お待たせのロコモコ
説明を終えた瑞希達は後の事をバランに任せ、食堂の厨房で合挽ミンチを捏ねている。
チサはペムイを炊き、シャオはキャムの葉を千切っていた。
「はぁ~……婚約者役かぁ……」
「ミズキっ! はんばーぐを作る時は集中するのじゃ! それにわしは許さんのじゃっ!」
「そうは言っても考えちまうって……よし、タネは出来た。こんな量作ったけど本当に食べれんのか?」
瑞希の手元には大きなボールの中に大量のミンチが纏められていた。
「……カインとヒアリーもいるから余裕や」
「そりゃそうか……あの二人は今バランさんと話してるんだっけ?」
「……あの女がヒアリーから離れへんからしゃあないわ」
「じゃあとりあえずペムイも炊き上がる頃だしハンバーグを……「ミズキ殿っ! お嬢様と、こ、婚約したとは本当なのですかっ!?」」
食堂からキッチンのカウンター越しにアンナの焦った声が響き渡る。
幸い食堂には誰も居らず、厨房内も下拵えをしている者が数人いるだけだ。
「落ち、落ち着くっすよアンナっ!」
ジーニャもアンナに連れられて共に来たようだ。
「そうだぞ。まずは落ち着け。誰からその話を聞いたんだ?」
「ミミカ様が先程嬉しそうに呆けた顔で仰られておりました……」
「あ~……婚約者じゃなくて、婚約者『役』な。王家の人間を追い払うためにその役をやってくれってバランさんに頼まれたんだよ」
「ほら言ったじゃないっすか! お嬢の勘違いだって!」
ジーニャがアンナに確かめる様に言ったのか、瑞希の答えを聞きアンナに話しかけるが、その顔はどこか安心している様だ。
アンナはカウンターに手を付き、大きく息を吐いた。
「良かった……ミミカ様が婚約なされたと聞いて……」
「まぁ、そりゃ焦るよな~……」
「「えっ!?」」
瑞希のぼやきにアンナとジーニャが驚くが、瑞希は言葉を続ける。
「だってまだ十五歳だろ? そんな子供に婚約者がいるって聞いたら誰でも焦るだろ?」
「え、あ、あぁ! そうですねっ! 私も急な話で驚きましたっ!」
「だから許しておらんのじゃっ! ミズキはさっさと美味いはんばーぐを焼くのじゃっ!」
「はいはい……アンナとジーニャも食べるか? 晩飯にしては早いから中途半端な時間になるけど、シャオが早く作れって煩くてな」
ジーニャはカウンター越しに近づいて来た瑞希にさらに近付き質問する。
「良いんすか!? 今日の仕事も終わったから二人で晩御飯前に二人で訓練しようと思ってたんすけど、思わぬ幸運っす! 今日のメニューは何すか? (ところでシャオちゃん、御機嫌斜めっすね。どうしたんすか?)」
「今日はシャオの御要望通りチーズハンバーグの目玉焼き乗せだけど、チサはペムイを食べたいって言うから、それならロコモコにしようと思ってな。皿も一枚で済むから後片付けも楽だしな。(婚約者役は許さんのだと。ハンバーグを食ったら機嫌も直るからそっとしといてくれ)」
「ろこもこ? 変な名前の料理ですね。はんばーぐというとモーム肉を使ったシャオ殿が初めて食べた料理ですよね?」
アンナの言葉にピクリと反応したシャオは胸を張り答える。
「そうなのじゃっ! ミズキが初めて食べさせてくれた、わしの大好物なのじゃっ!」
「シャオ殿は素敵なお兄さんが居て良いな! 私の兄とは雲泥の差だ……」
「くふふふ! グランも中々面白い奴じゃがミズキには敵わんのじゃ! アンナもわしの好物を食べてみると良いのじゃ!」
アンナの言葉に気を良くしたシャオは、少し機嫌が直った様だ。
「そういやグランに会ってないな。今どこに居るんだ?」
「兄は今バラン様の命令でコバタの調査に向かっています。何でもコバタを治めるアスタルフ様と連絡が取れない様で……」
「じゃあムウの言ってた盗賊のアジトは?」
