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ムウ・ライルの願い

 ギルド前の広い敷地は瑞希の料理を片手に酒盛りをする者、恐怖を感じた事すら忘れているのか笑い声が絶えない者、母に抱きしめられ寝てしまう者、各々が祭りの最終日という状況を楽しんでいた。

 その一画で突然打ち明けられたチサと同い年ぐらいの少女の言葉にリーンは固まっている。


「へぁ……えっと……その……」


「ん~……ごめん。そう言われても君が盗賊の様に思えないんだけど、何か罪を犯したのかな?」


 固まっているリーンに助け船を出したのはドマルだ。


「……私は大したことはないけれど魔法が使えるんだ。魔法使い……と言っても火を熾したり、水桶に水を溜めたりするのが精一杯だけどな」


 少女はぽつりぽつりと語りだす。


「この娘が魔法使いというのは本当じゃな。魔力量はチサよりもっと少ないのじゃ」


 シャオはスープを啜りながら言葉を挟む。


「魔法……盗賊……もしかして君は盗賊に攫われた子か?」


 少女はこくりと頷く。


「幼い頃に盗賊に村を襲われた私は、攫われそうになった時に手から小さな火を出したんだ……それを見た盗賊達は喜んで、売りに出さず私を手元に置いたんだ」


「子供の魔法使いだから成長を見込まれたのかもしれないね……」


 ドマルの疑問に少女は苦笑する。


「成長ね……私は魔法を使えたけれど才能はないんだろうね。魔法使いとして成長する事もなかったから盗賊の一味に入れられてからは雑用係だったよ」


「……ん~? 誰かに魔法を習ったん?」


「盗賊の一味に魔法使いが居たけど、そいつも手探りで使ってる感じだったね。私も魔法を使えば疲れるからあまり使わなかったし」


「……シャオの訓練って枯渇するぐらいまで使わせるやんな?」


「当たり前じゃ。魔力量は持って生まれた量もあるが、枯渇を繰り返す事でも増えるのじゃ。どんな訓練でもしんどい事は付き物じゃ」


「そうなのか……知らなかった。まぁ今となっちゃ使い道もないから別に良いよ」


 少女はそう呟くとスープを啜る。


「こんな事を聞くのもあれなんだけど、何で急に君の事を話してくれたの?」


 少女は手を止め、視線をスープから動かさぬまま言葉を開く。


「なんでだろ……。あんた達を見てると黙ってるのも悪いかと思っただけなんだ……」


 少女はそう呟くと再びスープを啜る。

 その手は徐々にだが早くなっている気がするのだが、誰もその事には気付かない。

 ドマルは重々しい空気の中、少女に質問をする。


「じゃあこれからも盗賊を続けるの?」


 ドマルの言葉に少女はぴたりと手を止めた。


「続けようにも私を飼っていた盗賊は祭りの最中に捕まったよ。いつ頃からかそいつらも誰かに雇われてたみたいだけどね」


「じゃあ君はもう盗賊じゃないんじゃない? 続けたくないんでしょ?」


「そうは言っても私は盗賊の一味として関わっていたんだ。……誰かに不幸を振りまく事を手伝っていた。……私自身がそうされたってのにさ」


 スープを食べ終わったのか、シャオは器を地面に置く。


「こやつはあほなのじゃ。チサと同い年ぐらいの癖に、何を達観した様な事を言っておるのじゃ?」


 チサもシャオの言葉に頷く。


「……ほんまや。自由なんやったらやりたい事やればええのに」


「やりたい事か……」


「……なんかないの?」


 少女はスープをじっと見つめる。


「人を……笑顔にさせたい……もう……泣く人は見たくない……」


 シャオとチサは少女の話を聞き、目配せをして頷く。


