べっこう飴とマリルの話
モモとボルボが曳く馬車は、外から見ればどこにでもある様な馬車なのだが、中には座席もあり、乗り慣れた馬車とは違って揺れも軽減されている。
その中で一際上機嫌なのはキアラの横に座っているヒアリーである。
「んふふふふ。次の依頼をどうしようか迷ってて良かったわ~。ミズキとの依頼なんだから三食と甘い物付きよね!?」
「あほ。ミズキに余計な負担をかけるんじゃねぇよ。今でも甘い物を貰ったってのに」
カインが、コロコロと口の中で何かを転がしているヒアリーの頭に突っ込みを入れていると、キアラが笑顔で二人に話しかけた。
「カイン達はミズキと冒険出来て良いんな~?」
「あら? キアラ達だって今日まで一緒に寝泊まりしてたんでしょ?」
「キアラちゃんは毎日兄ちゃんに髪を結って貰ってたんだよな!」
「何それ!? ミズキってそんな事まで出来るの!?」
「ミズキは器用なんな!」
キアラはそう言いながら瑞希に結って貰った二つ括りの髪を自慢げにヒアリーに見せる。
クルルもヒアリーに説明しながら自分の髪形を嬉しそうに見せている。
「それにしても本当に俺達だけで良かったのかよ? 調査ってんならもう少し人数が居た方が良いだろ?」
御者をしているミズキにカインが話しかける。
ミズキはシャオを膝に乗せ、チサと御者台に並び前を向きながら返事をする。
「内密な依頼だからな。俺も信用できる冒険者の知り合いは居ないし、カイン達なら信頼してるしな!」
「ミズキがギルド内では言えないって言うから誰からの依頼か聞いてないけど、ここなら教えてくれるわよね? あんたに限って危ない仕事じゃないと思うけど……」
「あぁ、キーリスの領主さんからの依頼だよ。調査内容は魔物の活発化について。オーガキングが出た辺りに原因がないか探って来るだけだ」
瑞希の言う依頼内容に肩透かしを食らったのかヒアリーはため息を溢した。
「ミズキは冒険者稼業をしてないから知らないかもしれないけど、もうその辺の調査は終わってるわよ? 周辺は探したけど、小さな群れは有っても、何もなかったらしいわ」
ヒアリーの言葉にカインも頷くが、気になる点があるのか補足するかの様に呟いた。
「それにしちゃあ魔物は多いんだけどな……。大方エサを求めて迷い込んで来たんだと思うんだが……」
「俺が気になるのは魔法を使えるオーガが居た事なんだ。俺は最近冒険者になったから魔物の事は詳しくないけど、オーガが魔法を使うのは聞いた事もないんだよな?」
「それはそうね……。でもその魔法だってミズキとシャオが見ただけでしょ? あの時もギルドに報告したけど、嘘半分だと疑われたのよ?」
「でも実際に魔法で風を放ったオーガはいたんだよ」
「だからって何が気になるんだ? 中には新種の魔物だっているかもしれないだろ?」
カインの言葉に瑞希は少し考えた後に、ミタスの事を話し始めた。
「魔法で人を操っている魔法使いがいるんだよ。そいつは自分の魔力を使って他人の魔力を操る様な魔法を使ってたんだ」
「なによそれ!? そんな魔法聞いた事ないわよ!?」
「魔族時代の文献に残されていたらしくて、それについて知っている人から聞いたんだ」
「だからってその魔法と新種の魔物がどう関係あるんだよ?」
「その人が言うには魔力を使って他人の魔力を扱うなら、魔物に使えばどうなるのかって話なんだ。だからこそバランさんも魔力を器用に扱えるシャオの力を貸して欲しかったんだと思う」
「そりゃなんともまぁ……怖い話だな」
「でもそれが原因ならそいつを捕まえなきゃイタチごっこじゃない!?」
「あぁ、ミタス……その魔法使いについてはバランさんが目途を付けてるらしいからそれは任せてある。冒険者である俺達は魔物の方を見てきて欲しいんだって」
「おいおいおい……楽な依頼かと思ったら結構しんどそうな依頼だな……」
「その分報酬は期待してくれて良いぞ? それに三食って訳に行くかはわからんけど、食事は任せてくれ。食材と調味料も積んで来たからな!」
「そうこなくっちゃ! それがあるだけでも協力する価値があるわっ!」
ヒアリーが上機嫌になり、シャオとチサが何かを頬張りながら笑顔でいる中、会話を終えたミズキは今朝のマリルの言葉を思い返していた――。
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――ムウの件も話し終え、バランからの依頼内容を確認し終えたミズキは準備をしようと席を立とうとした時に、マリルが口を開く。
「一つミズキ達に伝えておくことがある……」
「ん? どうしたマリル?」
「今回、ミタスが使用している魔法は、生前わらわが研究していた魔法に近い物を感じるのだ」
「どういう事だ?」
