ペムイ酒と和食
厨房から料理と酒を持ってきたアンナとジーニャはテミルに耳打ちをすると、テミルは食卓に新たな酒を置く。
その酒はチサの故郷で作られたペムイ酒であり、瑞希がチサの父親に御馳走になった時は瓶から常温のペムイ酒を注がれたが、本日は金属の筒に入れられており、御猪口としては大きく、湯飲みとしては小さな陶器が用意されていた。
「この香りはペムイ酒やんか! ミズキはんも粋な事するなぁ!」
「でもこの入れ物の様子だと……温かい!? ペムイ酒は常温で飲む物だと思ってました」
「普通は常温で飲むもんやで? わざわざ温めて飲む事はせえへんなぁ?」
ドマルがカエラにペムイ酒を注ぐと、カエラは口に含む前に香りを確かめる。
「香りが強う感じるわ……うんっ! 飲んでみると尚更わかるわっ! 常温で飲むより花が開く言うんか、閉じてた香りとか味が分かる様になるな! エールみたいにごくごくは飲めんけど、ゆっくり飲みたい時はええわ~」
カエラは微笑みながらゆっくりと杯を傾ける。
バランとドマルも同様に口の中で転がす様にペムイ酒を堪能するが、ミミカはぺろりと文字通り舐めただけでしかめっ面をする。
「ミミカ、まだ酒に慣れておらんのだから無理はするな」
「何でお父様達は平気で飲めるの?」
「慣れだ。大人になると付き合いで飲む事も増える。その内酒の味を覚えると美味さが分かる様になる。焦って飲む必要はない。ミズキ君が出してくれたお酒の様に、若者が美味いと思える酒もある」
「果実酒なんかは飲みやすいで~? ペムイ酒とかエールとかはちょっと大人向けやったな」
酒についてのレクチャーをしていると、二品の料理が運ばれる。
一つは蓋がしてあり、もう一つは魚料理に、ポン酢が添えてある。
「お話中失礼いたします。次の御料理は野菜とエクマの炊き合わせと、こちらの魚料理がメイチの酒蒸しでございます」
料理を並べ終えたアンナが瑞希に代わり説明を続ける。
「ミズキ殿からの伝言をお伝え致しますと、この二つの御料理はペムイ酒に合わせて頂きたいとの事です。メイチはお手元のぽん酢にお好みで下ろしデエゴを加えて下さい。炊き合わせはそのままお召し上がり下さい」
説明を終えたアンナは軽く頭を下げ一歩後ろに下がる。
「エクマをまた使てくれたんやな~! 次はどんな姿になってるんやろ?」
カエラが炊き合わせの蓋を開けると、ふわりと蒸気が上がり、出汁の香りが広がる。
中には小さくねっとりとした里芋の様なグムグム、デエゴ、ブマ茸、カマチ、シャマンが並べられており、そして見慣れぬ団子状の物が器に入っていた。
「ミズキ様凄ぉい! カマチで花を作ってあります!」
「くふふふっ! ミズキの飾り切りなのじゃ! 丸いのがエクマなのじゃ!」
見た目の華やかさに食いついたミミカに、シャオが自慢気に説明をする。
「これがエクマなん? 何でこんな形になってんの?」
「……剥いたエクマを潰して丸めてん。味見したけど美味しかった! しんじょって言うんやって」
カエラの疑問にはチサが鼻息荒く説明をする。
「冷めない内に頂こうか……」
バランはフォークでエクマの真薯を割り口に運ぶ。
ふわふわとした食感の中にぷりっとした食感も混ざり、出汁の味とエクマ自体の甘味が合わさると、不思議とペムイ酒に手が伸び、くいっと杯を傾ける。
「成程……美味いな」
「ミズキはんすごいわぁ……うちエクマをこないして食べた事ないけど、ほんま美味しいわ」
「こちらのメイチも身が柔らかいですね……」
ドマルはメイチの酒蒸しに手を付ける。
酒蒸しには魚の横に、シラムが少し添えられている。
白身魚であるメイチにフォークを突き刺すと、ほろほろとした感触が伝わり、ドマルはポン酢を付けてから口に運ぶ。
