お待ちかねの料理と嬉しい毒見役
――アンナとジーニャが次の料理を取りに厨房に向かうと、厨房では瑞希が料理に取り掛かろうとしていた。
「ミズキさんが一人で調理をするのって珍しいっすよね?」
「ん? まぁ今朝はシャオ達にも迷惑かけたしな」
「それもですが、シャオ殿の魔法がなくても調理できるのですか?」
二人が普段見ている瑞希の調理風景は息の合った二人の調理だ。
最近ではシャオ自身も瑞希と料理をする事で分かって来たのか、瑞希がシャオの名前を呼ぶだけで火加減を調整し、瑞希もまたそんなシャオとの調理を楽しんでいた。
「炭火での調理もそれなりに場数をこなしてきてるからな! まぁシャオ達が横に居ないのは少し寂しいけどな」
瑞希は笑いながら二人に説明をする。
そんな瑞希を見た二人も思わずつられて笑ってしまった。
「話し相手にはうち等がなってあげるっすよ!」
「そうですよ。それに宜しかったら私達も手伝いますよ?」
「そりゃ助かる! じゃあアンナは皿を並べてくれるか? ジーニャは石窯からトーストを取り出してくれ」
「「了解です(っす)!」」
ジーニャが取り出したトーストは、本当に只のトーストだ。
瑞希はジーニャからトーストを受け取ると、シャオ達がいない間に作り上げていた物を塗り、二人に差し出した。
「手伝いのお礼に味見の御裾分けはどうだ?」
「良いんすかっ!?」
「食べたいですっ!」
「どうぞどうぞ! 仕事をしてると腹も減るしな? 」
瑞希は苦笑しながら二人に同意を求めると、二人は瑞希に差し出されたトーストを喜び、頷きながら受け取る。
「この料理もバラン様達に出す料理なのですか?」
「いやこれは試しに作ってみただけだよ。食材はそれだ」
瑞希は粉を振ってある食材を指差した。
「見ただけじゃ何の食材かわかんないっすね?」
「手食い鳥って魔物の肝臓だよ。それに生クリームとかバターとか香草と野菜を混ぜてペースト状にしてるんだ。レバーペーストって言ってパンに付けたり野菜に付けて食べると美味いんだ」
瑞希の説明に二人は一瞬固まるが、瑞希の事だと、すぐに料理を口に運ぶ。
「コクがあって美味しいですっ!」
「むおっ! 何すかこれ!? 内臓なのに食べられるんすか!? 凄く美味いっす!」
「おいおい内臓なのにって……あ、そうか……こっちの人は内臓は食べないんだったな。大丈夫か? 無理してないか?」
「大丈夫ですよ! 本当に美味しいですから」
「そうっすよ! 食べた事ない味っすけど、うちは好きな味っす!」
瑞希はほっと胸を撫でおろす。
「それなら良かった。毒見役をさせたみたいで悪かったな?」
「とんでもないっ! 貴重な経験をさせて頂きました」
「こういう毒見役ならもっとやりたいっすよ!」
二人がパクパクと平らげるが、瑞希は料理内容を変更しようか悩み始める。
「ミズキ殿。悩まなくても大丈夫です。ミズキ殿が美味しいと思う物を信じて下さい」
「そうそう。うち等はもうミズキさんの料理を疑わないっすよ!」
二人に悟られてしまった瑞希は、その言葉に背中を押され、思わず笑ってしまう。
「わははは! 本当にここの人達と出会えて良かった。二人の食べっぷりに自信が持てた! ありがとな!」
瑞希はそう言いながら笑顔を見せると、踵を返し次の料理に取り掛かる。
残された二人は瑞希の笑顔と、面と向かって御礼を言われた事が余程嬉しかった様だ。
「(無邪気な笑顔……不覚にも可愛いと思ってしまった!)」
「(たらしっす! やっぱりミズキさんは無自覚なたらしっすよ!)」
二人の内情はどこ吹く風か、瑞希は鼻歌を歌いながら調理を進めて行くのであった――。
◇◇◇
「お待たせしました。次のお飲み物はルク酒なのですが……もうお酒は控えた方が宜しいでしょうか?」
アンナとジーニャが食卓の場に戻ると、ドマルにしなだれかかるカエラの姿があった。
「カカカ、カエラ様!? 早くお水を飲んでください!」
「なんやの~? ええやないの~! うるさい爺やもおらんねやし~!」
「侍女の方はしっかり見てるじゃないですか!? 後で怒られますよ!?」
当然この部屋にはカエラの付き人もいる。
彼女はカエラの護衛も兼ねているのだが、物静かにカエラを見守っている。
手にはメモを持ち何かを書き込んでいる。
テミルがそっとカエラに耳打ちをすると、カエラは急に大人しくなり、シャクルの果汁が入った水を飲み始め、テミルは微笑みながら移動し、ミミカの少なくなった水を注ぐ。
「(テミル、何て言ったの?)」
「(お酒に負けて押しすぎると嫌われちゃいますよって伝えただけですよ)」
「(そ、そうなの!?)」
「(何事も押し引きは大事ですからね)」
テミルがミミカにそう言い残し離れると、ミミカの目の前には大好きな肉料理がジーニャの手によって運ばれる。
「やったぁ! モーム肉のステーキね! あれ? でもこの上に乗ってるのなんだろ?」
「こちらのパンはちーずを乗せてあるだけか?」
