瑞希の髪結い騒動
キーリスの冒険者ギルドでの治療を終え、祭り後の打ち上げの様になってしまった夜が明け、瑞希はシャオにテオリス城の自室にて寝起きのブラッシングをしていた。
「くふふふ。気持ち良いのじゃ~」
「何で猫の姿で寝てたのに寝癖が付いてるんだ……」
「ミズキが寝ながらこね回す様に撫でるからじゃ!」
「俺のせいか……ならしょうがないな」
瑞希はそう言いながらもシャオの髪をまとめ上げ頭頂部にお団子を作る。
完成と共にチサがむくりと起き出した。
「……おはよう」
チサはまだ眠いのか、目を軽くこすっているが、シャオの髪形を見て、鞄から自分のブラシを取り出しとことこと瑞希の元へ行く。
「……お願い」
「最近朝のブラッシングが二倍になって来てるな……」
「……シャオばっかりずるいもん」
当のシャオは鏡の前で本日の髪形をチェックしている。
その顔は少しにやけていた。
瑞希はチサの髪に櫛を通し、チサは心地よく引っ張られる感触に身を任せている。
「チサも髪の毛伸びて来たな。そろそろジーニャにでも切って貰うか?」
チサはチラリとお団子姿のシャオを見やる。
「……うちもあの髪形にしてみたい」
「チサの長さじゃまだ無理だな~」
「……じゃあもうちょっと伸ばす。前髪をピンで留めて欲しい」
「あいよ……ほい、終わり。んん~! 今日はキアラ達をウォルカ迄送る予定だから、朝食を食べたら準備するぞ」
瑞希は立ち上がり、腕を目いっぱい上に上げ体を伸ばす。
髪型チェックが終わったシャオは瑞希の手を握る。
「何でわざわざウォルカ迄送るのじゃ?」
「ミタスの事があるからな。それに昨日城に戻って来た時にバランさんから聞いただろ?」
「……魔物が活発化してるって話?」
「そうそう。キアラ達は大丈夫って言ってたけど、弟子達が襲われましたじゃ心苦しいからな。ドマルもボルボを貸してくれるし、二頭引きで往復するだけならすぐに帰って来れるだろ」
「道中に美味そうな魔物が出たら狩るのじゃっ!」
「シャオに豪華なハンバーグも作らなきゃならないからオークが出ると良いなっ!」
「……魔物から守るために護衛をするのに、魔物が出て欲しいって……矛盾」
瑞希達は笑いながら部屋の扉を開けると、ドアの前には己の櫛を持ったキアラとミミカが立っている。
「お早うなんなっ! 今日は二つ括りが良いんな!」
「お早うございますっ! 私は三つ編みが良いですっ!」
「キアラはサランに、ミミカはジーニャにやって貰えよ……」
瑞希はため息を吐きながら、二人から櫛を受取り、自室へと戻るのであった――。
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瑞希達はミミカ達と共に朝食を取っている。
そこには昨日瑞希に連れられてやって来たムウが緊張の面持ちで席についていた。
「――それで、ミズキ様は何故どこかに行けば少女を拾って来るのでしょうか?」
ニコニコとした表情とは裏腹に、明らかにミミカは怒りを言葉に込めている。
「拾って来た訳じゃなくて、相談に来たんだよ。バランさんには昨日言ってあるからこの後ムウを連れて行く。キアラ達を送るのは昼前になるけど大丈夫だよな?」
「構わないんな! それにしてもムウはいくつなんな? チサより大きいんな」
「こ、今年で十三歳だ」
元気よくキアラに質問されたムウはたどたどしく答えるが、それを聞いたチサは落ち込む。
「……一つ違いやのに……」
「くふふふ。年齢に身長は関係ないのじゃ」
「……キアラとムウが同い年やけど、キアラも小っちゃいしな」
「私はまだまだ大きくなるんなっ! サランだって抜いてやるんな!」
キアラは憤慨しながらチサの言葉を跳ね除けるが、話を聞いていた瑞希が何の気なしに口を挟む。
「それは無理だろ? サランは身長高い方だぞ?」
「カレーをいっぱい食べたら大きくなるんなっ!」
「……じゃあうちもペムイをいっぱい食べる!」
「あほ。そんな物で身長は伸びねぇよ」
「じゃあ何を食べたら大きくなるんな?」
瑞希はティーカップに注がれたお茶を啜る。
「好き嫌いせずバランス良く食べる事。夜はしっかり寝る事。適度な運動をして、過度な筋肉をつけない事。後は親からの遺伝だから、両親の身長が高いなら自然とでかくなるよ」