バランは既にマリルから聞いていたのか、驚く様子はない。
「わらわは魔法を使えない者が魔法を使える様には出来ないかを研究していた。その際に魔族時代の文献で似た様な魔法を知ったのだ」
「それじゃあミタスはマリルの知り合いとでも言うのか?」
マリルは首を振り否定する。
「こんな危なっかしい魔法を誰かと研究するつもりはなかった。それにこの魔法では例え人を操れたとしても魔法を自在に使える様な物ではなかったのだ」
「じゃあマリルはなんのためにそんな魔法を研究してたんだよ?」
マリルはバランの顔を見るが、バランは目を瞑り、話に耳を傾けていた。
「……バランの様に魔法が使えない事で迫害される者を救いたかったのだ」
「迫害? 別に魔法が使えないからってそれは普通の事だろう?」
「貴族の中には魔法至上主義の者も多い。わらわは幸い魔法の才を受け継いだが、バランにはその才がなかった。ただそれだけの事で貴族間ではバランに後ろ指を指していたのだ」
「変な世の中だな。バランさんには統治の才能も剣の才能もあるんだろ? 領主としてはそれで良いじゃねぇか?」
「その通りだ。無い物を強請るより、有る物を伸ばせば良い。才能とはそういう物だ。わらわも今のバランを見て心底そう思う……」
「ならミタスも同じ様な魔法を研究しているかもしれないって事か?」
マリルはこくりと頷いた。
「魔族時代の文献には、かつてこの魔法を使って竜を支配しようと目論んでいたと書いてあった。だがそれは失敗に終わり、この魔法は人を操る様な魔法になり、魔族時代において禁忌として扱われていたらしい」
「禁忌って……そんな魔法を研究して大丈夫だったのか?」
マリルは重い表情で言葉を続ける。
「大丈夫ではなかったから今こうしてここに居る事になったのであろうな……。わらわは何者かに襲撃された。それが今になって分かったという訳だ」
「……ミタスか?」
「おそらく……だがな。ミタスがわらわの研究成果を奪ったのであれば、人だけではなく魔物を使役するやもしれん。ただの調査と言っても努々侮るではないぞ?」
「くふふふ。わしがおるから大丈夫じゃ! ミズキとてそこらの男よりかは出来る奴なのじゃ」
瑞希の膝の上で聞いていたシャオが瑞希の代わりに元気に答えた。
「そうか、そうだな。アリベルの為にも元気な姿で戻ってたも……長ぁい! お兄ちゃんに会えたのに、マリルったら長いよぉ!」
重苦しい雰囲気はどこへ行ったのか、突如マリルと入れ替わったアリベルが憤慨している。
「アリベル、俺達は三日ほど留守にするけど、ミミカ達と一緒に留守番できるか?」
「えぇ~! またぁ~!? お兄ちゃん仕事しすぎだよ!」
「大人はそういうもんなの。落ち着いたら遊んでやるから良い子にしてろよ? 一人で出歩いたりするなよ? こわぁいおじさんが怒り出すからな?」
「怒られるの嫌ぁ~」
アリベルがぶぅ垂れた顔で不満そうにしているが、ミズキは懐に忍ばせていた物を取り出した。
それはキラキラと黄金色に輝くべっこう飴と呼ばれる飴である。
「うぬぬ……砂糖を溶かすだけと言ってたのに嘘を吐かれたのじゃ! なんなのじゃこれは!?」
「嘘じゃないぞ? これは砂糖と水だけで作ったんだし。いつでも作れるからわざわざ教える程の物じゃないしな」
「うわぁ~! キラキラしてるねぇ! お兄ちゃんが作ったの!?」
「そうだぞ? ちゃんとお留守番出来る良い子ならこれをあげるんだけどな~?」
アリベルはぴょんぴょんと両手を上げながら飛び跳ねる。
「はいっ! はいっ! アリーはちゃんとお留守番できるよっ!?」
「わしもちゃんと出来るのじゃっ!」
「お前が留守番してどうすんだよ……じゃあアリーはお利口にしてろよ? はいあ~ん」
「あ~ん! むふふふぅ! あまぁい!」
「バランさんもどうぞ。考え事に糖分補給は必須ですよ!」
ミズキはバランとアリベルにべっこう飴を手渡した。
アリベルはよほど嬉しかったのか小躍りを踊っている。
「この様な宝石の様な物が砂糖と水だけで作れるのか……くっくっく。やはりミズキ君の魔法には敵わんな」
「単純なお菓子なんですけどね? ……わははは! ムウにもやるからそんな羨ましそうにするなって」
指を咥えて羨ましそうにしているムウに、あどけない少女の面影が写っていたが、ミズキが声を掛けると我に返った。
「い、いや、これは! でも……ありがとうございます。……どうやって作るんだろうこれ」
ミズキはムウにもべっこう飴の入った袋を手渡し、ムウは一つ取り出し色々な角度から眺めてから、一つ口に入れ濃厚な甘さに身を委ねている所にアリベルに手を掴まれ共に踊り出すのであった――。
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