すいとんと魔法の使い方
怪我人達が串焼きを食べ始め、どこからか酒盛りが始まる頃、瑞希がスープの鍋に入れた水で溶いたカパ粉は団子状に固まり、ふわふわとスープに浮き始めていた。
「よしっ……スープも出来たので宜しかったらどうぞ! カパ粉は足せるのでどんどん食べて下さい!」
瑞希のその言葉に串焼きを食べていた者達の手が止まる。
――スープって言っても骨とか腕とか捨てる部分で作ってたよな?
――確かに……でも、この串焼きだってオオグの実を使ってるんだろ?
――大体こんな短時間でグムグムとか煮えるか? 生煮えじゃないか?
ざわざわとスープを取り巻きながら様々な推測が立てらている中、八百屋婦人が人込みを掻き分け瑞希の元にやって来る。
「食べもしないで何言ってんだい! それにうちの野菜はどう料理しても美味いよっ! ミズキちゃん、私によそっておくれ」
「間違いなく美味しいですから安心してください。熱いので気を付けて下さいね?」
瑞希はそう言いながら器にスープを盛り付けた。
器にはゴロゴロとした根菜と、手羽先、そしてカパ粉で作った白い固まりが盛り付けられている。
八百屋婦人は匙を入れ、スープだけをまず啜る。
その味は捨てるものから出来たとはとても思えない様な豊かな旨味が口中に広がり、八百屋婦人を驚かせた。
そのまま自身が手塩にかけて育てた野菜を口にすると、瑞希と目を合わせ、にっこりと微笑んだ。
「うちの野菜がこんなに美味しくされるなんて……この子達は幸せ者だっ! あんたも食べてみなよ!」
「そんなに美味いのか? ……おいおいっ! 何であの材料でこんな味が出るんだよ!? それにこの短時間で野菜もちゃんと煮えてるし、どんな魔法だよ!?」
八百屋の親父も瑞希が作ったスープが気に入ったのか次から次にスープを口に運ぶ。
そして件のカパ粉を使った団子をちゅるりと口に入れる。
その団子はつるりとした感触だが、噛めばもちもちとした食感が生まれ、そこにスープを味が加わると最早親父の匙の手が止まる事はなかった。
「わははは! お気に召した様で何よりです!」
「めちゃくちゃ美味いじゃねぇか!? スープにカパが混ざらないのも不思議だし、この鶏肉も美味いな!?」
「肉は骨の近くが美味いですからね! 手羽先は焼いても美味いし、揚げても美味いですよ? こんな美味い部位は料理人からすれば宝物ですよ。あ、もちろん親父さんの野菜のおかげでこのスープ自体も美味くなってるんです!」
「このデエゴがスープをたっぷり吸って、蕩ける様な柔らかさときたら……ミズキっ! おかわりをくれ!」
「ちょっとあんた達も頂きな! こんな美味いスープは二度と食べられないよ!?」
八百屋婦人は息子達を呼び、瑞希は嬉しそうにスープを入れる。
「どんどん食べて下さい! まだまだありますからね! 皆さんもいかがですか?」
瑞希がそう声を掛け、次にスープを手にしたのは鶏ガラ等を提供してくれた男だ。
男は恐る恐るスープを口にすると、悔しそうな顔を浮かべる。
「お口に合いませんでしたか?」
「違げぇよ! 俺はこんな美味い物が作れる食材を今まで捨ててたのかと思って悔しくなったんだよっ! なぁあんた! ホロホロ鶏は他にも美味い部分はあるのか!?」
「そうですねぇ……肉は勿論、骨と手羽は今食べて貰ってますし……内臓とかも多分美味いですよ? 後は試してないですけど足も良い出汁が取れるって言いますし、脳みそなんかも美味いって言う人もいますね」
「嘘だろっ!? あんなの食えるのかよ!? どうやって食うんだ!?」
「こらっ! ミズキちゃんの知識を無料で貰おうとするんじゃないよっ! あんたも鶏を扱ってるんなら自分で試行錯誤しな! ミズキちゃんがこうやって美味い料理にしてくれてるのが何よりのヒントだろ!?」
「そ、そうだな……いや、悪かった。あんたの料理が美味すぎて不躾な質問をしてしまった」
「わははは! 料理は試行錯誤が大事ですよ! 食べられないと思い込んでいる食材も本当は宝の山かもしれませんよ?」
瑞希は笑いながら男に説明をする。
こうなると、スープを求める手が止まる事はない。
瑞希のスープを求め、周囲の者達が押し寄せて来る。
「順番に配りますからお待ちください! 先に子供から配りますね~!」
瑞希はスープを器によそい、仕込みを手伝った母子に手渡す。
