瑞希の魔力
洞窟を歩きながら、瑞希は考える。
この状態ではさすがに魔法無しでは帰れないが、さすがに自分の魔力も感じれず、まだ風で飛ぶというイメージが沸いてこない。
どうしたものか……と頭を悩ましているとミミカが話しかけてきた。
「あの、もう一人の侍女がどうなったかは聞いておりませんか?」
「ん? あぁ、そういえばミミカ達が襲われた所から逃げて、街道に入った所で人を見つけて事情を話したみたいだから大丈夫じゃないか? おかげでテミルさんにも情報が入って、俺達がここに来れた訳だし」
「良かった……」
ミミカがホッと胸を撫でおろすと、瑞希はココナ村に来た事情を聞いた。
「何でまた護衛もアンナさんだけの少ない人数で、わざわざココナ村に向かってたんだ?」
「テミルがココナ村にいるという情報が入って……彼女に会って謝りたかったんです」
「謝る?」
「元々テミルは私が小さい頃に侍女をしており、私にとっても姉の様な、母の様な存在なんです」
「何でそんな人が冒険者ギルドで働いてるんだよ?」
「私のせいです……私がテミルに秘密にしとくようにと言われたにも関わらず、父に魔法を見せてしまったんです……」
瑞希は頭をひねる。
魔法は一種の才能で、色々な所で才能を発揮していたのではなかったのだろうか?
「私の母は私が生まれてすぐの頃に、盗賊に襲われ、その中に居た魔法使いの魔法によって亡くなったんです。父は元々魔法の才能はなく、魔法が使えない事にコンプレックスを感じていたらしく、毛嫌いをしていた魔法によって母を殺された事で、より一層魔法を遠ざけたのです」
「魔法は一種の才能で、使える人自体限られてるんだろ?」
「その通りです。ミズキ様の様に正しく使われる魔法使い様は尊敬され、悪用される方には畏怖されているのが現状です。しかし父は魔法に良い記憶はなく、私はテミルに内緒で魔法を教えて貰い、小さな火を出せるようになり、嬉しくなって……父に見せてしまったんです……」
子供が親に自慢したがるというのは、常連客の子供を見ていた瑞希からすると納得のいく話である。
「魔法から遠ざけられた生活を送っていた私が、魔法を使える様になったという事は近くに魔法を使える者がいると察した父は、雇った者の中からテミルを見つけると激しく罵倒し、解雇してしまいました……私のせいでテミルが……」
「お父さんには内緒で来たんだよな?」
「はい……テミルの事を話そうにも父は領主ですので、仕事が忙しく、一緒に食事をとる事も滅多にありません。最後にきちんと会ったのは一年程前です。そんな中テミルの居場所を知り、私は無性にテミルの顔が見たくなり無断で駆けつけてしまいました……」
親からの、目に見える愛情が少ないのだろう……。
親代わりであったテミルとは引き離され、その人と会えるのであれば会いたいというのも仕方がないと思った瑞希は、ふとした事を思いつく。
「ミミカは料理ってできるか?」
「料理ですか? 私の食事は料理番の者が作りますので、料理という物は作った事がありません」
「俺の故郷ではさ……いや多分、一般の家庭では家族が家族のために料理を作るんだよ。家庭の食事には思い出が生まれ、おふくろの味って言って、家族の味が生まれるんだ」
「母の味ですか……」
「ミミカにはお母さんがいないし、おふくろの味っていうのはないと思う。けど今からでもお父さんと家族の味ってのは作れないか?」
「でも父は家に居ても、執務室に籠り仕事をしているんです……家で食事をすると言っても軽食を運ばせるぐらいで……」
「その軽食を作ってみたら良いんじゃないか?」
「そんなっ! 料理をした事がない私が作っても失敗するに決まっています!」
「失敗しても良いじゃないか。かわいい娘が作った物なら、父親は喜ぶんじゃないか? それに料理を作るのは楽しいし、好きな人に喜んでもらえるのは嬉しいんだ! なぁシャオ!」
瑞希と手を繋ぎながら歩いているシャオは夕食の調理を思い出す。
「ミズキと料理するのは楽しいのじゃ! まるで魔法みたいなのじゃ!」
「魔法……ですか……。私にも作れるんでしょうか?」
「最初は失敗するかもしれないけど、それもまた家族だから許されるんだよ。俺も小さい頃は失敗した料理を食わされた事もあるけど、今じゃ良い思い出だ」
「父と……話せる様になるでしょうか?」
「食事は人を幸せに出来る。俺はそう信じてるけどな」
「わしは瑞希の飯が大好きじゃ!」
ミミカはシャオのニコニコと幸せそうな顔をした顔を見ていると、父とこんな風に喋ってみたいと思っていた。
「あの……ミズキ様……私に何か簡単な軽食を教えて頂くことは出来ますか?」
「お安い御用だ!」
瑞希はニッと笑い、ミミカの願いを承諾した。
料理を教える約束をしながら、洞窟の入り口に着いた瑞希は、ミミカに聞こえない様にシャオと相談をする。
「帰りの事なんだが、空を飛ぶというイメージが湧かないんだけど、シャオはそのままの姿で全員を飛ばせるか?」
