グランの怪我
晩餐の翌朝、まだほんのりと薄暗い中瑞希が目覚めると、予定のない一日をどうしようか悩みながら、猫の姿で眠るシャオを撫でていた。
隣のベッドではチサが静かな寝息を立て眠っている。
「ん~……妙に早く目覚めちまった」
寝ながら伸びをするシャオの肉球をぷにぷにといじりながら、ぼーっとしていると、数名の足音がけたたましく近づいて来る。
足音は部屋の前で止まると、少し乱暴に部屋の扉をノックされた。
「ミズキ殿っ! 起きてらっしゃいますか!?」
その音に何事かとシャオとチサも目を覚ます。
シャオはぼふんと人の姿になると、瑞希に抱えられながらも不機嫌そうにしていた。
「起きてるよ! どうしたアンナ?」
「こんな朝っぱらから何事なのじゃ……」
瑞希はシャオを抱えたまま部屋の扉を開けると、泣き顔のアンナと、付き添いのジーニャ、それと瑞希よりも若いであろう兵士が並んでいた。
「あに、兄がっ、ミズキ殿、兄が……!」
「ちょっと落ち着けアンナ。グランがどうした? 戻って来たのか?」
アンナは気が動転しているのか、焦った様子だ。
アンナの代わりにジーニャが説明を続ける。
「グランが怪我をしてるんすっ! ミズキさんの魔法をお願いしたいんすっ!」
「場所はどこだ!?」
「こっちですっ!」
瑞希は着の身着のまま、兵士に連れられ、医療室へと向かう。
医療室に足を踏み入れた瑞希は、以前重症で運ばれたカイン達の様な血の匂いを感じ取る。
「グランっ!?」
瑞希はグランが横たわるベッドに近付くと、荒々しい呼吸を繰り返すグランが居た。
ざっと見ただけでも、切り傷や刺し傷、火傷等を負っている。
瑞希が痛々しいグランの体に回復魔法を施していき、グランは暖かな温もりに触れ、痛みが引いて行くのを感じたのか、目を開き、瑞希に気付いた。
「ミズキ……か……」
「そうだよっ! 何でこんな大怪我してんだよこの馬鹿っ! 間に合ってよかったぞ本当にっ!」
「すまんな……助かる……」
瑞希がグランの体に隈なく回復魔法をかけていると、痛みが無くなったグランが急に起き上がる。
「急に起き上がるなあほっ!」
「バラン様に報告に行かねば!」
瑞希は焦るグランの頭を叩く。
「その前にやる事があるだろ?」
瑞希は泣き過ぎてぐしゃぐしゃの顔になったアンナの背中を押す。
その顔を見たグランは状況を察したのか、アンナの肩に手を置き言葉を紡ぐ。
「心配させて悪かった……。ミズキのおかげでこの通り無事だ。アンナがミズキを呼んで来てくれたのか?」
アンナはその言葉に頷き、グランの体を確かめる様に触る。
「もう大丈夫なのか!? 痛い所はないのか!?」
「大丈夫だ! 俺は丈夫に出来ているからなっ!」
「どこがだっ! 見た事もないぐらい大怪我をしてっ! いくら兄さんが丈夫でも死ぬんだぞっ!?」
怪我が治り、いつも通りのグラン節なのだが、アンナはそんなグランに怒り心頭の様だ。
そんなアンナに若い兵士が口を挟む。
「ぼ、僕のせいなんです! グラン隊長は僕をかばって怪我をしたんですっ!」
医療室に瑞希達を案内した兵士が深く、アンナに頭を下げる。
「兄さん、どういう事か話してくれ」
「バラン様の命でダマズ・アスタルフ様に会いに、コバタへと向かったのだが、その帰りに恐らくだがミタス・コーポの残党と思われる魔法使いに襲われたのだ」
「ミタスか……あいつまだこの辺にいるのか……」
「……いや、恐らくいないだろう」
「何でそう言い切れるんだ?」
「……ダマズ・アスタルフ様は既に亡くなっていたのだ」
瑞希とアンナは驚き、シャオとチサは何の話かと首を傾げていた。
「ジョゼの話だと、最近までは生きてたって話だったけど……」
「それはバラン様も言っていた。亡くなったのはごく最近だろうな」
瑞希はグランの話を考える。
カインとヒアリーが監視しているジョゼの話だと、ミタスがダマズを操っているという話しだった。
ダマズを操れば自然とコバタを掌握する事になる。
そのダマズが死んだとなれば……。
「――ミタスがコバタに見切りをつけたのか?」
「そうだろうな。コバタの街は領主が居なくなったことで、集まった魔法使い達が幅を利かせていた。バラン様の書状が届かなかったのはそいつらが揉み消していたんだろう」
「おいおい……」
瑞希はダマズ・アスタルフという人物を知らないが、噂で聞く限りは疎まれていたという事はわかっていた。
だが、大事になっている現状は自分がどうこう出来る問題ではないという結論に至った結果、グランにこう告げた。
「まぁとりあえず俺達は今できる事をするか。グラン達はとりあえずバランさんに報告。アンナとジーニャは血みどろのシーツや衣類を片付け。俺達は調査に行ってた兵士達の食事でも作ろうか。グラン、何が食いたい?」
「こんな時に呑気に飯などっ……!?」
グランがそう言うと同時に、グランの腹の虫がとてつもない咆哮を上げる。
「言ってなかったか? 俺の回復魔法を受けたら傷は治るけど、腹が減る。グランみたいに大怪我をしてたなら尚更だ。それに、何をするにしても食える時に飯は食っとけ。食いたい物に希望があるなら受けるぞ?」
「……出汁とペムイを使った料理が食いたい」
グランの言葉にチサが反応する。
「……今日の朝食は和食!」
「わははは! グランも相当和食が気に入ったんだな? じゃあ朝飯は任せとけ! 今からペムイを炊くから小一時間は見といてくれ。報告が終わったら厨房で待っとけよ?」
「わかった。楽しみにしておく」
「ミズキさん! うち等も食べたいっす!」
「了解っ! たっぷり作るからアンナとジーニャも片付け終わったら食堂に来てくれ。君もグランの隊員を呼んで一緒に朝食にしような」
瑞希は笑顔でそう言うと軽く手を振って、シャオとチサを連れて部屋を後にした。
残された面々は、お互いの顔を見てぷっと噴き出してしまう。
「先程迄死者の世界へと足を踏み込んでいたのに、今は美味い飯を食うまで何が何でも死にたくなくなった」
「本当に心配したんだぞ。馬鹿兄さん」
「ミズキが居てくれて助かった。お前も真っ先に城へと運んでくれたのは良い判断だ。ただ敵と相対した時は固まるなよ?」
「は、はいっ! 僕なんかをかばってグラン隊長に怪我をさせてしまい本当にすみませんでしたっ!」
若い兵士はグランに深く頭を下げる。
「良い。結果だけを見れば全員無傷で戻って来れたんだ。……腹は猛烈に減ったけどな」
グランは苦笑しながらベッドから降り立つ。
「アンナ、新しい服をくれないか? 血だらけで気持ち悪いんだ」
「ふふっ。直ぐに持って来る。ジーニャ、シーツの片付け頼んだぞ?」
「了解っす! ミズキさんの朝食が楽しみっすねっ!」
「そ、そんなに美味しいんですか?」
若い兵士の言葉に三人は少し考え、声を合わせた。
「「「世界が変わるぞ(っすよ)?」」」
偶然同じ言葉を口にした三人は顔を見合わせ笑い合う。
先程迄の緊迫感は瑞希の魔法によってすっかり消え失せたのであった――。
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