瑞希の怒り
瑞希達が近づき、光球により急に明るくなった事で、ミミカ達は眩しそうに瞼をぎゅっと閉じる。
「1、2……6匹か。とりあえず……氷柱!」
瑞希は右手をかざし、比較的に近くにいたアンナの周りのゴブリンに氷柱を二本放ち、1匹のゴブリンの体と頭に突き刺さり声もなく倒れる。
「ギギー!」
ゴブリンメイジはかかれ、と言わんばかり右手を大きく振り下ろす。
4匹のゴブリンが瑞希達の元に走り寄ってくる。
手に持つ武器は、入口に居たゴブリン達とは違い、小さ目の刃物を振りかざしていた。
「一斉に来た! イメージ! イメージ!」
「落ち着くのじゃ。さっき入口で見たじゃろ?」
「(首がポトポト落ちてたのは……風をこう……圧縮するイメージで……) 風刃!」
瑞希がかざした右手から、砂埃を巻き上げつつ三日月状の刃が飛び出し2匹のゴブリンの胸に当たり、相応の血飛沫を上げながら倒れる。
「上出来じゃ! ミズキ! 右なのじゃ!」
残ったゴブリンが瑞希の腹を目掛けて短刀を突いてきたが、シャオの一声で気付き、慌てて回避する。
「あぶねっ! この野郎!」
瑞希は避けた体制のまま右手を頭に向け氷柱を1本生成し放つ。
脳天にまともに命中したゴブリンはそのまま後ろに倒れていく。
「ギィー!」
ゴブリンメイジが大きく鳴くと、頭ぐらいの大きさの火球を瑞希に放つ。
「面倒くさいのう! ミズキ! 水じゃ!」
「水! 水! 水球!」
火球と水球がぶつかり、二つの魔法の玉は水蒸気を上げながら蒸発して消える。
シャオはそうなる事を見越していたのか、瑞希の手を引き、近くのゴブリンに詰め寄る。
「ミズキ! そのまま剣で刺すのじゃ!」
慌てて空いている手で剣を取り、ゴブリンの首に剣を突き立てる。
「グギィッ!」
眩しさから目を閉じ、音だけしか聞こえない現状で、ゴブリンの消え入る声を聞き、ミミカ達は誰かが助けに来たことを信じ、声を出さずに固まっている。
ゴブリンは断末魔と共に命を絶たれ、それを見たゴブリンメイジは焦りからか本能からか、狙いを瑞希ではなくシャオに変え、先程よりも小さいが速度のある火球を放つ。
「くそっ!」
瑞希は咄嗟にシャオの前に剣を突き出し剣の腹で受け、ボッと燃えると、チリチリとシャオの髪を少し焦がす。
シャオは別に気にしてなかったが、瑞希はシャオに魔法を禁止させていたせいで危ない目に合わせた自分にも、周りのゴブリン達を殺した自分ではなく、シャオに向けて放ったゴブリンメイジにも苛立ち、半ば八つ当たり気味に怒りの矛先をゴブリンメイジへと向けた。
「うちのかわいいシャオに何してんだてめぇ!」
瑞希はシャオから手を離すと、焦るゴブリンメイジの元に駆け寄り、流れるままに剣を袈裟懸けに振り下ろす。
明るさに目が慣れてきた二人は、ぼやけた目で瑞希がゴブリンメイジに詰め寄って行き、一刀両断にした姿を見ていた。
「……は?」
入口にいたゴブリンの時とは違い、抵抗もなくゴブリンメイジの体をすり抜けた感触に、瑞希は我に返ると間抜けな声をだしていた。
シャオはとことこと、瑞希に歩み寄り腰の当たりを二度ほど軽く叩くとニヤニヤした顔で瑞希に声をかける。
「そんなに怒らんでも良いのじゃ」
「シャオ! 大丈夫だったか!?」
「問題ないのじゃ。それよりあいつらは助けんのか?」
そう言われ、ミミカ達の元に走って行く瑞希だが、シャオはその場を動かず考えていた。
(あんなゴブリンの魔法なんぞまともに受けた所で、痛くも痒くも無いのじゃが、わしと手を繋いでいた事で魔力が剣に伝わり、咄嗟に剣で受け、破裂した火の粉に自分達の魔力が少し乗ったのじゃろう。これをミズキに言えば気にするじゃろうし……くふふ。わしのために怒ってくれたのも嬉しかったから秘密にしておくのじゃ……しかし……最後の剣は……)
救われた……。ミミカは安堵感からか再び泣き出しながら近寄ってきた瑞希に御礼を告げる。
「ありがとう……ございます……」
消え入りそうな声に、瑞希は焦りながらも腕の紐を切り、拘束を解いていく。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です……向こうのアンナも解いてあげてください……」
瑞希はミミカに言われるまま、アンナの方に走って行き拘束を解く。
「ミミカ様! 御無事ですか!?」
「大丈夫……。 足はちょっと痛いけど、それ以外は問題ないわ。ごめんね……こんな事に巻き込んでしまって……」
「そんな! 普通はこんな事滅多に起きないんですよ!」
「いえ……私がお父様に内緒でココナ村に行こうとしたから……」
ミミカが自分を責めている中、瑞希は帰りの事を考えていた。
魔法で来たため、移動手段はなく、ましてやミミカは足を怪我しているらしい。
シャオの事を話すか……と覚悟を決めていると、ミミカが語り掛けて来た。
「冒険者様。この度は助けて頂き誠にありがとうございます」
15歳ぐらいの見た目をしている女の子が礼儀正しく丁寧に御礼をしてくる姿に、瑞希は戸惑いながらも返事を返す。