「無理じゃ。元の姿の方が魔法は使いやすいのじゃ」
猫の姿で詠唱をしていると聞いた時に、もしかしたらとは思っていたが、瑞希は想像通りだった事に肩を落とす。
瑞希は少し考えた後に、意を決してミミカに提案を持ち掛けた。
「帰りの事でミミカにお願いしたい事があるんだ」
「なんでしょう?」
「今から魔法を使ってココナ村に帰るんだけど……シャオの事を秘密にして欲しい」
「……シャオさんの事とは?」
瑞希はシャオに人前での魔法や変化を禁止させてはいたが、己の都合で魔法を禁止した事によって、先程の戦闘で怪我をさせかけた事を悔やんでいた。
そのため魔法に関してはもう人前で使用しても仕方がないと思っている。
しかし、変化の事は魔物と思われてしまうと誤魔化しようがない。
瑞希は葛藤の上ミミカにシャオの事を話した。
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「えっと……そのシャオさんが、ねこ? という姿になったり、魔法も使えるんですか?」
「正直な話、俺自身もここの人達が、魔物や魔法についてどう思っているか確証が持ててからどうするか決めたいんだが、俺達の事を知らない人は、俺達がいきなり魔法を使ったり、シャオが変化したら……その……畏怖されたり、魔物扱いされたりするかもしれないだろ?」
「確かに、魔法を使える人は疎まれたり、怖がられたりもするかもしれませんが、それ以上に尊敬されたりもします。ミズキ様が魔法を使う事自体は、ミズキ様の人柄ですと問題はないかと思われます」
「あ~……俺自身は魔法を使えないんだ」
「治療魔法や、この明かりはミズキ様の魔法では無いんですか?」
「シャオ……話しても良いか?」
「好きにすれば良いのじゃ。わしはミズキに言われんかったら元々隠すつもりも、それこそ人間と関わるつもりもなかったのじゃ」
「……実は、俺が魔法を使えるのはシャオと触れている時だけで、まだ魔力というのも感じれない。シャオが言うにはシャオの魔力で俺の魔力を押し出しているそうなんだけど……」
「魔力で魔力を押し出すんですか……確かにそんな方法は聞いたことがありません。誰にでも出来るんでしょうか?」
「まぁ……誰にでも出来るんじゃが……」
「私にやってみてもらうのは可能でしょうか?」
「別に構わんが……ミズキよ? お主は今、疲労感とかは無いのじゃろ?」
「戦闘のか? 気疲れはしてるけど、別にだるさとかはないぞ?」
「……そうか。ではミミカよ手を貸してみるのじゃ」
ミミカはシャオに手を差し出し、二人は手を繋ぐ。
「ではそのまま魔法を使ってみるのじゃ」
「えっと……我が望むは指先の灯……え? こ、これは!」
するとミミカの指先から小さな火が灯ると、ミミカがぐらりと倒れそうになる。
「ま、魔力がほとんど体外に出ました……」
「そういう事じゃな。他人の体に魔力を通すと、自分で使うより多量の魔力を消費する。逆に他人の魔力を使う時でも同じように引っ張られた方の魔力が多量に使用され、顕現する魔法は弱いものとなる」
「へ?」
「ミズキの魔力で小さな火を出した事があるじゃろ? あの時ミズキは何も感じなかったと言っておったから、ミズキならこの方法で魔法を使っても大丈夫じゃと思ったんじゃ」
「そんな……ではミズキ様の魔力量は……」
ミミカはぜぇぜぇと荒い呼吸のままシャオに尋ねる。
「うむ。馬鹿みたいな魔力量なんじゃろな。ましてや、普通の人間が固定詠唱も無く魔法を使えば、魔力はより多く使う事になる。この方法はミズキにしか使えんよ」
「そんな危ない使い方だったのかよ……」
魔力量が多いと言われた瑞希は己の体を確かめるが、特に普段と変わっている所はない。
それならそれで良いかと受け止め、瑞希はシャオに面と向かう。
「シャオ、ごめんな。俺が魔法を使うななんて言ったせいで怪我をさせそうになって……」
「別に気にしとらんのじゃ。じゃが、料理をする時はミズキも魔法があった方が便利じゃろ?」
「……そりゃそうだ」
「ならこれからはわしは魔法を使う。お主は料理を作って美味い物を作る。それで良いじゃろ? もし何かあったら守ってくれるんじゃろ?」
「任せとけ! 飯もシャオが好きになるもんいっぱい作ってやるよ!」
「くふふ。それは楽しみじゃ! 早く帰ってウテナも食べてみたいのう!」
「じゃあ帰るか! あ、ミミカ! シャオが変化出来ることだけは俺達との秘密にしておいてくれ!」
「ふ、二人だけの秘密ですねっ!」
「いや別に二人だけって訳じゃ……」
ミミカは瑞希の言葉は耳に入らないまま、頬に手を当て遠くの方を見ている。
「まぁいいか……じゃあシャオ頼む!」
シャオがぼふんと姿を変え一鳴きすると、全員の身体が浮きが上がり飛び去って行く。
夜空に高い声の悲鳴が響き渡ったのは言うまでもなかった――。