ムウの贖罪
瑞希はバランの待つ執務室をノックする。
共にいるのはムウ・ライルという一人の少女とシャオである。
部屋の中からバランの返事が戻って来ると、瑞希は静かに扉を開けた。
「失礼します。昨日話していたムウ・ライルを連れて来ました」
瑞希が部屋に入ると、中にはバランの他にテミルとアリベルも居る。
「御苦労。まずはそこに腰かけてくれ」
書類作業をしていたバランが指し示したソファの対面には綺麗な所作で茶を啜るアリベルの姿を見て、瑞希は現在の人格がマリルという事に確信を持った。
瑞希とシャオがソファに腰かけるが、ムウは自分の立場ではどうしたら良いのかわからず、狼狽えている。
「くっくっく。狼狽えずともシャオ殿の横に座るが良い。あの時は世話になったな」
「あの時は……? あぁお前っ! ちゃんと逃げられたのか!?」
「お陰様でな。わらわがここに居るのは其方のおかげだ」
「小綺麗になってるからわかんなかったけど……そうか……逃げられたか……」
ムウは流れそうになる涙を溢れさせぬ様に、思わず顔を天井に向ける。
テミルはムウにハンカチを渡し、テーブルに茶の用意を人数分用意すると、バランがマリルの横に深々と腰を下ろす。
「ミズキ君、まずはありがとう。昨日の治療のおかげで重症を負った者は救われた。それにギルドマスターからの話ではミズキ君のおかげで皆が笑顔になっていたと聞く」
「出来る事をしただけですよ。シャオが居てくれたから俺が出来る事が増えたんです。俺だけなら料理しか出来ませんでしたし、怪我も治さず料理なんかしてたら顰蹙を買ってますしね」
「ふふっ。それにその前の城の出来事もだ。姉さんに調べて貰ったところ、幸い操られてる者は居なかった。ミズキ君達が居なければ城は壊滅状態になっていたかもしれん」
「そんな事を言ったら、兵士の皆が街の警備に出て居なかったら街は今以上に酷い事になっていた筈です。それに元はと言えば俺がマリルを連れて来たのが……」
「言うな。私はマリル姉さんの事も感謝しているのだ。それに遅かれ早かれこの街は狙われていた様だからな」
「遅かれ早かれ……?」
瑞希は疑問を浮かべながら用意された茶に手を伸ばす。
シャオはミミカが作ったであろう焼き菓子に手を伸ばし、ポリポリと頬張っている。
マリルはアリベルが出ない様に焼き菓子を我慢するため、ムウに焼き菓子を進めるが、ムウは緊張の為か冷や汗を掻いている様だ。
気付いた瑞希がムウに話しかけた。
「ムウ? そんなに緊張しなくても大丈夫だ。今ここで取って食ったりはしないって。このクッキーも俺の教え子が作った物だから食べてみな。料理人になるなら色んな物を食べるのは勉強だぞ?」
「い、いや……でも……私は……」
「盗賊だった、だよな? それも昨日バランさんには話してある。お前を捕まえるつもりなら今頃牢屋に入ってる筈だろ? 大丈夫だから美味い物でも食って気を和らげろ」
瑞希はクッキーをムウに手渡し、半ば強引に口に運ばせる。
サクサクとした食感に加え、食べた事もない甘味を感じると、一枚、もう一枚と手を伸ばし、次第に笑顔に変わっていく。
「美味いか?」
バランのゆっくりとした低い声の質問に、我に返ったムウが答える。
「お、美味しいですっ! こんな味食べた事ありませんっ!」
「そうか。これは私の娘が作ったのだが、お前も作ってみたいと思うか?」
「許されるのであれば……私も料理が……してみたいです……」
ムウはバランの質問に俯きながら答えた。
「許しなぞ請わずとも、料理がしたいのであれば料理をすれば良いのじゃ」
ポリポリとクッキーを咀嚼していたシャオが二人の会話に割って入る。
「お主はまだ子供じゃ。盗賊をしておったとて、今からでも何者にでも成れる。お主が本当に料理をしてみたいのであれば許しを請わずとも料理をしてみれば良いのじゃ」
シャオに言いたい事を言われたのか、瑞希はふっと息を吐きシャオの頭を撫でる。
「まぁ、この子をここに連れて来たのはバランさんから褒美を貰おうかと思った次第です」
「……この子の罪か?」
「そうです。この子が野心を持って盗賊稼業をしていたのであれば憲兵に突き出してたのですが、話を聞いてみればこの子も被害者です。なら俺達に出会ったのも何かの縁ですし、どうにかしてやりたいんです」
「どうしてこの少女の言葉を信じる? 嘘を吐いてるとは思わんのか?」
バランの言葉にムウはますます俯いてしまい、両の拳を膝の上で震わせている。
「ん~……料理の味わい方が気になったんですよ」
ムウは瑞希の言葉を聞き、瑞希に視線を向ける。
