魔物使いの女
口元をマスクの様な布で覆う一人の女性は焦りながら走っていた。
「(――私のマーちゃんがやられるなんて嘘でしょっ! ミタス様助けてぇ!)」
女性はここには居ないミタスに思いを巡らせながら洞窟内部にある部屋に入って行く。
そこには魔物達が不思議と大人しく檻の中に佇んでいる。
「ターちゃん! 貴方の出番よっ! 私を守りなさいっ!」
――モオウゥゥ。
ターちゃんと呼ばれる魔物達に向け女性は魔力を流す。
魔物達はブルブルと震えると、開けられた折からのそのそと歩いて出る。
女性がターちゃんと呼ばれる魔物に再び魔力を流すと、魔物は女性の傍らを並走し始めた。
「こんな所で終わるもんですかっ! ミタス様! 私頑張りますからねっ!」
ターちゃんを引き連れた女性は気合を入れるが、数体の魔物に魔力を流した事で、軽く眩暈を感じるのだった――。
◇◇◇
マンティコアを討伐した瑞希達は魔物と出会うというより、意図的に魔物をけしかけられているという雰囲気を感じながらも、洞窟内を散策していた。
「真っ黒ね。魔物なのに明らかに統率された様に私達を襲って来てるわ」
「それに自然に出来た洞窟にしちゃあ小綺麗だしな。話に聞く様にミタスっちゅう奴はここで魔物を統率するような実験をしてたんだろうな」
「けど、完全に統率する事は出来なかったんじゃないか? 統率出来るなら人を操ってキーリスを襲わずに魔物を使えば良いだろうし……」
大人組の三人はこの洞窟の考察をしている。
チサはシャオと歩きながら素朴な疑問をシャオに投げかける。
「……魔物は何で個体差があんの?」
「同じ種族でも魔力量が多い者に特徴が現れるのじゃ。雑多なオーガの中でも魔力が多い物はオーガキングになったりするのじゃ」
「……じゃあミタスみたいに魔力を魔物に入れた場合でもそうなんの?」
「みたいじゃの。オーガが魔法を使ったり、マンティコアが毒を使ったりと変な固体じゃがな」
「ん? マンティコアは毒を使わないのか?」
考察しながらもシャオとチサの話を聞いていた瑞希が会話に加わる。
「使わんのじゃ。わしも毒を扱う魔物じゃったら警戒しておったしの。この二人も迂闊に戦闘を始める事もしなかったはずじゃろ?」
「その通りよ。今はミズキの機転で毒を回避出来てるけど、普通だったらあそこで終了してたわ」
「てことはあのマンティコアがこの洞窟の切り札だったんじゃないか? さっきから襲って来る魔物もマンティコア程強くはないし……」
「というよりは成功したのがマンティコアとオーガキングなんじゃねぇか?」
カインの言葉に瑞希が腕を組みながら頷く。
「成る程。じゃあ人型の魔物が多いのは?」
「知能の差……かしらね。人型の方が獣型に比べてずる賢いのよ。ミズキの言うミタスの魔法は洗脳でしょ? 多少の知能があった方が操りやすかったんじゃないかしら?」
瑞希がヒアリーの言葉に納得していると、シャオがヒアリーの言葉に付け加える。
「それに加え、強化された魔物が持つ魔力に引かれて雑多な魔物も増えているのじゃろうな。生息域でもない魔物がおるのもこの辺の生態が崩れておる一因じゃ」
「……じゃあこの洞窟の魔物を倒せば一先ず落ち着くん?」
「シームカの様に繁殖迄しておる魔物がおらんくなる訳ではないが、集まる事は減るじゃろうな」
シャオの言葉に安堵の息を吐いたのは瑞希であった。
「良かった……シームカはこれからも食べられるのか」
「くふふふ。あれを増やした事によって喜ぶ事になっておるとは悪巧みをする奴等も思わんじゃろうな」
「にしても、洞窟内の魔物を討伐すれば良いってんなら話は早いな。後は何かを研究してた様な資料でもあれば調査としては概ね大丈夫だろ?」
瑞希の質問にシャオは洞窟の奥を指差し、言葉を紡ぐ。
「そうじゃな……ならこの先に待ち構えておる者に聞いてみるのじゃ」
「……ミタスか?」