「なら話は早いのじゃ! お主は料理をすれば良いのじゃ!」


「……は? 私が? どういう事?」


「料理は凄いのじゃ! 人は美味い物を食べれば顔が綻んでしまうのじゃ!」


「……それに料理で人は救える! うちの村はミズキの料理に救われてんで!」


 二人は自分達が体験して来た事を誇らしげに語る。

 目をキラキラさせながら説明される言葉は少女からすれば目も眩む程眩い光に思えた。

 シャオとチサの話にドマルとリーンも加わる。

 各々の料理話を聞いていると、どれも美味しそうに思えたのか、少女の腹が可愛らしく鳴る。


「スープのお代わりはいるぅ?」


「……まだ食べても良いのか?」


「もちろんっ! 残したりする方がミズキさんに怒られるよぉ! それにこのスープ美味しいよねぇ!? 私もお代わりしちゃおっ! ……わっわっ!」


 立ち上がろうとしたリーンは自身のスカートの裾を踏んでしまいこけそうになる。

 直ぐ近くに居た少女が反応し、後ろから支えられ、リーンが伸ばした手は酒を片手に持った瑞希が掴んでいる。


「何やってんだ?」


「あわわわっ! 私とこの子にスープのお代わりを貰おうと思ってぇ!」


「おっ! どれぐらいいる? たっぷり食べるか? もう串焼きは食べたか?」


 瑞希は嬉々としてリーンを支えている少女に声を掛ける。


「えっと……たっぷり食べても良いのか?」


「食べろ食べろっ! 子供が何を遠慮してんだよ? ちょっと待ってろ。串焼きも焼いてやるから!」


 瑞希はそう言うとスープを器に入れ、リーン達に手渡し、シャオの近くで地面を隆起させ、串焼きを焼き始める。


「あの人は何であんなに嬉しそうなんだろう……?」


「ミズキは自分の料理を食べさせるのが好きみたいだからね。きっと自分の作った料理を喜んで貰えるのが嬉しいんだよ」


 少女とドマルに見られている瑞希は、じゅうじゅうと肉が焦げ付かない様に微妙に火加減を調整する。

 少女がその姿を見ながら二杯目のスープを啜っている所に串焼きが手渡される。


「お待たせ! 鶏屋さんに貰った中に鶏のもも肉が少しだけ入ってたけど、スープには使わなかったから焼き鳥にしてみた。オーク肉もあるぞ? どっちも食べるよな?」


 少女は戸惑いながらもこくりと頷く。

 瑞希は二ッと笑いながら少女に串焼きを渡し終えると、自身も焼き鳥に齧り付く。

 シャマン(ねぎ)とホロホロ鶏を交互に刺した所謂ねぎまと呼ばれる串焼きである。

 瑞希は鶏肉とシャマンを一緒に口の中で咀嚼し、飲み込んだ所で酒で口を洗う。


「わははは! 焼き鳥うまぁ!」


「なんでわしの分が無いのじゃ!?」


「……うちのもっ! それに、ジャルのタレ使ってるやん!?」


「いやぁ~もも肉は少なかったし、シャマンとタレは馬車の中にあったんだよ。皆に配るほどはないから後でこっそり焼こうかと思ってたんだ。今焼くから怒るなって! ほら、シャオ達に取られる前に早く食べろ?」


 瑞希は次の焼き鳥を焼きながら少女に食べる様に促す。

 唸り声を上げながら少女に飛び掛かろうとしているシャオを抑えながら瑞希は焼き鳥を焼いている。

 少女は熱々の焼き鳥に息を吹きかけ、口に入れてからもハフハフと息を口に含ませながら咀嚼する。

 食べ慣れた筈の鶏肉が、食べた事も無い味で調理されている。

 そして少女はつい笑顔になり声を漏らす。


「美味しいっ!」


「そりゃ良かった! このタレはこの子の地元で作られてるジャルって調味料を使うんだ。香ばしくて美味いだろ? そっちのオーク肉は塩、胡椒とオオグの実をすり潰して薄く塗ってある。スープは……特に工夫はないかな?」


