ローストポークと低温しゃぶしゃぶ
全員が揃い、焚火とは別に魔法で土を盛り上げ、簡易竃を作った上には水を張り、マクを入れた鍋が鎮座していた。
その横には極薄に切られたリザード肉と白菜の様なシラムが薄く細く切られ皿の上に並べられている。
薄く切られたリザード肉を円状に、シラムの細切りをその中心に並べている事もあり、上から見ると花の様になっており、その美しさにチサとヒアリーが反応していた。
「……めっちゃ綺麗」
「でもこれリザードの肉なのよね?」
「その通り! まぁリザード肉を薄く切って並べただけだけどな。マクを入れたこのお湯で湯がいて食べるんだ! 食べる時はシラムを巻いて、ささっと湯の中をくぐらせてシャクルの果汁とジャルで作ったポン酢に付けて食べる」
「……ジャルを……にへへ、絶対美味しいやん!」
「私は食べないわよっ! こっちのオーク肉はまだ焼けないの!?」
「お主等が食べんのならわし等だけで食うのじゃ! ミズキの料理を食わんなど人生損しておるのじゃ」
「まぁまぁ、カインとヒアリーも興味が出てきたら食べてみろよ? さっぱりしてて美味いんだぞ?」
「絶対に嫌よっ!」
「頑なだな~? まぁリザード肉は置いといて、メインのオーク肉を取り出そうか!」
瑞希はそう言うとダッチオーブンの蓋を開け、中から綺麗に焼き上がった塊のオーク肉を取り出す。
カインはその塊肉を見てごくりと喉を鳴らす。
「おいおいおい! 野営でこんなに豪華な料理で良いのかよ!?」
「当然だろ? 自分達で狩った獲物を自分達がどう料理して食べたからって誰も怒らないだろ?」
「そうだけどよ……ミズキ、分厚く切ってくれ!」
「うぬぬ、わしも分厚くなのじゃ!」
「わかったわかった。ちょっと待ってろって……」
瑞希は包丁を取り出し、オーク肉を切り分け皿に盛る。
肉の横にはダッチオーブンに一緒に入れていた大振りに切られた野菜を添え、各人に皿を配る。
「塩が薄かったら振りかけて食べてくれも良いし、パルマンで作ったこのソースをかけても美味い。チサが炊いたペムイもあるからパンの代わりに食ってくれ」
カインは分厚く切られた肉を目の前にしてガックリと肩を落とす。
「何でこんな豪華な料理を前にして酒が無いんだよ……」
「酒は帰ってからって約束しただろ? 俺だって飲みてぇよ……」
瑞希とカインはチラリと自分達の相方に視線を向ける。
「酒が入ってわしの魔法を避けられるなら飲んでも良いのじゃ?」
「シャオに同じよ。あんた達はほっといたら酒に飲まれるまで飲むでしょ?」
瑞希とカインは思い当たる節があるのか、諦めて料理に視線を戻す。
「ま、まぁ美味いはずだから食べようか! 頂きますっ!」
瑞希達が手を合わせると、号令と共にカインがガブリと肉に齧り付く。
噛み千切った肉は驚くほど柔らかく、口の中の肉からはじゅわじゅわと肉汁が溢れ、香草の香りが鼻から抜けていく。
「美味ぇぇっ! 嘘だろ!? 料理店でもこんな香草焼きを食った事ねぇぞ!?」
カインの言葉に釣られてヒアリーもオーク肉を口にする。
「良い香りね! それにこんなに柔らかいオーク肉は初めてだわっ!」
「わはは! 香草を入れて正解だったな! この料理はローストポークって言うんだけど、直接鍋に触れない様にじっくり焼くから肉が柔らかいんだよ。二人共こっちのパルマンソースをかけて食べてみろよ?」
瑞希に勧められたソースをかけてからカインとヒアリーはローストポークを口にする。
擦り下ろしたパルマンとオオグの実、赤ワインに似たルク酒と、ジャルを使ったソースは肉の味を引き立てる。
「マジか……マジか!?」
「野営なのにこんなに贅沢して良いのかしら……」
「美味いだろ? 肉だけだと腹もちが悪いからこっちのおむすびも食べろよ? ソースにはジャルも使ってるからペムイとも合うからな。カイン達に合わせて香草を使ったけどシャオ達は大丈夫か?」
瑞希がおむすびとローストポークにがっついているカインから、視線をシャオ達に向けると、二人はいつもの様に満面の笑みでローストポークを食べている。
「くふふふふ。ミズキの料理なら香草も良い香りなのじゃ!」
「……このソースも美味い! やっぱりジャルは偉大!」
「それにこの周りの野菜達もとんでもなく美味しいわっ!」
「お口に合った様で何よりだ。じゃあ俺達はこっちのリザード肉のしゃぶしゃぶも食べてみようか!」
瑞希は我先にと、極薄のリザード肉にシラムを巻き付け箸で掴み、熱くなった湯の中で肉を掴んだまま泳がせる。
ピンク色の肉が白く変わる頃を見計らい取り出し、そのままポン酢に付けて口に運ぶ。
極薄に切られたリザード肉は、肉の固さを感じぬままシラムの食感と共にさっぱりと喉を通って行く。
「おっ! やっぱりこの食べ方なら美味いな! シャオとチサも食べてみろよ!」
二人は慣れた手つきで箸を使い、瑞希を真似てリザード肉をお湯の中で泳がせる。
取り出したリザード肉にポン酢をくぐらせ、ハフハフと口に空気を取り込みながら咀嚼する。