次の器にスープを入れようと思った矢先に、器を手に持ったシャオとチサの姿が目に入る。
「くふふふ」
「……子供が先」
「はぁ……お前等がいつも子供扱いするなって言ってるんだろ?」
「知らんのじゃ! 早くスープが欲しいのじゃ!」
「……うちも欲しい!」
「都合の良い年齢だな……」
瑞希は肩を落としながらも、二人にスープを注ぎ、他の者達にも順番にスープを注いで行った――。
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いつの間にやらお祭り騒ぎとなっているギルド前は酒を飲む者、食事をする者で溢れかえり、本当に街を襲われた後なのかと思うぐらいに人々は喧騒を楽しんでいた。
瑞希達は鍋の近くで輪になって座り、瑞希は誰かに注がれた酒を口にしていた。
「わははは! 祭り終わりっぽくて良いなぁ!」
「くふふふ。ミズキが作ったすいとんというスープも美味いのじゃ」
「……ミズキに聞いたけど、ほんまはマクとメースの出汁で作るんやって。そっちも食べてみたいわ」
シャオとチサは瑞希が作ったスープ、すいとんを食べながら各々の感想を漏らす。
ドマルは酒を飲み込むと、瑞希に話しかける。
「瑞希が治してくれなきゃ、皆楽しめてないよ。それにこの料理も……ミズキの料理は本当に人を幸せにするね」
「よせやい! 皆で持ち寄った食材を料理を出来る奴が作っただけだよ。おかげで俺達もただ飯に有り付けてるしな!」
「それだけが目的じゃないんでしょ?」
瑞希はドマルの言葉にジトっとした目をドマルに向ける。
「……ドマルって何でそんなに鋭いのに売れない行商人なんだ? 串打ちの時も俺の考えを理解してくれてたし」
「最近はちゃんと売れてるよ! ミズキが皆を楽しませようとしてたのがわかったからね。ミズキが色んな人と料理を作ってるのを見てるけど、皆楽しそうだったからね。ここの人達にも料理を楽しんで貰おうと思っただけだよ」
「わははは! ドマルも馬車を走らせて怪我人を集めてくれてありがとな? ボルボも頑張った! 勿論モモもな!」
瑞希は立ち上がり、ボルボとモモの首に抱き着く。
ボルボは嬉しそうに、モモは瑞希から香る酒の香りを鬱陶しそうにしながらも、瑞希に褒められどこか誇らしげである。
瑞希とドマルの話が見えないリーンはドマルに尋ねた。
「えっとぉ……この食事に深い意味があったんですかぁ?」
「ミズキはね、魔法が恐れられるのを心配したんだよ」
「そう云えばわしがミズキにへばりつくチサの顔に水球を出した時に周りから悲鳴が上がっておったのじゃ」
「……回復魔法も最初は嫌がられてた」
ドマルはその場にいなかったが、想像通りの出来事だったのか一つ頷いた。
「今日の料理はミズキにしては珍しく殆ど魔法で作ってたでしょ? 水も、火も、仕込みも。そうやって魔法は便利だけど怖いものじゃないって見せたかったんだよ」
思い当たる節があるシャオは嬉しそうに笑いだす。
「くふふふ。本当にお人好しな奴なのじゃ」
「……皆今は魔法の明かりも、火も全然怖がってへんもんな」
「確かに料理をする時に魔法が使えたら便利ですもんねぇ」
「どんな才能でも善にも悪にも使えるってミズキが言ってたしね。魔法を悪だって決めつけられるのは嫌だったんだと思うよ」
ドマルの言葉を聞き、シャオ達はギルドマスターと立ち話をしているミズキの姿を目で追う。
しかし、リーンが助けた少女は黙々と食事を続けていた。
視線を戻したリーンは少女に尋ねる。
「美味しいでしょぉ? 私もミズキさんに料理を習ってるんだよぉ!」
「……」
「そうだっ! 声を上げてくれてありがとねぇ! おかげでドマルさんに気付いて貰えたよぉ!」
「別に……助けて貰ったのはこっちだし」
「家はこの辺? 後で送るよぉ?」
少女は首を振る。
「家は……」
「もしかして違う街からお祭りに来てたのぉ?」
少女は再び首を振り、思い詰めた顔で言葉を紡ぐ。
「私は……盗賊だ」
「……へぇ!?」
少女が唐突に発言した言葉にリーンは固まり、この場がそんな事になっているとは知りもしない瑞希は、ギルドマスターと酒を酌み交わしながら大笑いしているのであった――。
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