モモとボルボ
瑞希達の帰りを待つモモとボルボだが、姉さん気質のモモはどっかりと構え寛いでいるが、ボルボは辺りを警戒している。
「キュー(そんなに警戒する必要ないわよ)」
「キュイ(念の為だから。それにモモちゃんに何かあるといけないし……)」
モモは大きく息を吐き、心配性なボルボの事をじっと見ている。
モモからすれば雄という感覚はなく、弟の様な感覚であり、時々ボルボからされる女性扱いも少し煩わしくもあった。
雄として見て欲しいのならもう少し頼りがいというのを感じさせて欲しいのだ。
「キューキュー(あっちから何か来るわよ?)」
「キュイ!(ほ、本当だ! け、蹴らなきゃ!)」
「キュー……(やっぱり頼りないわね……)」
モモが言う様に魔物避けを掻い潜り、現れたのははぐれゴブリンの様だ。
モモは面倒臭そうに、現れたゴブリンにスタスタと近づいて行く。
――ギギッ!
ゴブリンは物怖じもしないウェリーに驚き動揺している様だが、モモは躊躇わず後ろ足でゴブリンの顔面を蹴り飛ばしてしまう。
蹴られたゴブリンがかなりの距離を飛ばされると、モモは再び面倒くさそうに馬車の前で寛ぐ。
「キュイキュイッ!(すごいねモモちゃん! 怖くないの!?)」
「キュー……(何であんな雑魚に怖がる必要があるのよ……)」
「キュイ!(でも武器だって持ってるしさ! 怪我したら危ないじゃない?)」
「キュー!(私達だってこの足が武器よ!)」
「キュイキュイ?(すごいなぁ。どうやってやるの? こう? こう?)」
ボルボはモモの前で先程見たモモの蹴り上げを真似る。
傍から見れば充分に脅威を感じる蹴り上げだが、モモから見ればやはり少し頼りない様だ。
「キュー(もっと前足に体重を乗せなさい)」
「キュイ?(前足に? こうかな……)」
ボルボがモモのアドバイス通りにやってみると、ブオンという音と共に後ろ足が伸びる。
「キュイキュイ!(何か良い感じに出来たっ! こうかっ! こうかっ!)」
何度も繰り返すボルボのせいで砂埃が巻き起こり、近くに居たモモはそれが我慢できない様だ。
「キュー!キュー!(埃が立つから止めてよっ! 良いからあんたもこっちに来なさい!)」
「キュイッ!(ご、ごめんなさい!)」
びくりと体を跳ねさせたボルボは項垂れながらモモの側に位置を取る。
「キュー……(近いわよ……)」
「キュイ?(え? あ、駄目だった?)」
「キュー……(別に駄目じゃないけど……)」
「キュイ(それにしてもミズキさん達まだかな~? 早く撫でて欲しいなぁ)」
「キュー(先に撫でて貰うのは私だからね? 貴方はちゃんと御主人がいるでしょ)」
「キュイキュイ!(ミズキさんに撫でて貰うの気持ちいもんね! ドマル君ぐらい気持ちいいんだ!)」
「キューキュー(あら? シャオとチサのブラッシングも中々よ?)」
「キュイ(モモちゃんは三人の事好きだよね~)」
「キュー(当たり前よね。貴方だって御主人の事好きでしょ?)」
「キュイキュイ!(勿論っ! ドマル君も凄いんだよ! 時々慌てる時もあるけど、ドマル君のお客さんは皆笑顔なんだよ!)」
「キューキュー!(あら、そんなのミズキだってそうよ? こないだの屋台の時だって……)」
二頭がお互いの主人の褒め合いをしていると、あっという間に時間は過ぎ去っていく――。
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徐々に日も暮れ始め、魔物も匂い袋のおかげか、ゴブリン以降現れないので、二頭が少し気を緩めていると、聞き覚えのない蹄の音が近づいて来た。
その音はモモとボルボの前に立ち止まると、体を震わせ嘶いた。
「ギュイー!(こんな所にくっそ好みの女が居るじゃねえか!)」
二頭の前に現れたのは一頭のウェリーだ。
そのウェリーには大層な角が生えている。
ボルボ達とは違い野生のウェリーなのだろう、角を切られたボルボ達を見るとどこか見下す様に笑った。
「ギュイギュイ(なんだ、人に飼われてるお嬢ちゃんと坊ちゃんかよ。おいお前、俺の女になれや?)」
「キュー!(良い度胸ねあんた、誰に指図してんのよ?)」