「この子が俺の作ったスープを食べていた時にまじまじとスープを眺めていました。口に合わなかったのかとも思ったのですが、お代わりもしているし、串焼きにも驚き、目を輝かせ始めました。その姿を見た時に、この子はスープがどうやって出来たのかが気になったんだなと感じました」
「くふふふ。わし等が話しかけておる時もスープをじっと見ておったのじゃ」
瑞希はシャオの言葉にくすりと微笑む。
「それに、シャオが料理をすれば良いと提案したのはムウが初めてなんです。シャオは人の良し悪しを匂いで感じます。そのシャオが悪人と認めず、料理人になる事を進める人物なんですから、この子は料理の才能がありそうじゃないですか?」
瑞希が屈託のない笑顔を見せながらバランに自身の考えに意見を求めると、バランは鼻を鳴らし答えた。
「兄馬鹿か……だが、シャオ君が認めたのであれば大した者だな」
「まだ認めておらんのじゃ~。こやつは人一倍自責の念に駆られておるからな。その贖罪で美味い物を作りそうなのじゃ!」
瑞希とシャオの言葉を聞いていたムウはボロボロと涙を流し始めていた。
自身の不幸を呪った事もある。
自身の弱さに嫌気がさした事もある。
自身を失おうと思った事もある。
だが、今日ほど生きていて良かったと思った事はなかった。
「うぅ~……うわぁぁぁ! ごめんなさい! 今まで逃げ出す事も、立ち向かう事もせず、盗賊でいました! でも、私は……私は料理がしてみたいんです! ごめ、ごめんなさ……うわぁぁん!」
「そうか……」
ダムが決壊したかの様にムウが泣き崩れ、誰に謝っているのかもしれぬまま謝り続けている。
その姿の前で茶を啜るマリルはカップをテーブルに置き、バランに問いかける。
「そう虐めてやるなバラン。この者はわらわ達の命の恩人だ」
「この子が居た盗賊の一味とはやはりマリル姉さんを捕らえていた盗賊という事か……」
「そうなるな。だがその盗賊共も今や抜け殻の状態だろう。この子を捕らえた所で何も変わりはしない。ミズキの願いを叶えてやっても良かろう?」
「えっと……話が分からないのですが、ムウを捕らえていた盗賊というのはもう捕まったんですよね? 残党とかは居ないんですか?」
ムウを慰めつつも瑞希は二人の会話に混ざる。
間に挟まれたシャオは瑞希の膝に座り直し得意気に言葉を放った。
「くふふふ。ムウが自由になったのはわし等のおかげじゃ! ミタスに連れられていたのがその盗賊達じゃ」
「え? ……あぁ、祭りの時にミタスが切り捨てた奴等か?」
「その通りだ。そして捕らえたその者達は牢屋に入れ……間もなくして死んだ。城を襲った者達も同様にだ。恐らく残党共が居たとしてもミタスの手駒だろうな」
「死ん……へ? だって捕まえた時は生きてたじゃないですか!?」
「……枯渇の先を超えた。恐らくミタスは初めから使い捨てにするつもりだったのだろう。ミズキのせいではない。全ての元凶はミタスであろう?」
「そ……れは、そうだけど……」
マリルの言葉に、瑞希は何とも言えない後味の悪さを噛みしめていた。
「……強盗、殺人、強姦、盗賊とはそう云った事を生業としている。捕らえた者の中には冒険者ギルドで懸賞にかけられていた者もいる。例え死んでなくても極刑は免れなかっただろう……そしてここに居る少女も嫌々ながらも、間接的だとしてもそれに加担していた……」
ムウはバランの言葉にびくりと体を震わせた。
「それはそうかもしれないですがっ! だからと言ってこんな少女に何が出来たって言うんですかっ!?」
「落ち着くのじゃミズキ。まだバランには続きがあるのじゃ。そうじゃな?」
バランはシャオの言葉にこくりと頷く。
「ムウと言ったか、君は今までの自分を受け入れ、忘れる事無く、この先を生きていきたいのか?」
バランの言葉にムウは涙を止め、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「わ、私は、人々を不幸にする事を嫌がりながらも、恐怖に抗う事はできませんでした……。でも……私は……これからの人生をかけて、人々に喜びを与えたいっ! ミズキさんの様に人を笑顔にする仕事をしてみたいんですっ!」
言葉を紡ぎながら徐々に声は大きくなり、再び涙が溢れ始めたムウの言葉に、バランは嘘偽りを感じなかったのか、大きく息を吐いた。
「――わかった。一先ず君の言葉を信じよう。その代わり生き残っている残党としての君の情報は全て貰う。それで良いな?」
「はいっ!」
その言葉に瑞希から安堵の息が漏れる。
ムウが一旦落ち着くのを見計らいバランは地図を広げるのであった――。
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