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閑話 リーンの日常

 くつくつと料理を煮込みながら私はグムグムの皮を剥いている。

 ミズキさんに教えて貰った簡単なおつまみを作るためだ。

 母が生きてる時は野菜の皮むきぐらいしか手伝ってなかったから、私は評判の良かった母の料理を覚えていなかった。


「ん~……もうちょっと塩を足そうかな」


 私は煮込んでいるモーム肉のルク酒煮込みの味見をしてから塩を足す。

 時間がかかる料理だけど、料理に慣れていない私にはぴったりの料理だ。


「すごいなぁミズキさんは。カインさんの説明を聞いただけで料理がわかるんだから」


 ミズキさんに教えて貰ったこの料理は母のとは少し違うのだが、間違いなく母の料理を思い出させる。

 母は自分の作った料理が喜ばれるのが嬉しいと生前に言っていたが、最近私もその気持ちが分かって来た。

 人は美味しい物を食べた時に自然に笑みが零れている。

 私がふざけた料理を出していた時は、眉間に皺を寄せていたり、溜め息を吐かれたりと散々な表情を見せられていたが、ミズキさんに教えて貰った料理を出してからは、驚きの表情と笑顔が溢れていた。


「ふふっ。お母さんが居た時も皆そんな顔してたな」


 私は独り言ちながら皮を剥いたグムグムを切り分け水に浸けて行く。

 ミズキさんが言うにはこうしないと美味しく出来ないらしい。


「水に浸けるだけなのに美味しくなるなんて不思議だな~」


 それでもミズキさんが言う事だから間違いはないんだろう。

 これを目当てに来るお客さんもいるぐらいだから、やはり美味しいのだろう。

 そんな事を考えていると入口のベルが鳴る。


――お早うリーンちゃん! いつもの所に酒を置いとくよ!


「ありがとうございますぅ!」


 料理をしている内にいつの間にか酒屋さんが来ていた。

 以前はお酒目当てのお客さんがリッカの酢漬けを肴に酒を飲むだけになっていた店が、今では料理を目当てにこのお店に来てくれている。


――相変わらず良い匂いだねぇ! おばちゃんが居た時を思い出すよ!


「お母さんみたいに色々作ったりは出来ないですけど、この料理だけは上手くなったと思いますぅ!」


 私のレシピはミズキさんのレシピだ。

 ミズキさんが私でも簡単に作れるレシピを教えてくれたから何とか店を営業できている。

 今作っているグムグムの料理も初めて作った時は拍子抜けしていた。

 何しろ調味料は塩しか使っていないからだ。


――リーンちゃんも祭り用にその煮込みを屋台で売れば良かったのに。


「あははは。私は不器用だから慣れてない調理場だとどんな料理が出来上がるか分からないんですぅ」


 母が立っていたこの場所も、実際に立った時は凄く違和感があった。

 私が店で見ていた景色はいつもカウンターの前からだったし、距離で言えば二、三歩ぐらいしか変わらないこの場所が酷く遠く感じたものだ。


――それにしてもリーンちゃんが料理してる姿も見慣れて来たな! 今日から祭りだから忙しくなるぜ!


「私はいつも通り、私の出来る範囲でしか営業しませんから大丈夫ですぅ」


 ミズキさんが教えてくれたレシピは簡単な物ばかりだ。

 私が一人で営業している事を知っているからか、料理に集中しなくても大丈夫なように考えてくれたのだろう。

 お客さんが増えだして来てからもカウンターだけで営業をしている。

 それが私の手が届く範囲だからだ。


――このテーブルだって使わなきゃもったいないだろう?


「そうですねぇ……もう少し私に余裕が出来たら人を雇ってみようかと思いますぅ」


 私一人で出来る範囲での営業でも最近では黒字になってきている。

 ただ、今のままでも充分お客さんが喜んでくれているならそれで良いかとも思っている。


――おばちゃんが居た時は皆で酒飲んで賑やかだったよな!


「そうでしたねぇ。今はどちらかと言えば静かに飲むお客さんが多いですねぇ」


 カウンターだけの営業だからか、距離が近いのでそこまで大声で騒ぐ人もいないのだ。

 ただ、四、五人で来られたお客様がテーブルが使えないのを残念がったり、すぐに満席になってしまうので帰られたりするお客様もいる。


――おっと、長居しちまったな。リーンちゃんも祭りを楽しみなよっ! じゃあなっ!


 酒屋の人はそう言って店から出て行った。

 楽しむ……そういえば最近店の事ばっかりで大笑いした事もなかった様な……。

 いけない、いけない。

 考え事ばかりで料理の手が止まってた。


◇◇◇


「ありがとうございましたぁ!」


 祭りの日の人入りは凄い勢いだったが、何とか今日の営業も落ち着いた。

 母とやっていた時はずっと満席だった事を思い出す。

 嬉しいのは、私が作った煮込み料理が他の街でも噂になっているそうだ。

 考えればドマルさんも何回か商談に使ってくれているし、その度に相手の方はこの料理に驚いていた。

 ドマルさんはいつも最後に私にお礼を言ってくれる。

 何でも美味しい料理があると商談が円滑に進む様なのだ。

 人は幸せを感じている時に、その幸せを分けたいって思うんだとドマルさんが商談中に言っていた。

 商談中の難しい話は私には分からないけど、ドマルさんが言ったこの言葉に私は納得している。

 うちのお客さんは私の料理を食べて幸せになってくれているだろうか?