「それも別の部隊が調査をしているらしいっす! キーリスの街はもういつも通りっすよ!」
「なら良かった。落ち着いたら市場にも顔を出しに行こうか?」
「くふふふ! 行くのじゃ!」
「……うちはあの果物が飲みたい!」
チサは以前八百屋で貰った、ムルの蔦を使って飲むレデの実が気に入った様である。
「じゃあまずは腹ごしらえをして、今日はもうゆっくり休もうか! やっとカインと酒が飲めるしな」
「……酒は程々にするのじゃぞ?」
機嫌の直ったシャオだが、瑞希の酒への牽制は忘れない。
「じゃ、じゃあ料理の続きを作ろうか! 今日のハンバーグも美味いぞ~!」
「うぬぬぬ、誤魔化したのじゃ!」
シャオはそう言いながらも厨房へと戻る瑞希の後ろを付いて行く。
アンナとジーニャは兄を取られまいとする少女の嫉妬心を見て、シャオの可愛らしさを再発見し、くすくすと笑みを溢した。
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じゅわじゅわと両面に焼き色が付いたハンバーグにチーズを乗せ蓋をする。
別の竃では鉄鍋を熱し、少し多目の油を引いて、パカパカと次々に卵を割り、軽く塩胡椒をかけ、蓋をせずに焼いていく。
「なんじゃ、目玉焼きとは卵をそのまま焼くだけなのじゃな」
「目玉焼きだって色々な焼き方があるんだぞ? いつもならこんなに油は入れないし、水をして蓋もするしな」
「なら何で今日はこの焼き方なのじゃ?」
「蓋をすると黄身の部分がどうしても白くなるからな。今日は黄色い色合いの方が見栄えが良いんだよ。それに油を多めに入れたのにも理由があるけど、それは食べてからのお楽しみだな!」
「……ミズキ、ペムイが炊けたで!」
「よし、じゃあ二人はその皿にこんな感じでペムイとキャム、ポムの実を盛り付けてくれ」
瑞希は少し深めの皿にキャムとポムの実を皿の端に盛り付け、ペムイを中央に盛る。
「わかったのじゃ?」
「……生野菜とペムイって変な組み合わせやな?」
二人は疑問符を浮かべながらも次々と皿に盛り付けていき、瑞希は焼き上がったチーズハンバーグをペムイに立て掛ける様に乗せていく。
トロリととろけるチーズと大きなハンバーグを目の当たりにしたシャオは興奮し始め、ぴょんぴょんと跳ねる。
瑞希はその愛らしい光景を見て、顔をにやけさせながら、ハンバーグを焼き終えた鉄鍋にバターを落とす。
「今日はどんなソースをかけるのじゃ!?」
「今日は単純な家庭のソースだな。ペムイとも合うし、シャオもチサもきっと気に入るさ」
瑞希は溶かしたバターに、作り置いておいたケチャップとウスターソースを加え、ルク酒と、香り付けにジャルを入れ、木べらで鉄鍋に付いた焦げを擦る様にソースを混ぜて行く。
「……ジャルも使うんやったらペムイに合うに決まってる!」
ジャルを使用した事で次はチサも興奮し始めた。
瑞希はふつふつと熱せられたソースをハンバーグにかけていくと、二人の少女は涎を垂らしながらその光景を見守っている。
ソースをかけ終わった瑞希は鉄鍋を持ち替え、綺麗に焼けた目玉焼きを乗せていく。
「これでロコモコの完成! どうだ? 二人の要望に応えてるだろ? ちょっと作り過ぎたけど、どうせ誰かがお代わりするだろうし、良いか……」
「くふふふふ! ミズキっ! 急ぐのじゃ! これは早く食べんといかんのじゃっ!」
「……涎が止まらへん!」
「はいはい。じゃあ運ぶぞ」
三人が出来上がった皿を手に持ち、席の準備をしてくれていたアンナとジーニャに手渡し、食堂に運んでいくと、カエラの相手をして疲れ果てたドマル、バランに話し終えたカインとヒアリー、そしてヒアリーに相も変わらずしがみついている女性が姿を現すのであった――。
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