「違うのじゃ。あやつ程汚い魔力の感じじゃないのじゃ」
「終わりが見えてるならさっさと終わらせて祝勝会でもしようぜ! そろそろヒアリーの魔力も限界だしな」
「……うちもちょこで誤魔化すんは限界かも」
「お城に戻ったらミズキの料理は決定ね!」
「くふふふ! ちーずはんばーぐ目玉焼き乗せじゃ!」
「……うちはペムイ料理が食べたい!」
「俺も疲れてんだけどな……まぁオーク肉も手に入ったしでっかいハンバーグでも何でも作ってやるさ!」
瑞希のその言葉に四人が諸手を上げて喜ぶ。
瑞希達はシャオの指し示した場所へと進んで行くのであった――。
◇◇◇
洞窟の奥で隠れていた女性は再び焦っていた。
檻から放った魔物や、洞窟内に居た魔物の気配がどんどん少なくなってきたからだ。
「(あの数の魔物を全部やっつけるなんて一体どんな人数で来てるのよ!? それに細工迄してたのに何でこの洞窟の場所が分かるのよ! ……もしかしてミタス様が捕まった? いやいやいやそんな事ある訳ないわ! だってあのミタス様よ!? どんな奴でもミタス様の前では服従してたじゃない! ダマズ・アスタルフだって……)」
――モオォォゥ!
女性が自問自答を繰り返しているとターちゃんと呼ばれた魔物が鳴く。
どうやら侵入者達がこの場所へとやって来たようだ。
――でかっ! さっきのマンティコアもでかかったけど、この亀もでかいな!
――ヘビータートルだな。こいつは固くて厄介なんだが……。
――モオォォゥ!
虚ろな目をしたヘビータートルと呼ばれる大きな亀の様な魔物は侵入者に向け咆哮する。
ヘビータートルが咆哮と供に生み出した水球から圧縮された水が侵入者達に降り注ぐ。
――っち! やっぱりこいつも魔法を使うのかよ! ミズキ! ちょっと時間を稼いでてくれ! こいつ相手に丁度良い技がある!
――了解っ! チサは俺とこいつの気を引くぞ! シャオは――。
ヘビータートルが侵入者達の迎撃をしている中、女性は物陰に隠れながら目を瞑り集中しながら詠唱をしている。
「(死角のここからなら私だって決められる! ミタス様が教えてくれたこの魔法ならっ!)」
詠唱を終えた女性は魔法を放とうと、目を開けた目の前には可憐な少女が浮いていた。
「くふふふ。お主、その魔法を放てば魔力の枯渇ではすまんのじゃ。悪い事は言わん止めておくのじゃ」
シャオはそう告げると、女性の周りに風の刃と氷柱を浮かべる。
多少なりとも魔力を感じる事が出来る女性はその魔法に練り込まれた魔力量に冷や汗を掻きながら、放とうとしていた魔法の魔力を解除した。
それと同時にヘビータートルから轟音が響いた。
「おぉ~凄い威力だけど……」
固い筈のヘビータートルの甲羅を粉砕し、息の根を止めた様なのだが、二つの人影は地面に倒れていた。
「……だぁ~くそっ! やっぱ動けねぇ……」
「わ、私まで付き合わせるんじゃないわよ……」
悪態を吐くカインとヒアリーに瑞希が感想を述べる。
「動けなくなるんじゃ使える時は限定されるな?」
「……何とか出来る様になったのは良いけど、信用できる奴と一緒の時じゃねぇと使えやしねぇ」
「魔力薬ももうないわよ……どうすんのよ……」
「とりあえず二人共チョコでも口に入れとけ……これってチョコを口に入れながらやれば急場は凌げるんじゃないか?」
瑞希は鞄に入れていたチョコレートを二人の口に入れ、二人は何とか身を起こす。
「物を食いながら戦闘とか考えた事なかったな」
「確かにちょこれーとならじわじわ溶けるから良いかもしれないわね……ふふ。美味しいわ」
「こやつを捕まえたわしにもちょこれーとを寄越すのじゃ!」
シャオは女性の首元を持ち、引きずりながら瑞希達の元に歩み寄って来る。
女性の周りには氷柱が浮いており、シャオは瑞希にチョコレートを貰い、御機嫌な表情をしているが、氷柱の鋭さには変わりがない。