 以前の様に難しい顔をしているお客さんは居ないけれど、私自身料理が下手だから自信が持てない。

 そんな事を考えていると店の入り口のベルが鳴る。


「いらっしゃいませぇ!」


「今晩は! 元気でやってるみたいだな!」


「ミズキさん!? 急にどうしたんですかぁ!?」


「シャオ達と屋台で店を出してるんだけど、今日はその打ち上げをしようと思ったんだよ。結構人数が増えたのと、リーンの料理も食べてみたくなったんだけど、この後店の予約ってとれそうか? 無理そうだったら他の店を当たるから気にしないでくれ」


「お店の予約は大丈夫なんですけどぉ、カウンターだけでも良いですかぁ?」


「ん? そっちのテーブルは使えないのか?」


「使えるんですけどぉ……そのぉ……」


 私はミズキさんに怒られるかもしれないと言葉を濁す。

 

「あぁ……大丈夫! 俺も手伝うし、リーンに食べさせたい煮込み料理もあるんだよ! どうせならリーンも一緒にどうだ? 片付けとかも手伝うからさ!」


 ミズキさんは私の危惧している事がわかってるみたいだ。

 私はその事よりも新しい料理というのが気になった。


「新しい料理ですかぁ!? 是非食べてみたいですぅ!」


「お、じゃあ、予約を頼んだ! 一度荷物を置いてから皆で来るよ!」


「わかりましたぁ!」


 ミズキさんはそう告げると手を振って店を後にした。

 思わぬ来客に私の胸はまだ高鳴っている。

 久々に使うテーブルも、ミズキさん達が使ってくれるなら喜んでくれるかな。


◇◇◇

 ミズキさん達が連れて来た人達はとんでもない人達だった。

 ミズキさんはカインさんとグランさんのやり取りを見て楽しそうに笑っている。

 ミズキさんが私に食べさせたいと言ったオーク肉の角煮は素晴らしく美味しく、ミズキさんは調味料の仕入迄考えていてくれていた。


「わははは! ……騒がしくしちまって悪いなリーン!」


「これだけ賑やかなのは久しぶりなので嬉しいですぅ!」


「そうなのか? この店はテーブルもあるから人がいっぱいに……あぁ、そうかカウンターだけで営業してるんだったな?」


 ミズキさんの言葉にドキッとした。

 怒られるかもしれないというのを思い出したからだ。


「人手が足りないとしょうがないよな! 無理にお客さんを入れて不十分な営業するより良いんじゃないか?」


 この人は何ですぐに理解してくれるんだろう……。


「あの、私でも人を雇う事は出来ますかぁ?」


 私は不安に感じている事をミズキさんに聞いてみた。


「ん~……誰でも初めての事はあるし、どっちの断言もできないけど、何の為に人を雇いたいのかって云うのが大事じゃないか?」


 何の為に……。


「店をやる、商売をやるってのにもっと儲けたいってのは当然の選択だろ? でもキアラは人を雇っていても儲けたいってのは二の次で、カレーを広めたい、香辛料を広めたいってのが大事にしてる事だろ?」


「確かに……なら私はどうなんでしょう?」


「リーンはさ、何の為に人を雇いたいんだ? 儲けたいのか? 一人での営業がしんどいのか?」


「……お客さんががっかりする顔が申し訳なくなるんですぅ……折角来てくれたのに待って貰う事になったり、売り切れたりしちゃうんですぅ」


「なら答えは出てるだろ? リーンは人を雇うべきだよ。そしたらリーンの料理を食べれるお客さんは増える。喜んでくれる人もいっぱいいるだろ?」


「でも、人を雇う自信がなくってぇ……」


「難しく考えすぎなんだよ。リーンのやりたい事を手伝って貰うだけだ。手伝って貰ったお礼にお金を払う。それだけだよ。リーンだってお母さんの手伝いをしてただろ? お母さんも助かってたはずだ。それにリーンもいずれは結婚するだろ? そしたら子供も出来る。その時に店を休まずに続けて貰えるかもしれないだろ? 今のうちに人を雇っておくのはこの先の事を考えれば良い事だよ。まぁ変な奴を雇わないように気を付けなくちゃいけないけどな」


 ミズキさんは笑いながらそう言ってくれた。

 結婚か……私が誰かと一緒にこの店を続ける……。

 子供が出来て、お手伝いさんがいて、旦那がいる……。

 そんな事を考えていると自然と顔が熱くなってきた。

 ちょっと飲みすぎたかな……。


「ちょっとミズキっ! いい加減にこの馬鹿達を止めてよ! ドマルまで脱がそうとしてるわよ!」


「わははは! 何で酒を飲むと脱ぎ癖がある奴っているんだろうな!」


 ミズキさんはそう言ってカインさん達の元に歩いていく。

 私はフライドグムグムに手を伸ばし、ほっくりと仕上がったその料理を食べながら考える。

 この料理も難しい事はしていないのに、こんなにも美味しい料理に仕上がっている。

 でも食べた人はこの料理を難しく考えているかもしれない。

 私も人を雇うという事を難しく考えているだけで、雇っている人からすれば……。


 祭りが終わったら商人ギルドに行ってみよう。

 お母さんの……いや、私の料理を手伝ってくれる人を探しに、人を幸せにするお手伝いをしてくれる人を探しに――。

少し早いですが100万PV、10万UUありがとうございました!。

おかげでブクマも1000件に到達しそうです。


更新が遅れていますが、久々に料理パートを書けて癒されました。

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