瑞希の初陣
――暗い洞窟の中。
ポツ……ポツ……と水が滴る音が反響している。
ミミカ・テオリスとその侍女は逃げられない様に縛られ、ミミカの太ももには焦げ跡があった。
気を失っているらしく、周りには数匹のゴブリンと、ゴブリンメイジらしき統率者が下卑た顔で二人の顔を覗き込んでいる。
「ギギッ!」
もうすぐ祈祷も終わり、子種を植え付けられるという欲情の中、ゴブリンメイジは舌なめずりをしている。瑞希はまだ来ない……。
◇◇◇
火を囲んで踊っているゴブリンの大群の中、リボンを巻いた動物を肩に乗せた男が降り立った。
目の前に現れた男に驚き戸惑ったが、気を取り直し武器を手に持ち、声を上げようとした。
しかし声は出ず、男の顔はどんどん上昇していく……。
「首を落とすとかなかなかグロいな……」
瑞希の周りに居たゴブリンの首がポトポト落ちていく。
ぼふんとシャオは姿を変え、瑞希の横に並ぶ。
「風魔法で首を落とす方が楽じゃ。ミズキもその辺のゴブリンと戦ってみるのじゃ」
「戦えったって……」
「この世界では日常茶飯事じゃぞ? 今の内に慣れておくのも大事な事じゃよ。なに、しっかりと守ってやるから安心するのじゃ。」
じりじりと木の棒を手に持ち、近づいてくるゴブリン達に視線を向け、腰に差した剣を手にして正面に構える。
一匹のゴブリンが瑞希に飛び掛かってきた。
「どわっ!」
慌てて剣で木の棒を受け止める瑞希は、そのままゴブリンの腹に蹴りを放ち、ゴブリンにたたらを踏ますと、そのまま力を込めて首元から袈裟懸けに切りかかる。
ゴッという鈍い音と、衝撃で気を失ったゴブリンにシャオが脳天を氷柱で打ち抜く。
「中途半端に攻撃するでないのじゃ。殺せる時は一息でやった方が、相手も苦しまずに済むのじゃ!」
瑞希は手に嫌な感触を感じたが、シャオの言葉にかつて祖父の家でやらされた鹿の止め差しの事を思い出した。
「……悪い」
息をゆっくりと吐き、呼吸を整える。
普段の調理や、過去の鹿の解体で血を見るのには慣れている。
再び飛び掛かってきた別のゴブリンが上段から木の棒を振り下ろすと、瑞希はそれを横に避け、首元に剣を突き刺す。
「キ、キー……」
瑞希がさらに力を込めると、ゴブリンは息絶えた。
「二足歩行の生き物を殺すのは……うぷっ……さすがに気分が悪いな……」
そう呟いた瑞希は吐き気を催すが、大きく深呼吸してどうにか堪えた。
「良くやったのじゃ。一匹泳がせたが、案の定洞窟に入って行きよったのじゃ。急いで追いかけんといかんの」
「わかった。明かりとかは魔法で点けられるか?」
「可能じゃよ……ほれ」
シャオが光球を出すと辺りが明るくなる。
「もう……ほんとに……シャオ様様だよ」
瑞希は剣を腰に戻すと、シャオの頭をぐりぐりと撫でるのであった。
◇◇◇
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「ここは……?」
ミミカが目を覚ますと、目の前には醜悪な顔で覗き込んでいるゴブリンメイジと目が合った。
「ギギッ!」
「ひっ! だ、誰か! テミル! テミル……!」
ミミカの悲鳴に側にいた侍女が反応し、目を覚ますが、彼女は目の前の状況を冷静に分析する。
「ミ、ミミカ様! 足のお怪我は大丈夫ですか!?」
「アンナ!? そこにいるの!?」
「ここにおります! ただ身動きが取れません! ミミカ様は逃げられますか!?」
「駄目っ! 目の前にゴブリンがいるわ!」
「ギッギッギ!」
(もう祈祷も終わる。このメス共が俺の子を孕めば、魔法を使える同胞も増える。早く祈祷の終わりを告げに来い)
「テミル……テミルに魔法をちゃんと教えて貰えていればこんな手枷なんて……」
ミミカがテミルとの事を思い返しながらボロボロと泣き崩れていると、遠くからゴブリンの声が近づいて来た。
「キーキー!」
祈祷の終わりを告げに来たゴブリンだと思ったゴブリンメイジは、ミミカの方を向き近づいて行く。
「止めて! 来ないで!」
「キキッ!」
ドサッとゴブリンが倒れた音にゴブリンメイジが何事かと振り返ると、明かりを放つ、手を繋いだ二人の人間を目にする。
「案内御苦労じゃったのじゃ!」
「良かった! 生きてる!」
◇◇◇
時は少し遡り……。
「とりあえず洞窟に入ったは良いが、逃げたゴブリンがどっちに行ったかわかるのか?」
「臭い匂いが残っておるのじゃ。それを辿れば良いのじゃよ」
「全体的に臭すぎて、俺にはわからん……」
瑞希達は洞窟内を走りながら、会話を続ける。
「テオリスさん達を見つけて、無事に生きてたらシャオの魔法がバレるよな……」
「バレてはまずいのじゃ?」
「前にドマルが言った様に、シャオの様な見た目で魔法を使えるってのは悪い奴なら悪用しようと誘拐とかも在り得るかもしれないだろ? テオリスさん達が悪い奴ってわけじゃないだろうけど、最悪の想定はしておきたいだろ?」
「お主は心配性じゃの。ならお主が魔法を使えば良いのじゃ」
「そりゃ使えるなら使ってみたいけど、急には無理なんだろ?」
「わしと手を握るのじゃ」
左を走るシャオが右手を伸ばす。
瑞希は伸ばされた小さな手を左手で握り、走り続ける。
「そのまま右手をかざして、明るくなるような球をイメージするのじゃ」
「明るい球のイメージ……電球?」
瑞希の右手から電球の様な光球が生まれ、辺りをぼんやりと照らす。
「なんか出た! 何で急に魔法が!?」
「わしの魔力で、ミズキの魔力を無理やり押したんじゃよ。魔法は自然にあるものを呼ぶ。その形はイメージが大事じゃ。人間は詠唱する事によって固定されたイメージを発動させる。受付嬢も詠唱しておったじゃろ?」
「確かにしてたな。でもシャオはしてないだろ?」
「わしは簡単な魔法なら詠唱せずとも発動できるのじゃ。ちゃんと使う場合はしておるぞ?」
「ちゃんと使う時……猫の姿で鳴いてる時か!? 詠唱ってより鳴き声じゃねえか!」
「大事なのはイメージじゃよ」
「イメージ……イメージ……」
ぶつぶつと考えながら、ゴブリンの匂いを辿り、ゴブリンメイジが居る場所へ走って行く。
「見つけたのじゃ! ミズキ、試しにあの逃げているゴブリンを打つのじゃ!」
「打つ……(氷柱!)」
瑞希が右手をゴブリンの方に向け、シャオの魔法を真似て氷柱をイメージした。
その氷柱はシャオが微調整しながらも真っ直ぐにゴブリンの後頭部へ飛んでいき、そして被弾した。
「案内御苦労じゃったのじゃ!」
「良かった! 生きてる!」
ミミカ達の元に手を繋ぐ兄妹の様な冒険者が到着したのであった――。