気の強いモモが雄ウェリーの言葉にカチンと来たのか、蹴り飛ばそうとした所でボルボがモモの前に立ちふさがる。
「キュイキュイ!(モモちゃんに手を出すのは僕が許さないぞっ!)」
「ギュイ!(はっ! 角もねぇ坊ちゃんに何が出来んだよ。怪我しねぇ内にどっか行ってろ!)」
「キュー(私が売られた喧嘩なんだからあんたは大人しくしときなさいよ)」
「キュイキュイ!(駄目だよ! モモちゃんが怪我しちゃうでしょ!)」
「ギュイ!(面倒臭ぇからどっか行けやっ!)」
雄ウェリーは角を前に突き出し、ボルボを突進で吹き飛ばすと、ボルボはその勢いで横たわる。
その際に角で切れたのか、ボルボの体からは切り傷の様な線が入りじわじわと出血をし始める。
「ギュイギュイ(さてと……お楽しみはここからだよなぁ?)」
「キューキュー?(気色悪いから近寄らないでくれる?)」
「ギュイ(気の強ぇ女は嫌いじゃないぜ?)」
「キュー(私はあんたみたいな雄は嫌いだわ)」
「ギュイギュイ?(つれねぇ事言うなよ? この出会いを楽しもうぜぇ?)」
「キュー(死んでもごめんね。それにうちの連れはそんなにやわじゃないわよ?)」
「ギュイ(あぁ?)」
ボルボは起き上がると同時に雄ウェリーに向けて走り出す。
ズキズキと痛む体を無視して雄ウェリーの目の前に立つと、走って来た勢いと体重を前足に乗せ、後ろ足に重さを伝え、蹴り上げる。
その威力は先程の練習の比ではなく、雄ウェリーの角に命中すると、二本の立派な角がぼっきりと折れてしまう。
「キュイキュイ!(僕のモモちゃんに手を出すなっ!)」
「ギュ、ギュイィ(お、俺の角がっ! 何してくれてんだこの野郎っ!)」
「……キュー!(良いからどっか行けっ!)」
「ギュイ!(うげっ!)」
モモは怒り狂った雄ウェリーの胴体を蹴り上げると、雄ウェリーは情けない声を漏らしながらふらふらとどこかへ歩いて行く。
その姿を見届けたボルボはどさりと体を横に倒す。
「キュ、キュイ(あはは。モモちゃんは強いねぇ)」
「キュー……(あんたの蹴りであいつが弱ってただけよ。……誰のモモちゃんよ……)」
「キュイキュイ(モモちゃんが教えてくれた蹴りだからだね……)」
ボルボは先程の傷が痛くなって来たのか、言葉数が減り始めていた。
「キューキュー!(ちょっと、大丈夫!? あんた血が出てるじゃない!)」
「キュイ……(大丈夫……ちょっと疲れただけだから……)」
ボルボはそう言いながら目を閉じた。
モモはその言葉に焦りを感じたのか大きく鳴いた。
「キューーーーー!(ミズキーーーー!)」
◇◇◇
聞き覚えのある鳴き声を聞いた瑞希達は引き連れていた女性をカインに担がせ、馬車へと急ぐ。
シャオはモモに何かあったのか心配になり、ぼふんと猫の姿になり瑞希を連れて空を飛ぶ。
瑞希とシャオが一足先に馬車に着くと、シャオは元の姿に戻り話しかけた。
「モモが鳴くとはどうしたのじゃ!?」
「キューキュー!」
「おい! 大丈夫かボルボ!?」
ボルボの傷に気付いた瑞希は、シャオの手を掴み回復魔法をボルボにかける。
すぐに傷が塞がり、痛みが無くなった事でボルボが目を覚まし、立ち上がる。
「キュイ!」
「何で怪我してんだよボルボ……危なくなったら逃げろって……「キュー!」痛ぇ! 何だよモモ?」
モモはミズキの足を軽く踏み、ボルボの首に自身の首を擦りつけるが、ボルボはどうして良いのかわからず、ドギマギとしている。
「くふふふ。急に仲良しになったのじゃ」
「ん~……もしかしてボルボがモモを守ってくれたのか? そうだとしたらありがとなボルボ!」
「キュ、キュイ!」
「……キュー」
二頭の首を瑞希が撫でながら、シャオもモモの背中にへばりつき労う。
「キュー(あんまり無茶しないでよね……ボルボ)」
「キュイ!(わ、わかった!)」
どことなく信頼度が上がった二頭を微笑ましく見ていた瑞希とシャオの元にカイン達も合流する。
マスクをしていた女性は少女の姿に戻っているシャオを見て、ミタスの言葉を思い出すのであった――。
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