ホロホロ鳥とカパの粉
瑞希がミミカを救いに出かけ、客もいない店内に残された三人は静寂の中黙り込んでいた。
テミルが悲痛な面持ちで両手を前に組み、神に祈りを捧げている時に店の扉が荒くノックされる。
「タバスさん! タバスさんはいるか!?」
村の若者が、一人の女性を抱えて店に入ってくる。
「なんじゃ騒々しい!」
「キーリスの帰り道の街道で、知り合いにこの女性を村まで連れてってくれと頼まれたんだけど、気絶してるんだ! ベッドを貸してくれ!」
「ジーニャ!?」
若者の肩でグッタリとしている女性の顔を見たテミルが、彼女の事と思われる名前を呼ぶ。
「嬢ちゃん知り合いか!? とりあえず部屋は空いとるからそこまで運ぶんじゃ!」
「わかった!」
若者はタバスの指示を受け、二階の空き部屋へジーニャを運び込む。
ドマルとテミルは酒場に残され一瞬の慌ただしさから、また静寂が戻る。
「あの……今の方は?」
「彼女はジーニャと言って、昔の同僚です……多分彼女が街道に出てゴブリンの事を人に伝えてくれたんだと思います」
「という事は、テオリス様の侍女の方ですか?」
「その通りです……」
二階からタバスと若者が戻ってくる。
「ふい~。助かったぜタバスさん。後は任せてもいいかい?」
「あぁ。見た所大怪我は負っとらん様じゃし、寝かせておけば大丈夫じゃろ」
「あの、ジーニャとはいつ頃合流されたんでしょうか?」
「夕方前にキーリスの帰り道にウェリーに乗った知り合いと合流して、その知り合いは先にココナ村へ事情を説明に来たはずだぜ」
「ギルドへ伝達してくれた方ですね……ジーニャを送り届けて頂きありがとうございます!」
「な~に良いって事よ! じゃあ後は頼んだぜ!」
そう言うと若者は店を出て行った。
「嬢ちゃん。領主の娘さんは時間的に大丈夫なのか?」
「ジーニャが夕方前に街道に到達したのなら、ゴブリンが担いで歩いてこの森へ着くのが丁度今頃かと思われます……祈祷の長さはボスのゴブリンにより個体差がありますが……キリハラさんが到着する頃には……」
テミルは想定した状況の中で、ミミカは生きているだろうが穢されてしまっているだろうと思うと、泣き崩れてしまう。
「それでもミズキなら間に合うはずです!」
「しかし小僧はウェリーも無しにどうやって森へ向かったんじゃ!? 走って行くなら朝になっちまうんじゃぞ!?」
「そ、それは……」
ドマルは瑞希との約束でシャオが魔法を使える事は話せない。
どう応えるべきかと考えていると店の扉が開いた。
「ただいま~。何とかミミカとアンナさんを助けて来たよ」
「わ、私もミズキ様に背負われたいです……」
ふわふわとシャオの魔法で浮いているミミカは、目を回しながら何か呟いているが、飛行の気持ち悪さで小声になっており、誰も聞き取れなかった。
「ミミカっ!」
テミルはミミカに駆け寄ると、シャオが魔法を解き、ミミカがテミルに体を預ける。
「テミル……やっと会えた……」
「ミミカ! 大丈夫なの!?」
「嬢ちゃん! とりあえず小僧に背負われてる奴も一旦ベッドに連れてくぞ!」
「は、はい!」
「小僧! 二階まで頼む!」
「わかりました!」
瑞希達はミミカとアンナを二階の部屋まで連れて行き、テミルを置いて一階の酒場まで戻ってくる。
「小僧! 良く助けた! さっき娘さんが浮いてたのは嬢ちゃんの魔法か?」
「そうだよミズキ! シャオちゃんの事は秘密にしなくて良かったの?」
「ゴブリンとの戦闘で魔法を使わせない様にしてたんだけど、そのせいでシャオに怪我をさせそうになったんだ。俺の都合で無理をさせるぐらいなら、バラしても良いかと思ってな」
