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魅惑のクレープシュゼットとネタばらし

 ――食卓の場では瑞希の奏でる作業音だけが響いていた。

 シャオは瑞希の側で魔法を使い、瑞希の小さな鉄鍋に火を当てている。

 ミミカとチサもまたその近くで調理の行く末を見守っている。


「そんなにじっと見つめられてもソースを煮詰めてるだけだぞ?」


「でもジラの皮を使うなんて思いませんでした! それにこの甘い爽やかな香りの正体を見るなって言う方が無茶ですっ!」


「……ジラを使った甘い物は気になる」


 瑞希は事前に焼いておいたクレープを四つ折りにして皿に並べると、近くに居たミミカを手招きした。


「それじゃあ仕上げはミミカに手伝って貰おうか! ……バランさん、ミミカが魔法を使っても構いませんよね?」


「ふふふ。今更怒りはしないさ。その調理に必要なのだろう?」


「勿論! じゃあミミカ、俺がこの液体を入れたら指先に火を灯して鉄鍋に近づけてくれないか?」


「わ、わかりましたっ!」


 瑞希はグランマニエと呼ばれるオレンジリキュールの代用品として、度数の高い蒸留酒にジラを漬け込んでいた物を鉄鍋に入れる。


「我望むは指先の灯」


 ミミカは指先に火を灯し、そっと鉄鍋に近付ける。

 すると鉄鍋の中で蒸発し始めていた蒸留酒に引火し、鉄鍋の中からゆらゆらと幻想的な火が揺らめき始める。

 日も暮れ始め、灯り取りの灯りだけでは少し薄暗い室内は、瑞希が揺する鉄鍋がとても幻想的に映り、感嘆の声が漏れだした。


「綺麗やな~」


「ふわぁ~きれ~……」


 瑞希が微笑みながら調理を続ける姿を見たミミカは、失敗していない事を悟り、ほっとすると、そのまま炎に揺らめく瑞希の姿に見惚れていた。


「(素敵……)」


 鉄鍋のソースからアルコール分が飛び、炎が消えた事を確認した瑞希は、鉄鍋のソースを皿に並べたクレープに掛ける。

 瑞希は皿の端に滴れてしまったソースを布で拭きとり、粉砂糖を軽くかけると、調理が終わった合図として口を開いた。


「クレープシュゼットの完成です! さぁ皆席について……どうした?」


 瑞希に見惚れていたミミカは、瑞希に話しかけられた事で我に返り慌てふためく。


「ど、ど、どうもしてませんっ! 席に着きますっ! すぐっ! シャオちゃん、チサちゃん! 早く座ろうっ!?」


 ミミカが慌てて二人に話しかけるが、二人は既に席に着き、ナイフとフォークを構えている。


「早く座るのはお主だけじゃ」


「い、いつの間に……」


「じゃあ、アンナ、ジーニャ、皿を運んでくれるか?」


 瑞希は三枚の皿を手に持ち、二人に声を掛けた。

 瑞希の声掛けにアンナとジーニャは頷き、後に続き皿を運ぶ。

 瑞希は最初にバランの前に皿を置く。


「素晴らしい演出だな?」


「ミミカの魔法の凄さと有用さも、バランさんに知ってもらいたかったんですよ」


「ふふふ。言われたな」


 瑞希とバランが笑いながら短いやり取りをし、各々の前にはデザートであるクレープシュゼットが並べられた。

 オレンジ色のトロリとしたソースに、四つ折りのクレープが三枚浮かんでおり、掛けられた粉砂糖は雪の様に淡く散らされている。


「冷めない内にどうぞ。クレープにソースを付けてお召上がり下さい」


 瑞希の言葉に各々が手を動かす。

 ミミカはクレープを切り分け、瑞希の言う通りにソースを付けてから口に運ぶ。

 煮詰められ濃くなったジラの甘酸っぱい風味と、バターの風味が合わさり生まれた良い香りが、咀嚼する毎に鼻を通り、最後にふわりとわずかな酒の香りを残していく。


「美味……しい~……」


「爽やかな甘さなのじゃ~」


「……果汁にこういう使い方もあるんや」


 甘い物が大好きな三人娘の顔が蕩けるのはいつもの事なのだが、瑞希が現れてから、彼の生み出す甘味の虜になっているバランの顔もまた緩んでいた。


「美味い」


 静かな一言なのだが、溢れんばかりの想いが込められた一言だ。


「お兄ちゃん! すっごく美味しいっ!」


「わははは! ありがとう。でも口の周りが汚れてるぞ?」


 瑞希はアリベルに、自身の口に指を向けながら指摘する。

 それに気付いたミミカがナプキンで拭いてやると、アリベルは再びクレープを頬張る。


「いや~、ほんまに美味しいわ~。ミズキはん今日の晩餐はどういう献立やったん? シャオちゃんは酒って言うてたけど」


「カエラさんが飲みたいって言ってましたからね。それに昨日は私が酒で失敗したからですけど、シャオに酒を悪だと思われたままだと料理を教える上で悪影響にもなりますから、酒の名誉を挽回したかったんです」