「たまたまですよ。たまたまココナ村に立ち寄ったら、たまたまテミルさんに頼まれただけです」
「テミルを御存じですか!? 彼女は元気にしていますか!?」
「元気に……今日初めて会ったときは、村の爺さんと激しく言い争っていましたね」
瑞希が笑いながら今日の出来事を話していると、ミミカは安堵の表情を浮かべる。
「そうですか……良かった……。申し遅れました! 私はミミカ・テオリスと申します。こちらの彼女は侍女であり私の護衛のアンナ・クルシュです。不躾な姿で申し訳ありません」
「いやいや! 足を怪我しているみたいですからお気になさらず! 私はミズキ・キリハラという冒険者をしているものです」
「キリハラ様。まずはお嬢様を救って頂き誠に感謝致します!」
「ミズキで構いませんよ。あと、疲れるでしょうし普通に喋って頂いて構いません」
「ではミズキ殿。助けに来てくれてありがとう」
「たまたまですよ。それよりとりあえずここを出て、ココナ村に帰りたい所なのですが……テオリス様の足の具合はどうですか?」
「ミズキ様も固く喋らず、気楽にミミカとお呼び下さい」
彼女はにっこりと笑いながら瑞希に語り掛ける。
「ミミカ様!」
「良いの! ミズキ様が来なかったら私達はどうなってたかわかるでしょ!」
「じゃあミミカ、足はどう? 歩けそうか?」
「ゴブリンが使う火の魔法を足に当てられてしまって……ズキズキと痛みます……」
三人の元にとことことやってきたシャオが瑞希の服を引っ張る。
「ミズキよ。その女は怪我をしておるのか? いつもみたいに治してやれば良いのじゃ」
「は?」
無茶ぶりな指示に対し困惑している瑞希に、アンナが勢いよく詰め寄る。
「ミズキ殿は回復魔法が使えるのか!?」
「へ?」
「もちろんじゃ! ミズキはすごいのじゃ!」
自分の知らない所でどんどんとハードルが上がっていく。
「ミズキ様。治療をお願いしても宜しいでしょうか?」
「ほ?」
シャオの無茶ぶりを信じた女性二人が、期待を込めた眼差し瑞希を見ている。
シャオは瑞希の背中をぐいぐいと押すと、こそこそ話しかける。
「(怪我を治すイメージじゃよ)」
(怪我を治すイメージ……自然治癒を促せば良いのか?)
「一応やってみるから、傷口を出してくれる?」
ミミカは痛みを感じているのだが、もじもじと顔を赤らめている。
「あ……あの……太ももの部分なので……その、あまり見ないで頂けると……」
「わ、わかった! じゃあ目を瞑っているから、俺の手を傷口に置いてくれるか?」
瑞希は慌てて目を瞑り、ミミカは瑞希の右手を自身の太ももに乗せる。
「こ、ここです……!」
瑞希は手を当てながら自然治癒のイメージをするが、体のメカニズム等専門外の為、白血球頑張れとか、血液循環しろとか、細胞増えろ等、応援をしてみた。
シャオが瑞希の背中から魔力を通し、瑞希のイメージに必要な魔力を押し込んでいくと、キラキラと瑞希の手の周りが光りだすとミミカの足は綺麗に治っていた。
「ど、どうなった!?」
「治りました! 痛くありません!」
「え! ほんとに!?」
瑞希は自分のイメージが合っていた事に驚き、思わず目を開け自分の手が置かれた場所を見てしまう。
そこにはスラリとした長い綺麗な脚が伸びていた。
ミミカの顔がカーッと真っ赤になっていき、足を素早く隠した。
「ミズキ殿!」
「ごめんなさい!」
「大丈夫! 大丈夫ですから! 急だったのでビックリしただけですからっ!」
「ミミカ様! 足の怪我は本当に治ったのですか!?」
「大丈夫よ! ほら!」
ミミカはその場に立つと、屈伸をしてみせた。
「本当に回復魔法を……。ミズキ殿貴方はいった……い……」
アンナはミミカの無事を見届け、安心したのかドサッとその場に倒れてしまう。
「アンナ! どうしたの!?」
アンナが荒く呼吸をしていると、シャオが瑞希に話しかける。
「ミズキ。そっちの女は胸の辺りに打撲の跡と、右肩には火傷の跡があるのじゃ。おそらくゴブリンの魔法を食らった後に、他のゴブリンから攻撃を受けたみたいじゃの。主人の安否を確認して気が抜けたんじゃろ」
「ミミカ! これは不可抗力という事で許せ!」
瑞希はそう言うと胸の辺りと、右肩の辺りの服を破くと、両手で各々の場所に手を当てる。
「シャオ! 頼む!」
「ほんとにお人好しな奴じゃ」
先程のイメージと同じように、瑞希はイメージをする。
荒かったアンナの呼吸はすぅすぅと静かな寝息に変わっていった。
「良かった! とりあえずこれで大丈夫みたいだ」
「ミズキ様。本当に何から何までありがとうございますっ!」
ミミカは瑞希に深々と頭を下げ、再度御礼を告げる。
「たまたまだよ。とりあえず、アンナさんは俺が背負うから、ミミカは出口まで歩けるか?」
「は、はい!」
ミミカは瑞希に背負われるアンナと、仲良く瑞希の左手と手を繋ぐ妹の様な女の子を羨ましそうに見つめながら瑞希の後ろを歩いて行った――。