報酬と焼きもち
時はまだ夕刻前であり、食堂には瑞希達しか居らず、見慣れぬ女性に洞窟を調査していた面々以外はドン引きしている。
「お姉様、私頑張りましたよねっ!」
「鬱陶しいから離れなさいよ! いい加減焼き殺すわよ!?」
「お疲れ二人共。報告は無事終わったみたいだな。作り過ぎてたし、その子の分もあるぞ」
ヒアリーの腕に纏わり付き、褒めて欲しそうな女性に対して物騒な言葉が降り注ぐが、瑞希は目の前の事象が無かったかの様に普通に話しかける。
その言葉を聞いたドマル、アンナ、ジーニャは驚愕の顔をしながら瑞希を見るが、瑞希とシャオとチサは我関せずと手を合わせていた。
「ミ、ミズキ? 止めなくて良いの?」
「良いの良いのいつもの事だから。それより早く食べないと冷めるぞ?」
「えぇ~……じゃあ頂きます……」
アンナとジーニャもドマルに引きずられる形で手を合わせる。
シャオとチサの興味はロコモコにしかないのか、シャオはハンバーグだけを、チサはハンバーグとペムイを匙に乗せ、大きく口を開きパクリと口に放り込む。
「ちーずとはんばーぐの相性はやはり物凄いのじゃ!」
「……シャオ、ペムイも凄い! 一緒に食べたらめっちゃ美味しい!」
「次はそうするのじゃ!」
二人の嬉しそうな顔を見て、瑞希はほっこりとした気持ちになるが、件の女性はまだヒアリーに絡んでいる。
そろそろ止めないとヒアリーが切れると思った瑞希は、カインに目配せをして、カインが女性の匙を手に持ちハンバーグを半ば無理やり押し込んだ。
「……美味しいぃ!」
女性の興味も料理に移ったのか、カインから匙を奪い、脇目も振らずに食していく。
「やっと収まったか……にしてもこの料理も美味ぇな!」
「シャオの好物のハンバーグを使ったロコモコって言う料理だよ。ヒアリーも暫くは静かになるから気を静めろって」
「そうね……全く、何で私がこんな奴の監視を……」
ヒアリーはぼやきながらもロコモコを口にすると、その顔は笑顔に変わる。
瑞希は自分の皿に、作っておいたマヨネーズを加え、ハンバーグの一部を崩してペムイと混ぜて食べる。
「まよねーずも合うのじゃ?」
「好みかな? ちょっと味をこってりさせたいならかけても美味いぞ?」
「……そうやって混ぜて食べるもんなん?」
「野菜とかハンバーグをぐちゃぐちゃに混ぜる人もいるし、ハンバーグをおかずにペムイを食べる人もいるし、これも好き好きだな~。ロコモコは決まりきったマナーなんてないから、がっつきたい時に作るしな」
「ミズキさん! うちもまよねーず欲しいっす!」
「ほら、シャオ達も味を変えたくなったら入れてみな?」
瑞希はジーニャにマヨネーズが入った器を手渡し、ジーニャはマヨネーズを乗せて口に運ぶ。
「これやばいっす! めちゃくちゃ美味いっす!」
「わははは! ジーニャは本当にマヨネーズ好きだな! アンナも……」
「ちーずが……黄身が加わったはんばーぐも……」
アンナは既に好物のチーズがたっぷりかかったハンバーグを口にした時点で涙腺が崩壊している。
「くふふふ! はんばーぐは偉大なのじゃ!」
「……ペムイも止まらへん」
シャオは大事に取っておいた目玉焼きに手を掛ける。
ぷつっと黄身を潰すと、トロトロと黄身が溢れ出し、ハンバーグを黄色く染め上げる。
匙にもう少し力を入れると、白身の部分がサクッとした感触を手に伝え、シャオは再び大きく口を広げて口に運ぶ。
もぐもぐと咀嚼しながら、口の端に付いたソースをぺろりと舐める。
「美ん味いのじゃぁっ! サクサクとした白身の食感と黄身の濃厚さがはんばーぐをより美味しくしておるのじゃっ!」
「だろ? 油で揚げる様にして目玉焼きを作るとそのサクサク食感になるんだ!」
「たまらんのじゃっ! おかわりが欲しいのじゃ!」
「まだまだ肉もペムイもあるからまずは食べ切ってからな? 皆もまだまだ食べそうだしな!」
瑞希が皆の顔を確認する中、カインは手荷物から酒を取り出す。
「そろそろ飲んでも良いよな?」
カインの悪そうな顔が移ったのか、瑞希も悪そうな顔をする。
「あちゃー! カインが出してきたならしょうがない! 御相伴に預かろうかな! ドマルも飲むよな?」
「二人共程々にね?」
白々しい瑞希にドマルは苦笑しながらもグラスをカインの元に伸ばす。
カインは嬉しそうに瑞希とドマルのグラスに酒を入れると、三人はグラスを鳴らし、グラスを傾けた。
「ぷっはぁー! 我慢してた甲斐があったぜぇ! 仕事終わりの酒に勝るもんはねぇやなっ!」
「わははは! 美味ぁい!」
「あはは。二人共お疲れ様。ヒアリーは飲まないの?」
ヒアリーは黙々と食事を続けている女性を親指で差す。
