レバーの価値と噛み合った歯車
目の前に相対する獣型で大型の魔物は鬣を持った肉食獣の様でもあり、どこか猿の様な面も持ち合わせていた。
咆哮を上げ、瑞希達を視認にした魔物は獲物を見つけたかの様に悠然と歩き始めた。
瑞希はシャオに警戒を頼み、倒れている二人に走り寄る。
「おいっ! 急にどうしたんだ二人共!?」
二人はひゅうひゅうと喉を鳴らしながら瑞希に返事を返す。
「マンティ……コアが、咆哮を上げたと同時に……」
「おそらく……毒を撒いた……のよ……」
「毒っ!? ならどうして俺達は……? とりあえず水だ! チサ、二人に水を飲ませてくれ!」
「……わ、分かった! 魚さん!」
瑞希はチサに水を飲ませる様に指示を出し、自分達には何故毒が効いていないのかを考える。
マンティコアは動ける獲物に苛立ちを感じたのか、口から炎を吐き出した。
「くふふふ。その程度の弱火ではわし等は焼けんのじゃ!」
シャオは風を巻き起こし、炎をそのまま弾き返す。
マンティコアは自身の炎に焼かれる事になるのだが、鬣を大きく震わせ炎を掻き消した。
その顔は苛立ちを隠し切れていない表情である。
「ミズキっ! その二人はどうなのじゃ!?」
「毒にやられたみたいだ! シャオは治せるか!?」
「解毒のイメージはわかんのじゃ! ミズキはイメージ出来んのじゃ!?」
「解毒、げどく、毒を分解……ん? 解毒と分解? あぁっ! わかった! シャオ! ちょっとその魔物を抑えといてくれ!」
「魔法は使わんのじゃ!?」
「魔法なんかよりもっと不思議な事が俺達には起きてたんだよ! 二人共もうちょっとだけ我慢してろよ!」
瑞希はシャオにマンティコアを任せ、鞄から先程迄食べていたレバーを取り出した。
それと同時に苛ついたマンティコアは炎が駄目ならとシャオに走り寄り、大きく腕を振り上げた。
「シャオっ!」
「くふふふ。大丈夫なのじゃ! それよりも早くその二人を起こすのじゃ!」
シャオは大きな氷壁を作り、振り下ろされる腕を受け止めた。
マンティコアがシャオに対し苛ついている時点で、シャオからすれば想定通りである。
瑞希はレバーを小さく切り分け、二人の口に入れる。
「何だ……これ……?」
「甘くて……プルプルして……美味しい……」
「チサ、水を! 二人共飲み込んでくれ! 多分これで毒が効かなくなるんだと思う!」
チサに注がれた水を何とか飲み込んだ二人は、徐々に呼吸が楽になり、手足の痺れも取れ始める。
重たかった瞼も、今では普段通りに開ける事が出来、瑞希の横に置いてあるレバーを視界に入れたヒアリーはがばっと立ち上がり瑞希に詰め寄った。
「こんな時に何を口に入れてんのよあんたはっ!」
「本当にこれが正解か! カインはどうだっ!?」
カインは起き上がると、すぐに大剣を肩に乗せる。
「悪ぃ! 面倒かけたっ! 何で内臓なんかで毒が……」
「話は後っ! ヒアリーは魔物に向けて詠唱! チサもタイミングを見計らってでかい氷柱を撃て! 俺とカインは二手に別れて左右から斬りかかるぞ!」
「おうっ!」
「チサ、やるわよっ!」
「……任せてっ!」
ヒアリーが詠唱しながら魔力を練り上げていく。
瑞希はマンティコアを氷壁で止めていたシャオの手を掴み、そのまま左側へと走り抜けていく。
「もう我慢しなくて良いのじゃな?」
「シャオが気を引いててくれたから、こっちに攻撃が来なかったよ。じゃあ行くぞっ!」
「くふふふ! 切り刻むのじゃ!」
ゴウっと風が吹き荒れたと感じると同時に、マンティコアに風の刃が襲い掛かる。
全身の毛を立て震わせて受けようとするマンティコアだが、シャオの魔法を止める事は出来ず出血をし始める。
――グルルルアァァッ……!?
マンティコアが咆哮を上げようと口を開いた所に、大きな氷柱が突き刺さり、たたらを踏んだ相手の隙を見逃す瑞希とカインではない。
カインは前足を目掛けて大剣を薙ぎ払い、瑞希は内臓に突き刺さる様に剣を突く。
――グルル……ゴフッ!
チリチリと背後から熱を感じた三人は直ぐにマンティコアから離れる。
「……そして彼の者を食らい、焼き尽くせ! エンディグラスファー!」
よろめいたマンティコアに向けて放ったヒアリーの炎は絡み付く様にマンティコアを包み込んでいく。
数秒の間絡みついていた炎が消えると、黒焦げになった巨体はそのまま横に倒れた。
瑞希達は警戒をしながらも合流すると、ヒアリーはごくごくと魔力薬を飲んでおり、チサは残しておいたチョコレートを口に入れているようだ。
「あっ、チサ! 私にもちょこれーと頂戴よっ!」
「……貰った時に全部食べてまうのがあかんねやろ? これはうちの!」
プイっとヒアリーから顔を背けるチサに、ヒアリーがごねているが、カインがチサからヒアリーを引きはがす。
「良い大人が子供に菓子を強請んなよ……それにしてもこんなとこにマンティコアまでいやがるとはな」
瑞希はカインの言葉に黒焦げになったマンティコアを見ながら質問をする。
「そんなに凄い魔物だったのか? 総攻撃とはいえ結構楽に倒せたぞ?」
「普通ならここ迄楽に討伐は出来ねぇよ。風魔法が傷をつけたのもすげぇけど、チサの氷柱のタイミングも良かった。俺達の剣も新調してたから刃が通ったし、そのおかげでヒアリーの詠唱の時間も稼げた。歯車ががっちり噛み合った結果だな」
「くふふふ! あの程度どうって事ないのじゃ!」
「ちなみにマンティコアって金級冒険者が相手をするぐらいの魔物なのよ? カインと私だけなら逃げる事を考えてたわよ?」
「はぁ~……所で二人共体調は大丈夫か?」
瑞希のその言葉にギロリとヒアリーが睨む。
「それよっ! 何で魔物の内臓なんかで毒が治るのよ!?」
「肝臓の働きは解毒と分解なんだよ。酒なんかのアルコールを分解したりするのが肝臓だ。恐らくだけど、手食い鳥の肝臓はその作用が凄いのか、もしくはこの洞窟内で育った個体なんじゃないか? 日常的にマンティコアの毒を吸って生きていた手食い鳥の肝臓を、たまたま戦闘前に食ってた俺達には毒が効かなかったのかもしれないと思ってな」
カインは瑞希の言葉に頷く。
「成る程な……内臓なんか食べようとも思わねぇし、今まで誰も気付かなかったのも納得は出来るな」
「ミズキの食い意地に助けられたのね……でも感謝するわ」
ヒアリーはがっくりと肩を落としながらも御礼を伝える。
「そうは言っても美味かっただろ? 二人共もう少し食っとけよ? この先に毒があったらまた困るだろ?」
「まぁそうなんだけどな……」
「我に返ってから口に運ぶのは勇気が出ないのよっ!」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと焼いたのを用意するからさ!」
瑞希は残りのレバーを切り分け、串に刺して焼いて手渡し、二人はしぶしぶと云った様子でレバーを口にする。
意識がはっきりとしている中で食べるレバーは想像とはかけ離れた美味さで、二人はあっという間にレバーを食べ切ってしまうのであった――。
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