 瑞希は苦笑しながらシャオの頭に手を置く。

 既にデザートを食べ終えたシャオは席に座ったまま瑞希を見上げ、フンと鼻息を漏らした。


「別に酒が無くとも今日の料理は美味かったのじゃ!」


「あれ? 気付かなかったか? 今日の料理は酒が無かったら半分は作れなかったんだぞ?」


「どういう事なのじゃ!?」


 瑞希の言葉に一番納得したのが、やはりと云うべきか、友人のドマルであった。


「やっぱりそういう事だったの? 後半につれて徐々にお酒を全面に押し出して来てるなとは思ってたけど」


「ドマルはちゃんと見てるな~! 良いかシャオ? 今回の料理は二品ずつ出して、その都度合わせて飲む酒を変えてたけど、料理にも同じ酒を使ってたんだ」


 瑞希に説明を受け、シャオは今日食べた料理を思い出していく。


「た、確かにこのデザートには酒を使っていたのじゃ……」

 

 シャオは悔しそうに納得する。


「……ステーキにはルク酒を使ったソースやった……」


 チサはステーキのソースを思い出す。


「酒蒸しって言ってた魚料理はペムイ酒を使てたんか!?」


 カエラは驚きながら、料理名から推測をする。


「えっと……じゃあ最初の二品にもエールが使われてたんですか?」


 ミミカは困惑しながら瑞希に答えを求める。


「エクマヨの衣にな。衣がさっくり上がる裏技だ!」


「全然わからなかったです……」


「料理において酒ってそういう物だよ。食材を際立たせるために使ったり、味に深みを持たせたり、脇役になる事が多いけど、酒が無かったら物足りないんだ」


「うぬぬぬ……」


 シャオは悔しそうに唸り声を上げる。


「それにな、お酒自体も料理と合わせる事で何倍も美味く感じる。子供の時は理解できない味でも、味覚が変わって来ると料理と酒を合わせる楽しみがあるんだ」


「私は殆ど飲めなかったです……」


「それもこれから変わっていくさ。料理に使われた味は美味しかっただろ?」


「はいっ! くれーぷしゅぜっとは少しお酒の香りを感じましたがそれが心地よかったです!」


「そういうもんさ。という訳で、シャオも酒を毛嫌いするのは勘弁してくれると助かる」


 シャオは俯きながら瑞希に返事をする。


「わかったのじゃ……けど、飲み過ぎは良くないのじゃ!」


「それは今後気を付けます……」


 言葉と共に飛び掛かるシャオを受け止め、素直に謝る瑞希の姿に、何度目になるかわからぬ笑い声に包まれた。


「それにしても今日は大分酒を飲んだが、何故かすっきりしているな」


「あ~……多分なんですけど、ステーキに乗せていた肝臓を食べた事で酒を分解したのかもしれません。酔いたい時には駄目ですねこの食材」


「毒を分解するという話だったな。薬草ではなく、食材として使えるというのも面白いな」


「手食い鳥っていう魔物なんですけどね。身は美味しくありませんでしたけど、何故か肝臓だけが美味い鳥なんです」


「ミズキ君の食の探求は美味さもだが、我々にはない発想をもたらしてくれるな。今日の晩餐も非常に美味かった。ありがとう」


 バランは瑞希に微笑みかける。


「よっしゃ! じゃあ酔いも冷めてもうたし、飲み直しに付き合ってやドマルはん!」


「ええっ!? まだ飲むんですか!?」


「当たり前やん! 爺やがおらんうちにしっかり飲んどかな!」


「じゃ、じゃあミズキも一緒に飲むよね!?」


「今日は止めとくよ。シャオ達とも約束したしな」


 瑞希はドマルの申し出を断り、抱えていたシャオは誇らしげにしている。


「ミズキと風呂に入りゆっくりとするのじゃ!」


「……うちも入る」


「じゃあアリーも一緒に入るー!」


「じゃ、じゃじゃじゃあ私もっ!」


 ミミカは真っ赤な顔をしながら手を上げる。


「あほかっ! シャオもいつも通りチサ達と一緒に入って来い! 出たらゆっくりブラッシングしてやるから」


「仕方ないのじゃ。そうと決まれば早く風呂に入るのじゃ!」


 シャオは瑞希から飛び降り、我先にと風呂に向かおうとする。

 チサとアリベルもその背中を追う様に席を立つ。

 ドマルはカエラに迫られながら苦笑しており、バランは残された瑞希を見つめ、残ったルク酒を傾けながらテオリス家の未来を構想するのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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