「どうだ?」
「肉が柔らかいのじゃ!」
「……それにこのぽん酢ってのもさっぱりしてて美味しい!」
「ポン酢はシャクルの果汁とジャルを合わせた単純な物だけど美味いだろ? 鍋には本当は色んな野菜とか豆腐を入れたりするんだけど、こういう簡単な鍋もあるんだよ。肉もポン酢もさっぱりしてるから幾らでも食べれるだろ?」
「くふふふ! 食欲がない時でも食べれそうなのじゃ! それにしても何で焼いた時より肉が柔らかいのじゃ?」
「一つは肉の厚みだ。極薄に切ってるから固い肉でも柔らかく感じる。もう一つはお湯の温度だな」
「……お湯? ちゃんと熱いやん?」
「熱いとは言っても沸騰はさせてないだろ? 肉は熱くなると固くなる。けど、火を通すのにはそこまで高温じゃなくても火が通るんだ」
瑞希の言葉にシャオとチサは首を傾げる。
「火が直接当たってる鉄鍋とか、火を直接当てる串焼きでも、直接熱に当たる周りの部分より中の方が肉は柔らかいし、肉汁もあるだろ? あれは表面の温度より中の温度が当然低くなるから熱の伝わり方が違うんだ。試しにこの肉を火で炙ってみようか?」
瑞希は鉄串を取り出し、リザード肉を挿し、シャオと手を繋いで魔法で火の球を出して炙る。
そうしたリザード肉を二人に食べさせる。
「味見した時よりかは薄い分柔らかいのじゃが……」
「……湯がいた時よりぱさぱさしてる」
「とまぁ、こんな風に火の通し方でも肉の食感は変わるんだ。唐揚げなんかもしっかりと衣を付けてるのは肉がジューシーだったりするしな」
「くふふふ。料理とは本当に面白いのじゃ!」
「……温度なんか考えた事なかったわ」
シャオとチサは片手におむすびを持ちながら、オーク肉とリザード肉を忙しなくパクつく。
その姿を見たカインはリザード肉に興味を持ち始めた。
「それ、本当に美味いのか?」
「美味いぞ? 食べた感じ高タンパク、低脂肪っぽいから筋肉を付けたい奴にはオススメだな」
瑞希は冗談交じりに笑いながら説明するが、筋肉馬鹿なカインはその言葉に反応する。
「なら食うしかねぇな! ミズキ、どうやって食えば良いんだ?」
「ちょっとカイン! 止めときなさいよ!」
「子供達も食べれてるんだから大丈夫だろ? それに筋肉って聞いたら食べねぇわけにはいかねぇだろ?」
「こんのっ筋肉馬鹿っ!」
「いてぇっ!」
ヒアリーの平手がカインの背中に叩きつけられる。
ひりひりとする痛みの中、カインは瑞希に手渡された小さ目のトングを使い、箸代わりにして恐る恐る口に運び、咀嚼する。
嫌な臭みもなく、酸味の効いたポン酢で食べるあっさりとした肉はするりと喉を通り、カインは確認するかの様にもう一枚肉を掴みしゃぶしゃぶと鍋で湯がき、咀嚼する。
「無理してないで、どうにか言いなさいよ!」
「美味ぇ……ミズキにかかれば何でも美味くなんのかよ!?」
「嘘でしょっ!?」
「嘘じゃねぇよ! 俺はこんなにさっぱりした肉は食った事ねぇよ!」
カインの言葉に瑞希ではなくシャオとチサがドヤ顔をしている。
「くふふふふ」
「……にへへへへ」
「ヒアリーも食べてみるか? タンパク質ってのは肉とかに含まれてる成分なんだけど、髪とか肌も綺麗になるから、美容にもおすすめなんだぞ? それにリザード肉は脂肪分が少ないからカロリーも抑えられる。つまり太りにくい食材だ。綺麗になりたい女性にはおすすめの食材だぞ?」
ヒアリーは美容という言葉にピクリと反応し、じりじりと湯を張った鍋に近付く。
「本当に美味しいんでしょうね?」
「美味ぇから食ってみろって!」
「不味かったら承知しないわよ?」
「ごちゃごちゃ言っとらんで早く食うのじゃ!」
「もがっ!」
シャオの手によってポン酢を付けたリザード肉はヒアリーの口に押し込められる。
口に入れられた肉を反射的に咀嚼するヒアリーの眉間には皺が寄っていたのだが、味に気付いたのか徐々に眉間の皺が取れていき、飲み込んでから目をぱちくりさせている。
「美味しいっ! え? え? これリザードの肉よね? 嘘じゃないわよね?」
「嘘じゃないって。料理の仕方では美味くなるだろ?」
「シャオ、もう一口頂戴!」
「ほれ、口を開けるのじゃ」
口を開けたヒアリーにシャオが再びリザード肉を押し込む。
落ち着いて味わっても美味いと思えたのか、ヒアリーはカインからトングを奪い、自分でもリザード肉を湯がき食べ始める。
「このさっぱりとした味が癖になるわね!」
「おいおい、肉が無くなっちまうじゃねえか!」
「カインがさっき持って来たでしょ! ミズキ! 肉の追加をお願い!」
「わしももっと食べるのじゃ!」
「……うちも!」
「はいよ! 思う存分食べてくれ!」
瑞希はシャオと手を繋ぎ、リザード肉を軽く凍らしてから薄く切り分けていく。
初めて瑞希との野営をしたカインとヒアリーは、今後あの不味い携帯食が食べれるか若干不安を覚えるのであった――。
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