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ムウとマリル

 街外れにある森の奥にその洞窟は在った。

 元々入り組んだ洞窟を更に掘り進めたため、ここに住んでいる者にしか出口の見当がつかない様な洞窟だ。

 その洞窟の中からは最近子供の泣き声が響き渡っていた。


「(またあの子が泣かされてるんだ……)」


 ムウは盗賊達に雑用を命じられ、血の付いたナイフや剣等の血を拭き、研いでいる。

 突然扉が開き、近くにあった椅子に数人の盗賊が座り話始める。


――あのガキ本当に魔法が使えるのかよ!? ピーピー泣き喚くだけじゃねぇか!


――魔法が使えた所で役立たずなガキもいるけどな?


――違いねぇやなっ! 


 盗賊達の下卑た笑い声がムウに突き刺さる。

 ムウは聞こえぬ振りをしながらも武具に付いた血を拭く。

 これがまた何かを傷つけると知っていながらも。


――おいっ! ガキが漏らしたから臭くて敵わねぇ! てめぇが掃除とエサやりをしとけっ!


 盗賊の一人がムウを蹴り飛ばし、そう命令をする。


「……はい」


 ムウは手にナイフを持ちつつも逆らう事もなく命令を受け入れる。

 自分の力では武器を持った所で意味がない事を悟っているからだ。

 ムウは桶に水を汲み幼女の待つ部屋へと訪れる。

 気を失っている幼女の顔は涙の痕が付いており、衣服を脱がせた体には痛々しい鞭の痕が残っている。

 ムウが絞った布で幼女の体を拭いながら、ぶつぶつと呟く。


「……なさい……ごめんなさい……ごめん……」


 ムウが謝罪を口にし、泣きながら自責の念を漏らしていく。

 幼女がピクリと指を動かし、朧気な眼でムウを視界に捉える。

 その事にムウは気付かず、幼女の服を着替えさせていく。


「えへ……へ……お着換えの……時間だ……ぁ……ママ……アリーね……今日は青色……が……良いなぁ……」


「ひっ!」


 幼女に何が見えているのか、誰に話しかけているのかムウにはわからない。

 わからないが、現実が見えていないのが分かる。

 分かるが故にムウは怯えてしまう。


「ごめ……ごめんな……私は……何もできない……」


 ムウは幼女を抱きしめ、自身の無力さを呪う。


「ママ……アリーね……ママの御飯……食べたい……な」


「御飯……こんなのしかないけど……」


 ムウは固くなったパンを野菜くずが入ったスープに浸し柔らかくする。

 柔らかくなったパンを匙に乗せ幼女の口に運ぶ。

 幼女はムウに支えられながらもなんとかスープを口にする。


「今日は……失敗だね……ぇ」


「……明日は美味しいのを作るよ」


「えへへぇ……」


 幼女は食事を終えると眠りについた。

 ムウは言い知れぬ罪悪感の中、幼女が寝る部屋を後にする。

 ――数日後、盗賊の悲鳴と怒号が聞こえると、ムウのいる部屋の扉が開く。


「ちっ、ここにもまだおったか……」


「お前……どうしてここに」


「其方は……ちっ追手が来おったか……」


「こっちに来なっ!」


 ムウは幼女の手を引っ張り、空いた酒樽の中に幼女を隠れさせる。

 ムウは幼女を押し込め、元の位置に戻り作業をしている振りをしていると、扉がけたたましく開き盗賊が飛び込んで来る。


――おいっ! ここにガキが来なかったか!?


「いえ……何かあったんですか?」


――急に魔法を使って仲間を燃やしやがったんだ! 見かけたら連れて来い! 良いなっ!?


「わかりました……」


 盗賊はそう言い残すと荒々しく扉を閉める。

 ムウは遠ざかっていく足音を確認すると、酒樽から幼女を引っ張り出した。


「クズ共の割には良い酒を飲んでるみたいだな……。其方、名は何という?」


「え? お前……本当にあの子供か?」


 幻覚を見ていた幼女からは想像出来ぬ、流暢な喋り口調にムウは質問を返してしまう。


「わらわは……そうか……くっくっく。奇妙な事もあるものよの」


 幼女は何かを悟ったのかクスクスと笑いだした。


「まぁ良い。匿ってくれて感謝する。わらわはこんな所からさっさと抜け出したいのだが、其方はどうする?」


「抜け出す!? 抜け出してもどうせ捕まるぞ!」


「やってもみんうちに諦める必要などあるまいて。ここに残っても希望はないしの。だがこの洞窟は存外ややこしいの……魔力が持てば良いが……」


 幼女が洞窟を抜け出す算段をしている中、ムウは抜け出した先の事を考え震えていた。


「お、お前は怖くないのか? 捕まれば今以上の苦痛を受けるかもしれないだろ?」


「だが抜け出せれば今以上に希望が見える。わらわはどちらかの可能性に賭けるのであれば希望にかける。其方はどうする?」


「わ、私は……」


 ムウの胸中では恐怖と希望がせめぎ合う。

 しかし、長年刻み込まれた恐怖に抗う事は出来なかった。


「……無理だ」


「そうか……。何、わらわの味方を見つけた時にはこの事を話してやろう。そうすれば其方にもわずかな希望が灯るであろう?」


「……その希望を見てしまうと、光が消えた時に今以上に絶望してしまう……私は何も聞かなかった事にする……」


「骨の髄まで恐怖が宿る……か。其方、其方の未来は生きている上で未確定だ。わらわがここに居る事をわらわ自身も想像していなかった。恐怖に蝕まれるな。絶望に抗え。そうすれば今は見えていない光に気付く事が出来る。わらわは其方の光には成れないかもしれぬが、わらわ以上の光を見た時は飛びつけ。それがお主の未来が変わる瞬間ぞ」


 幼女から放たれた言葉は年下とは思えぬ重さがあった。

 ムウは紙を取り出し何かを記し、幼女に手渡す。


「出口までの地図だ……何カ所か出口はあるけど、どこから逃げてもあいつ等は待ち構えている……お前はそれでも行くのか?」


「無論だ。世話になった。外で会う事があればその時は良き出会いであると良いな。これまでの事はアリベルに代わり礼を言う。感謝する」


 幼女はムウに頭を下げ、踵を返し部屋を出ようとする。


「ま、待って。私の名前はムウ。ムウ・ライルだ」


「わらわは……マリル・ルベルカ。最早失われた名だ」


 マリルはそう言い残し部屋を後にした――。


◇◇◇


 幼女がアジトから抜け出してさらに数日が立つ頃、アジト内に悲鳴が響いた。

 近くに居た盗賊達は何事かと悲鳴がした方へと走って行くが、ムウの胸中ではわずかな期待をしてしまう。

 うめき声と叫びが近づく中、わずかに期待した希望ではなく、絶望が近づいてくるような重圧を感じてしまった。

 ムウがガタガタと震えていると、ローブを着た一人の男が近づいて来た。


「全く……あの子を逃がすとは使えないクズ共ですねぇ……おや? まだこんな所にいましたか?」


「ひぃっ!」


 男が近づいて来ると、浮かべている笑みに気付く。

 笑顔なのに感情がないような、不気味な笑顔だった。


「そう怯えなくてもすぐに済みますよ。貴方……多少の魔法は使える様ですねぇ? 優秀な手駒になる事を願っていますよ……」


 頭を掴まれたムウは、己の中の何かが黒く塗り潰されて行くような感覚に襲われ蹲る。

 男は用が済んだのかムウから離れ、歩いて行くと、その後ろを付いて行く無気力な盗賊達を見た所でムウの視界は黒く染まっていくのであった――。

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