立たされた場所
「あれ? なんともない? ていうかここどこだ?」
瑞希はきょろきょろと辺りを見回すが、自身の姿は見えるのに、周りは真っ暗な事に違和感を感じていた。
「うへ~。これが死後の世界ってやつか? どこ行きゃ良いんだよ……」
「いえいえ~、どこにも行かなくて良いんですよ~?」
突然の声に瑞希はびっくりしながら後ろを振り返った。
目の前には同年代ぐらいで長い黒髪の女性が、おっとりとした口調で話しかけてきた。
「初めまして~、桐原瑞希様」
「は、初めまして……」
瑞希はどもりながらもなんとか挨拶を返す。
「唐突なのですが~、貴方は死にました~」
「はぁ……」
「あら~? 案外落ち着いていますね~? もっとこう、泣き喚いたりとか、怒ったりとかしないんですか~?」
「いや、まぁ痛みも感じなかったですし、現にここに立ってるので……しいて言うなら店は大丈夫かなと」
ここに来てまで瑞希は仕事の心配をしていた。
「あぁ~。あの、人を洗脳して馬車馬の如く働かせ、過労死ラインをゆうに超えているのにも関わらず、残業代も出ない地獄ですら生ぬるい職場ですか~?」
彼女はおっとりしながらも早口でそう告げた。
「そ、そうなんですか?」
「気付けてないのがおかしいんですよ~? あなたこの子を助けて死ななくても、過労死してましたよ~?」
「先輩社員が「俺が若いころは……」みたいに話すので、これでもましになった方だと思ってました……」
「どっぷりと社畜根性を植え付けられてますね~。桐原様は仕事以外に何かしてなかったんですか~?」
「基本的には帰って来たら家のことをして寝て。休みの日は……」
「休みの日は~?」
「趣味でもある料理をするか、寝てました……。というか、店長になってから休みはセミナーやらヘルプやらでここ最近休みすらなかったです」
「あらあら~。聞けば聞くほど真っ黒な企業ですね~。大変でしたね~?」
当の本人は大変だったとすら思っておらず、当たり前の様に日々を消化してきており、気付けば24歳で中堅社員になっていた。
新しい社員や年上の後輩が入ってきてもすぐに辞めていくので、飲食業界ではそれが当たり前の世界だと思っていた。
彼女とそんな身の上話をしていると、彼女の後ろからおずおずと申し訳なさそうな顔をしている、真っ白なワンピースを着た十歳ぐらいの小柄で長い銀髪の少女が出てきた。
「す、すまんかったのじゃ……」
瑞希は首をかしげながら、一方的に謝られた事を不思議に思っていた。
「この子がどうしたんですか? というか私は何を謝罪されてるんでしょうか?」
「この姿じゃわかりませんよね~? シャオ~?」
ぼふんっと、音を立てた先には一匹の白い猫がいた。
その猫の尻尾は二本あったのだ。
「あの時の猫か! 助かったなら……ってここにいるって事は助かってないよな?」
「いえいえ、シャオはちゃんと助かりましたよ~? あの後私がシャオを迎えに行ったんですが~、シャオが桐原様を連れていくと暴れましたので~、一緒に連れてきちゃいました~。まぁ魂だけですけどね~」
彼女はのほほんと瑞希にそう告げた。
「にゃうにゃうにゃう……」
シャオは何かを言っている様だ。
にゃうにゃう言ってるだけで瑞希には全然理解ができなかったのだが、それを察してかシャオがぼふんっとまた変化をした。
「急に走り出してすまなかったのじゃ……」
瑞希は申し訳なさそうにしているシャオと目線を合わせると、自身の手をゆっくりとシャオの頭に乗せ、頭をなでてやった。
「まぁ、助かったならそれで良いさ。今更どうする事もできないし、特に気にしてないよ」
シャオはくすぐったそうに瑞希の手になでられるまま、嬉しそうに頭を手にこすりつけていた。
「あらあら~、人間嫌いなシャオが素直になでさせるなんて珍しいですね~?」
「なんかこの人間は好きな匂いがするのじゃ!」
瑞希は変な臭いでもしているのかと自分の匂いを嗅いでみたが、特に違和感は感じなかった。
「さてさて~、桐原様にはこれからの事を説明しますね~?」
「天国か地獄にでも行くんでしょうか?」
「桐原様が望むのならそれでも良いんですけど~、どうせなら私の世界に来ませんか~?」
瑞希は呆気に取られた顔で彼女の言葉を聞いていた。