ミミカとバランの疑問に答える様にアンナが料理の説明をする。
「モーム肉ステーキのふぉわぐら乗せと、オオグの実を使ったちーずトーストだそうです」
無論瑞希とて、肝臓とはいえ、種族の違う食材をフォワグラと言うかどうか迷ったのだが、肝臓乗せと説明するよりかは響きが良いので、この料理名を採用していた。
またガーリックトーストにはチーズを乗せて焼いてあり、とろりと溶けたチーズが食欲をそそる見た目をしていた。
「ふぉわぐらというのが何かはわからんが、ミズキ君の事だ。変わった食材であっても美味なのであろう」
「オオグの実も今では普通に食べる様になりましたもんね!」
「くふふふ! あの食材なのじゃ」
「……お肉と一緒に食べるんや?」
食べた事のある二人の少女はフォワグラと呼ばれる食材に当たりをつけ、記憶にある美味さを思い出し喜んでいる。
シャオは大きくステーキとフォワグラを切り分けると、大きく口を開け肉とフォワグラを一緒に放り込む。
脂肪分の美味さが少ないモーム肉なのだが、いつもの瑞希の魔法によって柔らかくなっており、コッテリとした肝臓の美味さがモーム肉の物足りなさを補うどころか、柔らかくも香ばしく焼かれたフォワグラが合わさる事で得も言われぬ美味さになっていた。
「くふふふ! ただのステーキとは全然違うのじゃ!」
「……単純に乗せただけやないやん!」
二人の表情を見たミミカはごくりと唾を飲み込み、自身も慌てながらステーキを口にする。
一回、二回……咀嚼しながらも広がる旨味にミミカはぎゅっと目を瞑りながら味に集中する。
ごくん、と飲み込むと目を開き今食べた料理を絶賛し始めた。
「……凄い。凄ぉい! しゃりあぴんステーキも美味しかったけど、この上に乗ってるのと一緒に食べるとモーム肉まで美味しくなるみたいっ!」
「ミミカお姉ちゃん! アリーにも! アリーにもぉ!」
ミミカはアリベルの口に合わせステーキを切り分けると、アリベルの口に放り込む。
アリベルは頬を抑えながらも幸せそうに食している。
「こっちのパン料理もルク酒に合いますね! そうか、今日の料理は二品ずつお酒に合わせた料理を作ったんだ!」
「確かにどちらの料理もルク酒が進むな。それにしてもこの食材はどういう物なのだ? シャオ君は知っているのか?」
幸せそうに食べるシャオはバランの質問に答えた。
「手食い鳥の肝臓なのじゃ! 美味い事もさることながら、毒を中和する凄い食材なのじゃ!」
「肝……臓? ミズキ君にしたら内臓までこの様に美味に仕上げるのか……」
バランは驚きながらもフォワグラのみを切り分け口に運ぶ。
下味を付け、粉を打ち、バターでじっくりと焼いた肝臓は、しっかりとした外側に比べ、内側は柔らかく、素直に美味いと思える味に仕上がっていた。
「それにこのソースにもルク酒を使ってますね……」
ドマルはステーキに使われているソースの味を確かめながらそう呟くと、シャオが少し不満そうに答えた。
「今日の料理は酒をテーマに組み立てておったのじゃ。昨日飲みすぎたというのにミズキときたら……」
「……でも飲んでる人は幸せそうやったで?」
「お酒は美味しいからね。昨日のミズキとカインは飲みすぎだったけど……」
ドマルは苦笑しながらミズキのフォローを入れる。
「せやでシャオちゃん! 大人んなったら飲みたくなる時もあるねん! なぁバランはん?」
「そうだな……昔を懐かしむ時も、今を楽しむ時も、未来を語る時にも酒は欲しくなるからな」
「ええ事言うわバランはん。それにこうやって楽しい食事できるのもミズキはんの料理と、料理に合わせたお酒の力やで」
「うぬぬぬ……でもわしに構わんくなるのは……その……寂しい……のじゃ……」
シャオの呟きにその場にいた殆どの者が笑い出す。
「な、何がおかしいのじゃっ!」
「ミズキ様はいつだってシャオちゃんの事を一番に考えてるから安心して」
「……普通は構われ過ぎたら鬱陶しく感じるんやで?」
「そんな事ないのじゃ! ミズキと一緒におるのが落ち着くのじゃ」
「大丈夫だってシャオちゃん。ミズキは酒を飲んで酔っててもシャオちゃんを守ってたでしょ? 守り方はあれだったけどさ」
「それはそうじゃが……」
「シャオお姉ちゃんは甘えん坊だねぇ! でもアリーもお兄ちゃんにもっと肩車されたぁい!」
「いかんのじゃ! あの場所はわしのなのじゃ!」
「……じゃあうちはおんぶで」
「それもいかんのじゃ!」
「じゃあ私は~……」
シャオが何も言わずミミカを睨み、ミミカは頬を膨らませながらシャオに冗談交じりに文句を言う。
部屋の扉の外では厨房での調理を終えた瑞希がいた。
最後のデザートを作りに部屋の前まで来ていたのだが、自分がいない場所でも人と打ち解けながら食事が出来るようになったシャオの成長を瑞希は喜ぶのであった――。
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