気付いたバランが言葉を続ける。
「安心しろ。ジーニャにも侍女としてついて行って貰う。お前達三人の訓練の事も知っているからな」
「良かったっす! 置いてきぼりかと思ったっす!」
ジーニャが喜び、バランがふっと笑うと、食事の準備を終えた瑞希がテーブルへと戻って来る。
バランとカエラの前に朝食を並べていると、ふと視線を感じた瑞希が顔を上げると、グランが澄まし汁を啜りながら睨んでいるのであった――。
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