「……ん~? でもグランもカインもムキムキでも大きいで?」
「俺達の歳ならもう身長も伸びないから筋肉をつけても良いんだよ。子供の時からむやみやたらに筋肉をつけると身長が伸びないんだ。つまり、良く食べ、良く寝て、良く遊べば自然と身長は伸びるから無理せず成長して行けば良いんだよ」
瑞希はそう言うと、綺麗に焼けたオムレツを口にする。
「おぉ、美味く焼けてる。今日のオムレツ焼いた人は上手だな」
「本当ですかっ!?」
ミミカは思わず席から立ち上がり、瑞希に詰め寄る。
「ミミカが焼いたのか? 珍しく早起きだと思ったらそういう事か。うん、美味しく焼けてる!」
瑞希に褒められたミミカは照れ臭そうにはにかむが、流れていた話題を思い出す。
「えへへ~! ……じゃなくて! ムウ様にしろ、チサちゃんにしろ、何でそんなに少女と出会うんですか!?」
「え~……少女ばっかりじゃないよな? 御婦人とか親父とかとも出会うし、昨日も見知らぬおっさんと意気投合してたような……ドマル、どうだった?」
「え? あ、あはは。確かに知らないおじさんと肩を組んで笑いあってたね。ミミカ様、ミズキは料理人ですから必然的に料理をする女性と出会うんじゃないでしょうか?」
「それはそうですけど……」
「それに、今ここで朝食を取ってる方達は、殆ど皆が料理に携わっていますからね。必然の出会いと言えるんじゃないでしょうか? ミミカ様もミズキが料理人じゃなかったらこんなに美味しいオムレツを焼ける様にならなかったわけですしね」
ドマルはミミカに向けにっこりと微笑む。
ミミカは素直に座るが両方の拳をテーブルに乗せたままプルプルと震えさせる。
「そうなんですけどぉ~!」
「まぁでも実際最近は託児所の先生みたいな気分だけどな。朝に髪結いの順番待ちをされてるし……
「「「「それは仕方ない(のじゃ)!」」」」」
今朝瑞希に髪形を作って貰った四人がここぞとばかりに結託する。
「ミズキがわしのブラッシングをするのは必然なのじゃっ!」
「……シャオばっかりずるい!」
「ミズキに髪をやって貰うのは気持ち良いんなっ!」
「どうせなら毎日やって下さいよっ!?」
「お、おぉ……え、俺が悪いのか?」
四人の少女に迫られる瑞希の姿にムウが思わず吹き出してしまう。
「ぷふっ……あはははっ!」
「「「「笑い事じゃないっ(のじゃ)!」」」」
「初対面の子に八つ当たりするなよ……それに髪結いなんて誰がやっても同じだろ? でもリーンの店で働く様になったらその笑顔で接客出来たらムウは大丈夫だな!」
瑞希は四人の少女を諫めながら、笑顔を見せたムウに笑いかける。
だが、瑞希に髪を梳かして貰った事のないクルルは疑問を浮かべていた。
クルルは瑞希達をよそ眼にサランに話しかける。
「サランちゃん、兄ちゃんの髪結いってそんなに気持ち良いのか?」
「ん~……正直毎日して貰えるなら天国です……よね?」
サランが側に居たアンナとジーニャに話を振ると、アンナとジーニャは頷く。
「心地よい風を受けながら髪を乾かされる上に……」
「櫛が文字通り、痒い所に手が届いてるんす」
「そうなんですよね~……正直シャオちゃんが羨ましいです」
大人組の女性達がしんみりと頷いている。
「そ、そんなに? ……兄ちゃん! 試しに私も一回やってくれ!」
クルルに急に大きな声で話しかけられた瑞希だが、その言葉に反応したのは瑞希に問い詰めている少女達だ。
「もう今日は店仕舞いじゃっ!」
「……飛込みはあかん」
「体験したらもう戻れないんなっ!」
「とにかく駄目ですっ!」
「えぇ~……」
クルルは猛烈な勢いに気圧され、意気消沈するが、食事を終えた瑞希がクルルを手招きする。
クルルが素直に瑞希の元へやって来ると、アンナが瑞希に櫛を渡す。
「誰がやっても一緒だって事をクルルが証明してくれたらお前等も時々で我慢しろよ?」
「「「「その条件ならやってあげて良い(のじゃ)!」」」」
クルルはそこまで言われる瑞希の髪結いを期待しながらも、楽観的に構えていたが、瑞希の手によって自前の金髪がハーフアップに仕立て上げられる頃には次も瑞希にやって貰おうと、クルルは決心するのであった――。
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