二人の婚約者
「――バランはん、ドマルはんを借りてもええやろかっ!?」
応接間の扉をノックしようとしたミミカの手が止まる。
「どうしたんだ?」
ミミカの後ろには瑞希が居るのだが、アリベルを背負い、両手にはシャオとチサが手を繋ぎ、アリベルを下ろそうとギャアギャアと騒いでいる。
傍から見れば保父の様にしか見えない状況だ。
カインとヒアリーは連れて来た女性の監視役として別室にて待機をしていた。
「い、今、ドマル様を婚約者とか何とか言ってませんでしたか?」
「ん~? こいつらが喧しくて俺には聞こえなかったけど、カエラさんもついに結婚かな?」
「え~!? ドマル様とカエラ様ってその様な……「ミミカ様。入られるのならば騒がない様に。アリベル様も淑女としてのマナーを教えた筈ですが……」」
「「ご、ごめんなさい……」」
応接間を扉が開くと、教師としてのテミルが教え子達に笑顔のまま圧を放ちながら登場する。
瑞希の背からずるずると降りたアリベルと共にミミカもテミルの圧に屈して、二人で謝る。
ふっと息を吐いたテミルは事前に瑞希が来たら通しても良いと言われているので、五人を部屋の中に招き入れた。
「ミズキはんっ! 久しぶりやな~! なんやチサちゃんもちょっと大きなったんやないか? ええもんばっか食べてるんやろ~?」
「……ミズキの料理は何でも美味しい!」
「お久しぶりですカエラさん! バランさん只今戻りました」
「ミズキ君、御苦労だった。とりあえずは座ってウィミル嬢の話を聞いては貰えないか?」
「それは構いませんが……どうしたんだドマル? そんなに汗を掻いて?」
「ミズキー! ぼ、僕はどうしたら良いのかな!?」
ドマルは見知った顔が現れた事に安心感を覚え、瑞希の目の前まで移動して瑞希に答えを求める。
「話が分からんけど、とりあえず落ち着け」
「チサちゃんはこっちおいで~!」
カエラはクッキーの入った皿を手に持ち、空いている手では自身の膝をポンポン叩く。
チサは呼ばれるままにカエラに近付き抱きかかえられてしまう。
「はぁー! 久々に会うたけど、可愛らしさは変わってへんな~!」
「……むぅ。くっきー……」
「とりあえず俺達も座って良いか? ドマルの話も聞くからさ!」
ドマルは何度も頷き、瑞希達も席に座る。
チサはカエラの膝に、シャオは瑞希の膝に、アリベルはミミカの膝に腰を下ろした事で、一見すればママ友会の様な状況になってしまい、テミルが茶を用意しながらくすりと笑ってしまう。
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話を聞いた瑞希が何かを考えた結果、口にした言葉は……。
「――まぁ、事情は分かりました。ドマル……頑張れ!」
瑞希は他人事の様に親指を立てドマルを応援する。
「そんなに簡単に応援しないでよ!?」
「まぁまぁ、慌てるなって。カエラさんと共に行くなら貴族様達と知り合えるって事だろ? 商人からすればそこで顔を売れるって訳だ。ドマルだってメリットはあるだろ?」
「それは……そうだけどさぁ……」
「それにどこに行くかは分からないけど、食事も出るんだろ? 無料で旅行が出来て、顔も売れるなら良いじゃねぇか?」
「むふふふ! その通りやでドマルはん! ちゃあんと紹介したるさかい商品も持って行きぃな? うちに売ってくれた香辛料とか衣服なんか絶対売れるで! 乳製品もや!」
カエラはドマルの後押しする瑞希の言葉が嬉しかったのか、瑞希に向けてウィンクする。
当の瑞希はそんなつもりはなく、只率直な感想を述べただけなので、ばつが悪そうにシャオの頬をむにむにといじる。
ミミカはと言えば、ドマルとカエラを眺めながらポーっと見惚れていた。
「良かったなぁドマル。他の地方のお偉いさん達が食べる料理を食べられるんだし。あんまり食べ過ぎて太るなよ?」
瑞希は笑いながら軽口を叩く。
「何言ってんのさ……、貴族様達の料理より「ミズキ君、王都の料理が気になるかね?」」
ドマルが喋り終える前にカエラと目配せをしたバランが割って入る。
「え? そりゃまぁ私は料理人ですから、どんな料理でも気になりますよ?」
「そうかそうか。ならミズキ君にも頼むとしよう」
「私もドマルに付いて行くんですか?」
「いやいや、ミズキ君にお願いしたいのはウィミル嬢と同じ事だ」
「カエラさんと? ……婚約者役を二人にするんですか?」
シャオから手を離し、カエラに目を向ける。
「うちの婚約者はドマルはんだけで充分や」
カエラは面白そうに首を振って瑞希の質問を否定する。
「ミズキ君にお願いしたいのはミミカだ」
アリベルの口にクッキーを食べさせようとしていたミミカの手が止まる。
アリベルは急に止まったクッキーを追いかけ手を伸ばし、その手が触れた拍子にミミカが我に返り叫んだ。
「えぇー! ミ、ミ、ミ、ミズキ様が婚約者ですか!? ……そんな急に言われても心の準備……は出来てますけど、でも、でも急にそんな事言われても……」
消え入るミミカの言葉を無視してバランが続ける。
「あくまでもウィミル嬢と同じく煩い蠅への牽制だ。ミミカはまだまだ婚約をするつもりもないみたいだし、この忙しい時にいちいち求婚の書状に目を向けるのは面倒臭くてな」
「それは俺じゃなくても良いんじゃ……「いえっ! ミズキ様にしか務まりませんっ!」」
ミミカは食い気味に瑞希の言葉に反応する。
「いやいや、俺じゃなくても良いだろ?」
「それなら私じゃなくても良いですよね……?」
瑞希がうやむやにしようとすると、ドマルも手を上げ便乗する。
「「駄目です(あかんで)っ!」」
カエラとミミカは声を揃えて否定する。
「ドマルはんはうちの目に敵った唯一の男やで!? 商人としての才覚もええし、その性格の良さもうちの婚約者としての必要なんや!」
「ミズキ様は類稀なる料理の才覚があります! モノクーン地方に革命を起こしたとなれば、王家の人間でも黙らせられますっ!」
「「は、はい……」」
二人の熱弁に思わず瑞希とドマルが肯定の返事を返してしまう。
しかし、黙って無かったのは瑞希、そしてカエラの膝に座る二人の美少女達である。
「許さんのじゃ」
「……そう。ミズキは一生独身」
「不吉な事言うなよ……俺だってその内良い相手が見つかればいつかは結婚ぐらいするだろ?」
「ならんのじゃっ! ミズキはわしと居るのじゃ!」
「……うちを忘れてるっ! うちも居るっ!」
「じゃあアリベルも一緒に居るー!」
アリベルは意味も分からずに笑顔で話し合いに参加するが、喧騒する状況にテミルが一つ手を鳴らし、その音と共に喧騒が収まった。
「お茶が冷めてしまいましたので取り換えますね。バラン様、一先ずこの話は後にして、魔物の報告をミズキ様にして貰いませんか?」
「お、おぉ、そうであったな。ミズキ君話を聞いても良いか?」
「あ、はい。まずはこの地図ですが――」
瑞希は地図を広げ、カインとヒアリーに聞いた魔物の分布図と照らし合わせ説明していく。
そして隠し洞窟の話も加えて説明し、重要参考人である女性を別室に、待機させてあることを説明するのであった――。
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