菓子パンとシャオの修行
夜が明ける頃、瑞希はシャオとチサ、そしてヒアリーが要望している甘い朝食を用意していた。
瑞希からすれば何の事はないコロンの実のジャムを包んだジャムパンと、カスタードクリームを包んだクリームパンだ。
昨日大活躍したダッチオーブンに具を包んだパンを敷き詰め、火にかける。
ふわりと漂うパンの焼ける香ばしい香りに、先に見張りを担当したカインとヒアリーも起き出して来る。
瑞希はシャオに頼み各々の前に水球を出してもらい、顔を洗う者、水分補給をする者、調理道具を洗う者に分かれ、準備を済ませる。
瑞希は荷物を積み込み、モモとボルボの首を撫でながら朝の挨拶を交わすと、目的の岩山へと馬車を進めるのであった――。
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「くふふふふ! 甘いのじゃ~!」
「……にへへへへ! 幸せやわ」
「食べやすいから移動しながらでも食えるだろ? 前食べたぜんざいみたいに、パトーチャを甘く煮て餡子にした物を中に入れたアンパンも美味いんだ! モーム乳にも良く合うしな」
御者をしている瑞希の近くに座る二人の少女はジャムパンとクリームパンに齧り付く。
二人の口元が汚れているが瑞希は御者をしているため拭えないでいる。
「ミズキ無しで野営をするのはもう無理かも……」
ヒアリーはジャムパンとクリームパンを両手に持ちながら項垂れている。
「甘い物だけじゃ食った気しねぇな」
カインは指に付いたクリームを舐めながら感想を漏らす。
「なんて事言うのよカイン! このパンの美味しさが分からないの!? ふかふかなパンな上に、中に蕩ける様な甘いくりーむと、甘酸っぱいコロンの実を使った甘い物が入ってるのよ!? シャオ! チサ! 他にミズキに食べさせて貰った甘い物はどんなのがあるの!?」
ヒアリーは以前シュークリームを食べているのでカスタードクリームの美味しさは知っていた。
しかし、ジャムは食べた事なく、パンに合うこの甘さの虜になっている。
いや、ミズキが作る甘い物の虜になっている様だ。
「くれーぷじゃろ、ぷりんじゃろ、くっきーにふれんちとーすとじゃろ……」
「……くれーむぶりゅれ、ちょこ、みたらし団子、ぜんざいに……」
二人はヒアリーの質問に指折り数えながら今まで食べた甘い物を羅列していき、声を揃えて最後の一つを大声で上げる。
「「どーなつ!」」
「あれはいかんのじゃ~。いくらでも食べれてしまうのじゃ」
「……ちょこを付けたのも美味しいねんな~? もっちりしてるのもどっちも好きやわ」
二人の少女は以前食べたどーなつを思い出しながら楽しそうに思い出話に花を咲かせる。
その話を聞いていたヒアリーは居てもたってもいられなかった。
「ミズキ! お金を払うから全部食べさせて! お願いだからっ!」
御者をしている瑞希は苦笑しながら返事をする。
「時間がある時な~! カイン! そろそろ岩山のふもと迄来たと思うんだけどどうだ?」
カインは窓から見える風景と、手元の地図を照らし合わせながら位置を確認する。
「この辺だ! どうする? 一旦馬車を下りて散策するか?」
「そうだな……シャオ、変な臭いとか魔力は感じないか?」
「感じるのじゃ。この先を西に向かって進んだ先から魔物の魔力をたくさん感じるのじゃ」
「当たりみたいだな。モモ、ボルボ、一度止まってくれ」
「キュー」
「キュイ!」
瑞希達を乗せた馬車が止まり、各々が馬車から降りる。
瑞希はシャオを肩車し、モモとボルボに水を与えると、シャオに辺りを見渡せさせる。
「あっちじゃな。変な魔力が充満しておるのじゃ」
「変な魔力? 魔物だけじゃないのか?」
「魔物にしては人間臭いのじゃ……おそらくマリルの言っておった事が現実になっておるようじゃな」
戦闘慣れしていないチサがぶるりと体を震わせる。
そんなチサに気付いた瑞希はチサの頭に手を乗せ声を掛けた。
「大丈夫だって。俺もシャオもいるし、カインとヒアリーも強いんだぞ」
「……別に怖がってへんもん!」
「くふふふ。強がらんでも良いのじゃ! チサもこれから経験を積んで強くなるのじゃ!」
「そうそうチサも……シャオ、その言い方だとまたアレをするつもりか?」
「当たり前じゃ! ミズキも気を抜くでないのじゃ!」
「安全第一に行こうぜ~……」
瑞希はシャオを肩に乗せたまま項垂れる。
その様子にカインとヒアリーが声を掛ける。
「なんだ? 嬢ちゃんになんかやられんのか?」
「ん? あぁ、魔物と戦うだろ? 俺が戦ってる最中にシャオが魔法を撃つんだよ」
「魔法使いなんだし普通じゃない? 援護でしょ?」
「魔物に向けて撃つならな? シャオはギリギリ避けられるタイミングの俺に向けて撃つんだよ。最初は当たっても痛くなかったんだけど、最近は当たったらこれまたギリギリ動ける痛みに調整してくるんだよ……」
カインとヒアリーはシャオに視線を向けると、シャオはふんぞり返っている。
「あんた達いつもそんな事してるわけ?」
「咄嗟の判断力が大事なのじゃ! 魔物と戦う時は乱戦になる事もあるのじゃ!」
「おかげでテオリス城の競技会の乱戦も潜り抜けられたんだけどな……」
「そうなのじゃ! わしのおかげなのじゃ!」
「……程々にしてやれよ?」
「時と場合はちゃんと考えてるのじゃ!」
「なら良いんじゃない? シャオの言ってる事は理に適ってるわ」
「俺は料理人のはずなのに……チサ、今日も頑張ろうな?」
瑞希はシャオの訓練をしんどさを知っているチサに声を掛ける。
チサも訓練を乗り越えるため、瑞希に保険を掛ける。
「……魔力が切れたらおぶってな?」
当然シャオはそんなチサを甘やかさない。
「何を言っておるのじゃ? 魔力切れが起きる様な配分で魔法を使う様な弟子には魔力薬を飲ませるから覚悟するのじゃ!」
チサは助けを求めヒアリーに目で訴える。
「……それも理に適ってる事なのよ」
ヒアリーはチサから視線を逸らし、同情の念と共に小さな声で返答した。
「そうと決まれば行くのじゃ! 食材と修行の場に突き進むのじゃ!」
「目的が変わってんじゃねぇかよ!」
嬉しそうなシャオに瑞希が目いっぱい突っ込みを入れる。
「モモ、ボルボ、魔物避けの匂い袋は置いておくけど、魔物が襲ってきたり、危なくなったら逃げろよ? 馬車なんか捨てて良いからな!」
「キュー!」
「キュイっ!」
誰に言ってんのよとばかりにモモが鳴く。
任せてと言わんばかりにボルボも鳴く。
瑞希達は二匹と馬車を残し、岩山へと歩を進めるのであった――。
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