「な、な、な、何でこの洞窟で毒封じの布もなく歩けるのよ!?」
「マンティコアの毒か? それなら不思議な食材で中和されてるみたいだぞ?」
「食材っ!? どういう事!? 貴方達は何者なの!?」
「ここら辺の調査を頼まれた冒険者だよ。お前が魔物を操ってたのか? オーガキングもお前の差し金か?」
瑞希の言葉にマスクをした女性が気付いた。
「オーちゃんをやっつけたのも貴方達ね!? オーちゃんが負けたからミタス様に使えない奴ってレッテルを貼られたのよ! どうしてくれるのよ!」
その言葉を聞いたカインは呆れていた。
「この状況で良くもまぁここまで喋れるな……」
カインの言葉とは裏腹に、無言でマスクをした女性に近付いて行くヒアリーは大きく振りかぶって女性の頬を平手で打ち、乾いた破裂音が洞窟内に木霊した。
ヒアリーは平手打ちをした女性の服を掴み引き寄せる。
「あんた何をしたのか分かってるのよね?」
「……え? え?」
ヒアリーは戸惑う女性にもう一度平手打ちをする。
チサはヒアリーの怒気に当てられ怖くなったのか、瑞希の背中に隠れながらも行く末を見守っていた。
「いた……痛い……」
「もう一度言うわ。あんた何をしてたのかわかってるのよね?」
「ま、魔物を操って、私達を不幸にする人達に復讐を……」
「それは誰かにそう言われたわけ? 貴方がそうしたかったわけ?」
「ミ、ミタス様がコバタが魔物に襲われたのは魔法使いを滅ぼすためにバラン・テオリスが仕組んだって……魔物を操れる様になればあんな不幸は起きないって……」
「はぁ……あのねぇ、テオリス様は魔法嫌いで有名だけど、魔法使いを滅ぼすつもりはないわよ? その証拠に魔法使いの私はキーリスでもウォルカでも仕事をしてるわ」
「う、嘘ね! 騙されないわよ! それならどうしてコバタが魔物に襲われてる時に助けに来なかったのよ! ミタス様が居なかったら……」
「無理に決まってるでしょ? コバタを治めてるダマズ・アスタルフがくだらない意地で救援を遅らせたのよ? 私達に連絡が来た時にはもう終わってたじゃない。それにミタスって奴がどんな奴か知らないけど、少なくとも人を操ってキーリスを襲うぐらいだから碌な奴じゃないわね」
「そ、それは私達の、魔法使いの世界が幸せになるために……」
三度女性から乾いた音が鳴り響く。
「そのために魔法を使えない人達を不幸にするなら一緒でしょ? 魔法は誇るものであっても、驕るものではないわ。貴方は魔法以外に何ができるの? 貴方が出来ない事は誰がやってくれるの?」
「だって……ミタス様が言う通りにすれば皆幸せになるって……」
「皆じゃないわ。少なくともミタスに操られてる奴等にとったら不幸じゃない。今回のキーリスの出来事でも不幸になった人は少なからずいるはずよ」
「そんな……だって……私は……」
ヒアリーの怒気が薄れたのを感じた瑞希は間に入る。
「と、とりあえずこの子を連れて外に出ようか。ヒアリーももう良いだろ?」
「そうね。オーガに受けた屈辱分ぐらいは返せたかしらね。カインも一発殴れば?」
「俺はもう良いや……俺の分までお前がやっちまったみてぇだしな」
「そ。じゃあさっさと帰るわよ。この子は証人として連れて行くわよ。言っとくけど私達に逆らったらその場で焼き殺すわよ?」
ヒアリーは殺気を込めながら氷柱に囲まれる女性を睨む。
女性は両頬を腫らし、涙を流しながら何度も頷いた。
瑞希はヒアリーを怒らせない様にしようと誓いながらも、シャオと手を繋ぎヒアリーが叩いた箇所に回復魔法をかける。
女性は瑞希の魔法には気にも触れず、ヒアリーの背中だけに視線を送っていた。
「……お姉様……」
女性がポツリと呟いた一言は誰にも聞こえていないのだが、ヒアリーはぶるりと体を震わせるのであった――。
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