瑞希からの贈り物
アーモフ商会で買い物を終えた瑞希達は、昼食を兼ねてリーンが営む料理店を訪れ食事をしていた。
食べる毎に美味しくなっているモーム肉のルク酒煮込みはさておき、リーンの緊張した面持ちの中、瑞希はオーク肉の角煮を口に運ぶ。
「――おぉ、美味いな!」
「本当ですかぁ!?」
「欲を言えばもう少し甘味を足したいけど、砂糖は高いしな……原価を考えればこの味がギリギリだな。もう少し煮詰めて味を濃くすれば良いんじゃないか? 焦がさない様にな?」
「はいぃ! ムウちゃん、もう少し火を弱めといてくれるぅ?」
「わかりましたっ!」
リーンの指示の下、ムウが竃の炭を少し取り除く。
シャオは大きな口を開け、ルク酒煮込みのモーム肉を頬張っている。
「くふふふ。美味いのじゃリーン」
「うふふ。ありがとうシャオちゃん」
「……こっちの角煮も美味しい」
お子様達が喜んで食事をする中、瑞希の言葉がドマルには引っかかっていた。
「ミズキが料理で妥協するのって珍しいね?」
「あぁ、角煮の事か? 飲食店の考え方は店主によって様々だけど、商売でやってる以上砂糖を使うとどうしても原価が高くつくからな」
「でも理想を言えばもう少し美味しく作れるんだよね?」
「理想を言えばな? でもこの値段でこれを出すとなるとな……」
瑞希は壁に貼られているオーク肉の価格を見る。
瑞希の様な冒険者からすればオーク肉というのは原価無しで考えられる食材だが、飲食店を経営しているリーンからすれば値の張る肉である。
その肉をジャルと砂糖を使い、調理していると知っている瑞希からすれば、銅貨一枚半、すなわち1500コルであったとしてもお得なのだ。
「ミズキなら美味しく作り上げて、リーンちゃんの得にもなる方法があるんじゃない?」
瑞希を信じて疑わないドマルは、笑顔で瑞希に無理難題を押し付ける。
瑞希は呆れながらも、目の前の角煮の皿を見つめながら考え、皿洗いをしているムウをチラリと見た時に思いつく。
「そんな魔法みたいな方法が……あるな! それにリーンの店なら逆にそっちの方が喜ばれるかも……」
「それってどうするんですかぁ!?」
瑞希の言葉に食い付いたのはリーンに対し、瑞希は指を立て答える。
「単純明快だっ! 一皿当たりの肉の量を減らすんだよ」
「ミズキ……それはちょっとずるいよ?」
「待て待て、代わりにデエゴと卵を足すんだよ!」
「デエゴと卵ですかぁ?」
「そう、ムウが居るなら仕込みが多少増えても問題ないだろ?」
自身の名前が出て来るとは思ってなかったムウが、洗っていた皿を落としそうになるが、何とか受け止める。
「わ、私ですか!?」
「この店に入って来た時から、リーンの仕事の負担が減ってるのは目に見えて分かるからな! 人手が二倍になってるなら、一皿に掛ける時間も当然増やせるだろ?」
「そ、それはそうですが……私にも出来るんですか?」
「大丈夫大丈夫! ちょっと厨房に入って良いか? デエゴはさっき買ってきたから持って来るよ」
瑞希は店を一度出ると、デエゴを片手に厨房へと戻り、鍋に水を張る。
「あ、私が火を熾します」
「お、じゃあ頼んだ!」
ムウは竃に薪を入れ、指先から火を熾す。
小さ目な火種は薪に移り、パチパチと音を立てる。
「お、魔法で熾すのか?」
「こっちの方が早いですから。それにリーンさんに何かあった時に魔法があれば……その、守る力にもなりますしね」
ムウは照れ臭そうに答えた。
瑞希にはその答えが嬉しい様だ。
「そうだな! 何かあったら頼むぞ? リーンは結構抜けてる所があるからな」
瑞希がそう言う中、デエゴを洗っていたリーンがつるりと手を滑らし、デエゴをお手玉の様にしており、ムウもその姿を見てクスクスと笑いながら瑞希の言葉を了承する。
「じゃあ鍋に塩を入れて、卵を茹でといてくれ。リーン、デエゴは皮を剥いて面取りするから貸してくれ」
「は、はぁい! ……面取り?」
瑞希は手渡されたデエゴを輪切りにすると、スルスルと皮を剥き、角の部分を落とし面を作る。
「こうやって面を作ると出汁に触れる部分が増えるから味が染みやすくなるし、煮崩れも起きにくくなるんだ。後は逆面に十字に隠し包丁を入れて、これも下茹でしておく」
リーンは瑞希に手解きを受け、用意したデエゴの準備を済ませる。
瑞希は茹で上がった卵を取り出し水に付け、空いた鍋にデエゴを入れ、次々と卵の殻を剥く。
その姿を見て、ムウが呟いた。
「は、早いですね……」
「そうか? 手を動かしながら次の事を考えてたら自然と体が動くだろ? あ、ムウ、テーブルのお客さんが注文をしそうだから頼む」
「え? あ、はいっ!」
「今、ミズキさんお客さん見てなかったですよねぇ?」
「デエゴを入れる時にちらっと見たぞ? その時はまだ悩んでたからそろそろかと思っただけだよ……よし、卵を剥き終わった。そしたらこれを角煮の鍋に入れて、デエゴの下茹でが終わったら、それも鍋に入れてくれ」
瑞希はそう言うと手を洗い厨房からカウンターに戻る。
「これで砂糖を足しても良いんですかぁ?」
「おうっ! 原価の高い肉を減らす代わりに、デエゴと卵を入れて出せば良い。仕込みは増えるけど、一皿当たりの原価は下がるからその分砂糖もジャルをもう少し使っても大丈夫な筈だ! それに味が染みたデエゴはトロトロに柔らかくなるし、卵はホクホクして美味いぞ~?」