「で、でも悪い奴らに目を付けられたらどうするの?」
「その時は何が何でもシャオを守るさ」
瑞希はシャオの頭をわしわしと撫でてると、タバスが大きく息を吐く。
「嬢ちゃんがそんなちっこさで魔法使いとはな……」
「怖いかの?」
「いいや。小僧と嬢ちゃんの事じゃ、魔法を使って悪さをするとは思えんよ」
「隠していてすみません。どう思われるかわからなかったので……」
「確かにドマルの言う事にも一理ある。盗賊や犯罪者共が魔法を使って悪さをするのも確かな事じゃ。ましてや嬢ちゃんみたいな子供が魔法使いと知れたら誘拐もあり得るじゃろう」
「ふん。そんな奴が来たら返り討ちにしてやるのじゃ」
「確かに嬢ちゃんならやりかねんな」
タバスは大きな声で笑っていると、瑞希がドマルに剣を返そうとする。
「これありがとな。おかげでゴブリンメイジを倒すことができたよ」
「えっ!? シャオちゃんの魔法じゃなくて、ミズキが剣で倒したの!?」
「シャオが火魔法を当てられそうになってな……カッとなって剣でぶった切っちまった……」
「ぶった切ったって……渡した僕が言うのもなんだけど、そんなに切れ味の良い剣でもないよ?」
「そうなんだよな。普通のゴブリンに切りかかった時は鈍器みたいな感触だったんだけど、ゴブリンメイジの時はするっと切れたんだよ。中古品になっちまったけど返しても良いか?」
「良かったらそれはあげるよ! ミズキも冒険者なら剣があった方が良いだろうし、シャオちゃんを守らなくちゃならないだろ?」
ドマルはくすくす笑うと、剣を受け取ろうとはしなかった。
「どっちかっつーと、俺の方が守られてるけどな」
瑞希も笑いながらドマルの剣をありがたく頂戴した。
シャオは瑞希の服をつんつんと引っ張ると、可愛らしいお腹の音を鳴らした。
「魔法をたくさん使ったから腹が減ったのじゃ。何か夜食はないのじゃ?」
「確かに俺も何か食べたいし、ミミカ達も起きたら何か食べるかな?」
「食べるのじゃ! むしろ食べんかったらわしが食べるのじゃ!」
「お前……戦闘の時と食事の時のキャラが違いすぎるだろ……」
「うるさいのじゃ! ミズキの料理が食べたいのじゃ! わしが好きになるもんを作ると約束したのじゃ!」
「わかったよ……すみませんタバスさん。また厨房を借りても良いですか?」
「それは構わんが、ろくに材料も残っとらんぞ?」
「牛乳……じゃない、モーム乳がありますし野菜スープも残ってたので、野菜のクリームシチューにでもしようかと思います。鶏の肉とか、小麦粉……穀物の粉みたいなのはありますか?」
「また想像もつかん料理名じゃな……。ホロホロ鶏と、カパの粉はあるぞ」
「カパの粉はパンとかを作る粉ですか?」
「そうじゃ。ばあさんが使ってた残り物じゃが、わしが作ったカパじゃ」
「じゃあその二つを使いますね。材料代がいくらかわからないですが、これで足りますか?」
瑞希は残っていた硬貨をタバスに渡そうとするが……。
「いらんわいそんなもの! 小僧から金を取ろうとは思わんよ!」
「ありがとうございます! じゃあシャオ、クリームシチューを作るから手伝ってくれ!」
「わしの魔法に任せるのじゃ!」
「張り切りすぎて料理を吹っ飛ばすなよ……」
「お主達は料理を魔法で作るのか……」
「シャオが器用だから頼っちゃうんですよね! じゃあシャオ行くぞ!」
「ミズキ! 今度は僕も見てて良いかな!?」
三人が楽しそうに厨房へと駆け込んでいく姿はとてもゴブリンの巣を壊滅させた連中には見えなかったのであった――。