柔らかなメイチの食感と、ポン酢の爽やかな酸味、そしてメイチ自身の旨味が混然となる。
ドマルにしては非常にあっさりとした旨味なのだが、バランと同様にそのまま温めたペムイ酒を口に含むと、口の中の後味とペムイ酒の旨味が相乗効果を生み出した。
「あ~……成程」
「なんやの二人して? ペムイ酒と一緒に食べたらええの?」
男二人は料理を口にした後にペムイ酒を口にした。
カエラも同じ様に炊き合わせの野菜を口にしてからペムイ酒を口にすると、二人が納得した理由が分かった様だ。
「はぁ~……こらペムイ酒に合うわ~。なんやろ? ゆっくり食べたなるっちゅうか、大人な組み合わせやな」
「そうなんですよ! エールの時はガツガツ食べたかったんですが、ペムイ酒に変わってからはゆったりと楽しみたいというか」
「私も何度かペムイ酒は口にしてたのだが……成程。寒い時等は熱くしたペムイ酒というのは美味い物だ」
ペムイ酒を飲む三人は蕩ける様にその組み合わせを楽しむのだが、ミミカは首を傾げている。
「美味しくないのミミカお姉ちゃん?」
「そ、そんな事ないんだけどねっ!? ちょっとあっさりしてるというか……その、ね?」
ミズキの作った料理だからこそ否定はしたくないのだが、今まで食べた瑞希の料理に比べるとあまりにもあっさりとした料理だった。
以前食べたうどんの出汁よりもあっさりしており、ポン酢を付けたとて、メイチを蒸した料理も普段食べている肉の旨味には敵わない。
もちろんチサの様に食べ慣れている者からすれば美味しく頂けるのだが。
「……ジャルの味美味しいのに」
「わしもジャルを初めて食べた時はただのしょっぱい液体にしか思わんかったのじゃ」
「ジャルが不味い訳じゃないんだよ!? リーンさんの所で食べた角煮なんかは美味しいって思ったもん!」
ミミカが二人に必死に弁解をするが、シャオとチサはミミカの反応が分かっていたのかくすくすと笑う。
「心配せずともミズキからミミカは苦手かもしれんと聞いておったのじゃ」
「……やから次の料理はミミカに合わせてるって言うてたで」
「本当に!? どんな御料理かな!? 二人は知ってるんだよね?」
「それは来てからのお楽しみなのじゃ!」
「……でもうちもミズキの料理しっかり食べたいな……」
チサの呟きを聞いたテミルは、アンナに耳打ちされた言付けをバランにこっそりと伝える。
バランはその言葉を聞くと、瑞希の想定を知りくすりと微笑んだ。
「シャオ君、チサ君、ミズキ君からの伝言だ。二人の分の料理も用意してるから食卓を一緒に囲んでも良いそうだが、どうする?」
「食べるのじゃっ!」
「……うちも!」
バランの言葉を聞いてカエラとミミカが喜ぶ。
「ほなチサちゃんはこっちおいで~!」
「シャオちゃんはこちらへどうぞ!」
各々呼ばれた席に着き、瑞希によって用意されていた料理をアンナとジーニャが並べる。
「羨ましいっすチサちゃん」
「良かったですねシャオ殿」
ジーニャは目を細めながらチサに笑いかけ、アンナもまたシャオに微笑みかける。
「食べるのも勉強なのじゃっ!」
「……そう。ミズキがいつも言ってる」
二人は嬉しそうにミズキが用意した二人分の料理に手を付ける。
シャオは南蛮漬けを、チサは炊き合わせの野菜をそれぞれ口にした。
「くふふふ! 美味いのじゃあ!」
「……野菜が出汁を吸ってて美味しい!」
二人が食卓の場に加わり、カエラはチサに餌付けをするかの様に可愛がり、アリベルは隣に座ったシャオにお子様ランチの説明を嬉しそうに聞く。
益々賑やかになった食卓の場とは裏腹に、厨房では瑞希が次の料理を作り始めようとしていた――。
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