「あははは! ミズキにとっては、でしょ? スープだって普通はこんなに美味しく出来ないんだよ?」


「そんな事ないって。誰だって作り方を覚えれば作れるさ! 美味いってのは共通認識みたいだしな!」


 瑞希の言葉に少女の手が止まる。

 瑞希はシャオとチサに焼き鳥を手渡し、二人は焼き鳥を頬張り、口の周りをタレで汚しているが、少女はその顔はとても幸せそうに見えた。


「誰でも……私でも作れるのか?」


「もちろんっ! リーンだってめちゃくちゃ不味い料理を出してたのに、今では噂の店とか言われてるもんな?」


 瑞希は茶化す様にリーンに話を振る。


「あ、あれは変な噂だと思いますぅ! すぐに満席になるとか、すぐに売り切れるとかぁ!」


「わははは! そういえばまだ人は雇わないのか?」


「明日商業ギルドに張り出そうかと思いますぅ!」


「なら、わ、私を雇って貰えないかっ!?」


「へぁっ!?」


 急に身を乗り出し、胸に手を当てた少女がリーンに迫る。


「おぉ~! 良かったなリーン。……ん? でも未成年って働いても良いのか?」


「ミズキ……問題はそこじゃないんだよ……」


「ん? どういう事だ?」

 瑞希はドマルから説明を受け、少女の生い立ちを知る。


「祭りの日に捕まった盗賊……それってもしかしてミタスが引き連れてた奴等か?」


「名前までは知らないけど、そいつは他の盗賊達を操っていたと思う……」


「じゃあ何で君は無事なんだ?」


「私はそいつの魔力が入って来たのが気持ち悪くて自分の魔力で抗ったんだ。その間は動けなかったけど、動ける様になった時に目にしたのは憲兵に連れていかれる一味の姿だったんだ」


「そういえばチサも抗ってたって言ったな?」


「……人の魔力を勝手に使おうとするから頭の中で魚さんに止めてってお願いしてた」


「恐らく自身の魔力を操れる奴は多かれ少なかれ抵抗は出来る様じゃの。手あたり次第操られる様な魔法ではなくて良かったのじゃ」


「そ、それでぇ、この子はどうしたらいいんでしょぉ?」


 リーンはおずおずと手を上げながら話題を少女の今後に戻す。


「ん~……君……ていうか、名前聞いてなかったよな? 俺はミズキ・キリハラ、料理人兼冒険者だ。君は何て名前なんだ?」


「ムウ……。ムウ・ライル」


「ムウか。じゃあムウは今後料理をしてみたいか?」


「してみたい! こんなに美味しい物が作れるなんて知らなかった!」


「そうか。でも、ムウは盗賊の雑用とは云え、一味に混ざっていた事には変わりない」


「ちょっとミズキ、可哀想だよ!」


「いや……生きるためとはいえあいつ等に従っていたのは間違いない……」


 ムウはしょんぼりとしながら目を伏せる。


「でだ。どうせなら盗賊だった事を断ち切ってからリーンの店で働かないか? 少し時間はかかるかもしれないけど、リーンもその方が安心だろ?」


「それはそうですけどぉ……何か考えがあるんですかぁ?」


「おう。ムウをバランさんの所まで連れて行く!」


「それって憲兵に突き出すのと一緒じゃないですかぁ!?」


 リーンは盛大に突っ込むが、ムウは観念したかの様に握りこぶしを作る。


「安心しろって。ムウには盗賊の情報を話して貰うだけだ。ムウ、これから真っ当に生きたいって言うなら嘘偽りなくその盗賊達の事を話してくれるよな?」


「もちろんだ。そんな事で良いのか?」


「あぁ。リーン、ムウを雇うのは構わないのか?」


「乗りかかった舟ですぅ! 行く所がないなら私のお店を手伝って貰いますぅ!」


「わははは。リーンは結構抜けてるけど、思い切りは良いからな。ムウは反対に冷静そうだから、お前等は意外に良いコンビになりそうだな! ムウ、リーンの店で働く様になったらしっかり守ってやれよ?」


「逆ですよぉ! 私が雇い主なんですからぁ!」


 リーンは立ち上がろうとして再びスカートの裾を踏みこけそうになるが、ムウが咄嗟に抱き止め、事なきを得る。

 ムウはクスクスと笑いながら瑞希に返事をする。


「わかった。リーンさんこれから宜しくお願いします」


「うんっ! じゃあお店に来るのを待ってるからねぇ! 約束だよぉ!」


「くふふふ。嘘を吐いたら針千本を飲まされるのじゃ……」


「「えっ!?」」


 シャオの呟きにリーンとムウが固まる。

 意味を知っている瑞希とドマルはぷっと吹き出し大笑いをするのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

本当に作者が更新する励みになっています。


宜しければ感想、レビューもお待ちしております!


諸事情で更新が遅れています。

二、三日に一度更新はするつもりですので、落ち着くまでは暫しこのペースを御了承ください。

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