瑞希の言葉にごくりと喉を鳴らしたのは瑞希の横に座るシャオとチサだ。
「わしも食べたいのじゃ!」
「……うちも食べてみたい」
「味が染みるまで煮込んでたら夕方になるから無理だって。それに俺達もそろそろ城に戻って仕込みをしないといけないしな」
「うぬぬぬぬっ! ここ迄期待させといてお預けはずるいのじゃ!」
「……元はと言えばドマルがミズキに料理をさせるからや」
二人のお子様に睨まれるドマルは冷や汗を掻きそうになるが、瑞希に止められる。
「あほ。ドマルはリーンの為に助言してくれたんだし、俺がやり方を知ってただけだろ? それにデエゴと卵入りの角煮ならまた今度作ってやるから今日は我慢な。じゃあ俺達はそろそろ帰るよ! バタバタしちまって悪いな! デエゴはもう少し柔らかくなったら角煮の鍋に移してくれ。ここからもう少し煮詰めるから、味が濃くなる事も計算に入れて味付けしてくれ」
「折角来てくれたのに、手伝って貰ってありがとうございますぅ!」
「良いって良いって! 元気に働くムウの顔も見れたしな!」
瑞希の言葉に留飲を下げたお子様達は、手を合わせ御馳走様と呟く。
「ミズキさん、御礼と言っては何ですが良かったらこれをどうぞぉ!」
「あれ? これって……」
「知り合いの農家さんが届けてくれたんですけど、私は料理の仕方が分からなかったので……」
「あ、じゃあありがたく今夜の晩餐に使わせて貰うよ!」
「それって……バラン様達に……?」
「今は、他の地方の領主さんも来てるけどな!」
「そ、そ、そんな方々に食べて貰うんですかぁ!?」
「大丈夫だって! これでエールなんか飲んだら美味いし、カエラさんは酒が飲みたいって言ってたし……そうだ! 今回の晩餐はそれで行こう! いやぁ~リーン達の顔を見に来て良かった!」
「あ、ミズキ、アーモフ商会の事伝えるの忘れてるよ!」
「そうだった! 実はムウの就職祝いに――」
瑞希達はリーンに伝達をすると手を振り店を後にした。
◇◇◇
後日、くつくつと煮込まれた角煮が入った鍋の前にリーンが立っていると、勢いよく店の扉が開かれた。
「あ、シープさん! いらっしゃいませぇ」
「おうっ! ミズキの兄ちゃんに頼まれた服を持って来たぜ!」
シープはそう言うと、カウンターに二着の服を取り出した。
「ミズキさんが言ってた奴ですねぇ! 本当に頂いても良いんでしょうかぁ?」
「ムウ嬢ちゃんの就職祝いだって聞いてるぜ? もう金も貰ってるしな! まぁまずは着てみな!」
二人は渡された服に袖を通す。
着方が分からず悪戦苦闘をするが、シープに教えられ、着てみると、ぶかぶかと袖が余ってしまっている。
「これ、大きさを間違えていませんか?」
「私のも少し大きいですぅ……」
「がははは! それで合ってるんだとよ! この服はストーンワームの糸で作ってるから、丈夫で熱にも強い! その袖が余ってる所を使って熱い鍋を持ったりも出来るし、普段は袖を捲れる様に作ってある」
「成る程……本当だ、鉄鍋を持っても全然熱を感じませんね!」
ムウは言われた様に袖を使って火にかけていた鍋に触れる。
「このボタンが丸いのは?」
「料理をしてる時に熱湯を浴びちまった時に一気に外せる様に、んで、前が二重に重なってるのは火の前に立っても熱くない様にだとよ! 料理人専用の服なんか作った事なかったけど、こりゃ便利だわ!」
瑞希がシープにお願いして作って貰ったのは、地球で言うコックコートである。
瑞希自身はあまり使った事がないのだが、利点は知っており、洋食を主に扱うリーン達にはお似合いだと思ったのだ。
リーンとムウがコックコートを着込み、二人で見合わせていると、シープの腹から音が聞こえた。
「悪い、腹が減ったんだけど、今日は何が出来る?」
「今日はミズキさんに新しく習った角煮があるんですよぉ! 今お出ししますねぇ!」
リーンの手によって綺麗に盛り付けられた皿には、柔らかく煮込まれたデエゴ、丸々とした卵、そして分厚く切られたオーク肉が盛り付けられていた。
シープはフォークでデエゴを切り分けると、するりと通った手応えを感じながら、口に運ぶ。
ハフハフと口の中でデエゴを躍らせながら咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「美味ぇっ! オーク肉の旨味がデエゴに染みてるし、中から熱々の汁が溢れて来る! 駄目だっ! 我慢出来ねぇっ! エールをくれっ! こりゃ、とんでもねぇ料理を教えて貰ったな!」
「うふふふ! 喜んで貰えて良かったですぅ!」
「お待たせしました! エールです!」
「卵も美味ぇぇ! ここにエールが……かぁー! たまらんっ!」
ガツガツと角煮を平らげるシープを尻目に、リーンとムウがハイタッチをする。
袖で隠れた二人の手が重なると同時に、店の扉がまた開く。
「「いらっしゃいませぇー!」」
変わった服を着た料理人がいる料理店は、再び評判を上げていくのであった――。
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