「こいつに寝首をかかれたらたまったもんじゃないから止めとくわ」
「聞きそびれてたけど、この方は?」
「魔物を操ってた元凶よ。今はバラン様にお願いされて私達の監視下にいるのよ」
「「「えぇっ!?」」」
事情を知らないドマルとアンナ、ジーニャが身構える。
「そんなに身構えなくても大丈夫よ。この子に残ってたミタスの魔力も道中でシャオが抜いたし、大した魔力も持ってないわ」
「そ、そうなんだ……」
「じゃあこいつはミタスの仲間なのか!?」
黙っていられなかったアンナが二人の会話に混ざる。
「ミタスを崇拝してた節は在ったけど、きちんとした情報を与えて、事情を説明して考えさせたわ。この子も広い意味では被害者ね」
「だからと言って犯罪には変わりないでしょう!?」
「だからその判決を下すまでの間は私達の監視下に置かれたってわけ。実際この子の話を聞けば、魔物を操って直接被害を受けたのは私達だけなのよ。そしてその報いを受けさせたらこんな事に……」
あの時ビンタをして説教なぞしなければ良かったと、ヒアリーは項垂れながら匙を持つ手に怒りを込め、プルプルと震えさせた。
「まぁまぁ良いじゃないっすかアンナ! 今はミズキさんの料理を美味しく頂くっすよ!」
「……分かった」
アンナは姿勢を正し、ロコモコに手を付け、再び料理の味に没頭していく。
瑞希とカインが調査の思い出話に花を咲かせながら酒を飲んでいる中、ドマルはヒアリーに尋ねた。
「でもヒアリーが素直にその条件を飲むって事は、良い事もあったの?」
「当たり前よっ! 稼ぎも良かったけど、それよりも冒険者ランクを一つ上げて貰える事になったわ! 勿論ミズキとチサもよっ!」
「……うちも?」
「当たり前じゃない? どこの世界にこんなに魔法が使える銅級冒険者がいるのよ!」
「……にへへへ! 嬉しいっ!」
「という訳で、瑞希は銀級冒険者に、私達は早々に白銀級冒険者になれるって訳なのよ!」
ヒアリーの言葉にカインと笑いあっていた瑞希の手が止まる。
「えぇ~……俺まだ依頼を三つしかやった記憶がないんだが……その内一つはキアラの料理依頼だぞ?」
「あんたの実力で鋼鉄級な訳ないでしょ! 喜びなさいよ!」
「ガハハハハっ! 良かったじゃねぇか! 何なら俺達と組んで白金級を目指そうぜっ!」
カインは瑞希の背中をバシバシと叩きながら大笑いする。
「あほ、俺は料理人だぞ? しばらくは悠々自適に食を楽しむって! ドマルっ! 早く次の旅に出よう!」
「そうしたいんだけどね……その前にカエラ様を説得してよ……」
「忘れてた……次はその仕事か……」
瑞希とドマルは次の仕事を思い出し、共に項垂れてしまう。
「あら? 何々? どういう話なの?」
瑞希とドマルが事情を話すと、カインとヒアリーが大笑いする。
「あはははっ! 良かったじゃない! 貴方達も貴族の仲間入りね? これからは様を付けようかしら」
「笑い事じゃないよ……僕にそんな大役出来る訳ないだろ?」
「俺も堅苦しい所は苦手だな~」
二人の言葉に呆気に取られたヒアリーが言葉を返す。
「出来るに決まってるじゃない? ミズキはあの気難しいバラン様を懐柔して、ドマルは男を寄せ付けないカエラ様が気を許したんでしょ? 貴方達にしか出来ない仕事じゃない」
「そう言われてもなぁ……ん? どうしたシャオ?」
「そんな話よりおかわりが欲しいのじゃっ!」
「……うちもっ!」
「うちも食べたいっすっ!」
「わ、私もっ!」
ぷりぷりと怒るシャオ達の顔を見てカインとヒアリーが何かに気付き再び大笑いする。
「ガハハハっ! ミズキ、早く作ってやれって!」
「私達もお代わりが欲しいわよ! 変な意味はなくね!」
「おかわりにどんな意味があるんだよ……分かったよ! シャオは大盛りか?」
「勿論なのじゃっ!」
瑞希は首を傾げながら厨房へと足を運ぶ。
ヒアリーはシャオが可愛らしかったのか、シャオの頬っぺたを突く。
「ミズキがシャオを悲しませる訳ないでしょ? それより料理の手伝いをしてきなさいな」
「うぬぬぬっ! わかっておるのじゃっ! ミズキっ! わしがおらんのにどうやって火を点けるのじゃっ!」
「チサは焦らずいっぱい食って良い女になれや?」
「……別に焦ってへんもん! ……うちも大盛りって言って来るっ!」
二人の少女の後ろ姿を見ながらカインとヒアリーは微笑ましさを感じるが、ふと目の前を向けば美人な侍女の二人が取り残されている事に気付く。
ヒアリーが本当に罪作りな男だと瑞希の心配をしていると、厨房からは大きなくしゃみが聞こえてくるのであった――。
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