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バランとミミカのチョコクッキー

 テオリス城ではバランが執務室で仕事をしながらとある報せを待っていた。

 ムウからの話を聞き、マリルが捉えられて居た場所に当たりを付けたバランはキーリスと、マリジット地方の中間に位置する街、コバタを管理するダマズ・アスタルフに書状を送ったからだ。


 この男はバランよりも爵位が低く、モノクーン地方の北側を領地としているテオリス家からすれば一貴族でしかないのだが、バランの配下という訳ではない。

 早い話が王家から押し付けられたのである。

 ダマズは統治能力が低いくせにプライドだけは高く、そして魔法至上主義者でもある。

 魔法を使えぬバランの事すらも内々では馬鹿にしているが、表立っての行動は起こさなかったため、バランも最低限、統治において目を光らせる程度で、放置していた。

 馬鹿な事をする度胸もないだろうとバランは高を括ってしまっていたのだ。



 ――執務室の扉からノックの音が響く。


「入れ」


 扉が開き、テミルが執務室に入る。


「失礼します。アスタルフ様からの返事は到着しておりませんが、マリジット地方のウィミル様から書状が届いております」


「ウィミル嬢か……中を開けてくれ」


「かしこまりました」


 バランは別の書類に目を通しながらテミルに確認させる。

 テミルは書状を開き、内容を確認する。


「用件はなんだ?」


「ペムイとジャルについてですね。細かな話がしたいので近日中にこちらに来るそうです」


 バランの書類を書く手が止まる。


「使者が来るのか?」


「いえ、ウィミル様御本人が来るそうです……。それとミズキ様がまだいるなら美味しい物を食べさせて欲しいとの事と……」


 テミルが言い淀んだ事でバランが言葉を繋ぐ。


「何だ?」


「ドマル様を貸して欲しいので、キーリスに留めておいて欲しいそうです」


「ドマル君を……?」


「恐らくですが、ミミカ様と同じ様な用件かと」


「……そうか。わかった。マリジット地方の領主が直接来るのだ、相応の出迎えをしてくれ」


「それなのですが……『堅っ苦しいのは苦手やから格式ばった出迎えはいらんで! ミズキはん達と話せたら上々やわ。今回はうるさい爺やも居らんさかい美味い酒用意しといて欲しいわ~!』との追伸があります」


 テミルはクスクス笑いながら書状に書いてある追伸を読み上げた。

 バランは溜め息を吐きながら自身の書類に視線を戻そうとした時に再び扉からノック音が木霊する。


「お父様。くっきーを焼きましたので休憩になさいませんか?」


「ミミカか、入って良いぞ」


 ガチャリと扉が開くと、ミミカとアリベルがクッキーを手に部屋に入って来る。

 手に持ったクッキーは焦げてしまったのか、いつもの様な色ではなく黒色に染まっていた。

 ミミカがクッキーを焼き始めたばかりの頃は苦くなったクッキーもあったが、最近では慣れたのか綺麗な物しか見ていなかったため、バランの口には苦みが思い出されていた。


「あぁ~! お父様今このクッキーを見てがっかりしたでしょう!?」


「最近は上手く焼けていたからな。失敗とは珍しいと思ったのだ」


「ふっふっふ! それが違うんだなぁ~! ねぇ~? アリー?」


「ふっふっふ~! とっても美味しいもんね~?」


 ミミカとアリベルは仲良く目を合わせながら不敵に笑う。

 その仲睦まじい姿を見たバランはふっと笑みを溢す。


「それなら楽しみだ。テミル、茶を入れてくれ」


「畏まりました」


 バランの命令にテミルが恭しく頭を下げる。

 テミルは部屋の外で待つジーニャとアンナに声を掛け、部屋の中に入らせる。

 二人が用意していた道具を用いてテミルがカップに茶を注ぐ。

 ミミカとアリベルが部屋の中央にあるソファーに腰を掛け、バランが書類を纏め、立ち上がると、テーブルを挟んで二人の向かいの席に座る。


「こっちのいつもの色のくっきーは少しばたーを増やしてみました。こっちの黒いのは……」


 バランはミミカの説明をそこそこに黒いクッキーに手を伸ばし、口に放り込む。

 咀嚼する毎にサクサクと崩れていくクッキーからはほろ苦い風味が加わり、甘さが引き立つようにさえ感じた。


「これは……ちょこれーとか?」


「そうなの! ミズキ様が生地に溶かしたちょこれーとを混ぜ込んで焼いても美味しいって仰ってたから試してみたのっ! 美味しいでしょ!?」


 ミミカは父親であるバランの前でも、礼儀のため、丁寧な言葉遣いをするのだが、余程の自信作なのか、興奮しているミミカは父親に褒められたい一人の娘の姿になっている。

 バランはその姿を見て、以前では見られなかった娘の色々な表情に愛おしさを感じていた。


「あぁ、美味いな! だがちょこれーとを使っても良かったのか?」


「ミズキ様に分けて頂いたちょこれーとを溶かしたの! ミズキ様はちょこれーとはそのまま食べても美味しいけど、甘味の食材として使うと味の幅が広がるって教えてくれたので、試してみたくなったの!」


「ミミカは本当にミズキ君の事を信頼しているのだな」


「当たり前ですっ! ミズキ様は一から教えてもくれますが、助言だけして新たな発見をさせてくれる様にもしてくれるから楽しいのっ!」


 ミミカは満面の笑みで瑞希の事を次々と語り始める。

 バランは楽しそうな、そして女性らしくなったミミカの顔を見ながら、ふと王族との縁談の話を考えていた。


「――でねでねっ! ミズキ様は人を選ばず接して……「ミミカはミズキ君がいなくなる事を考えた事はあるのか?」」


 バランの唐突な質問にミミカが驚き固まる。

 ミミカの傍で話を聞いていたアンナも驚き、下げようとしていた食器を落としてしまった。

 カシャンという音と共にミミカは我に返った。


「どどど、どういう事!? ミズキ様は居なくなってしまうのですか!? はっ! さてはお父様がミズキ様を……!」


「落ち着け。彼をどうこうするつもりはない。彼がここにいる事は奇跡のような出来事だろう? 急に居なくなったとしても何もおかしくはないだろう?」


「そ、それはそうだけど……」


「――バラン? 愛娘を怖がらせてどういうつもりだ?」


 すっと表情を変えたアリベル、もといマリルが動揺する姪のためにバランに詰め寄る。


「姉さんか。いや、怖がらせるつもりはないんだ。ただ、どんなに健康な者でも、ある日突然会えなくなる事はある。私は亡き妻とも、そして姉さんとも死別してしまったからな。後悔する事もあった。ミズキ君と出会わなければミミカともそうなっていたかもしれない。同じ過ちをミミカにはして欲しくないだけだ」


「くっくっく。嬉しい事を言ってくれるではないか? 後悔しておったのなら今言うても良いぞ? ほれほれ、姉に言うてみぃ?」


「姉さんはいつもそういう態度だったから言いたくなくなるのだ……」


「遠慮するでない。寛大な姉は可愛い弟の想いを受け止めてやろうではないか」


 マリルが意地悪くバランをからかっている中、ミミカは父の言葉を受け止めていた。

 そしてアンナとジーニャもまたそわそわと落ち着かない様子だ。

 三人の姿を見たバランはミズキの安否を祈りながらも、罪作りな男だと少し笑ってしまうのだった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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