夢見た光景
瑞希に吹っ飛ばされたミタスは痛みを感じないのか、すぐに立ち上がるが、その顔面には痛々しく血が流れ出ている。
瑞希はどこか違和感を感じながらも、ミタスに対峙する。
「ひどいですねぇ……いきなり殴りかかるなんて……」
「いきなり襲って来る奴が何言ってんだ? それより俺の周りに手を出すなって言ったよな?」
「いやはや、貴方とは良い付き合いがしたいのですが……」
「ふざけんな。俺はお前とは金輪際関わりたくねぇよ」
「――その通りだ」
瑞希の背後から低く、怒りが込められた声が木霊する。
「多勢に無勢ですね……」
「次は逃がさんぞ、ミタス・コーポ!」
「そうですねぇ……さすがにこの状況では逃げられそうもないですねぇ」
ミタスはそう言うとお面の様な笑顔を張り付ける。
バランは剣を構え、シャオはチサをキアラ達に託し、瑞希の側に立つ。
「覚悟は出来た様だな……参るっ!」
バランが掛け声と共に剣を振るおうとしたその時、瑞希がバランを止める。
「何故止めるのだミズキ君っ!」
「お前、ミタスじゃないだろ?」
「おやおやぁ? 何を言ってるんでしょうか?」
ミタスは嬉しそうな顔をしながら瑞希の言葉をはぐらかす。
「違和感だよ。痛がる素振りも見せず、傷を治そうともしない。回復魔法が使えないのかとも思ったけど、それにしては焦りもない。少なくとも不意打ちとは云え俺の攻撃をまともに受けるとも思えない」
「いえいえ私は正真正銘ミタス・コーポですよ? ちょっとこの体を拝借しておりますがね」
ミタスは再びにんまりと笑顔を張り付ける。
「何でもありかよ……じゃあお前の体の時はその気色悪い笑顔ももっとひどいんだろうな?」
「自慢の笑顔なんですけどねぇ? 今日の所はここまでにしておきます。そちらのお嬢様方を独り占めなさらず私にも分けて下さいよ」
「こいつらがお前の所に行きたいって言ったらな。けど、そん時は全力で止める」
瑞希の周りに居る者達は全力で首を振る。
「そうですか……私は貴方にも興味を持ちましたよ? 貴方……本当に人間ですか?」
「知るかっ! 俺は只の料理人だ!」
瑞希はそう言い放つと、ミタスに向かって魔法を使って駆け出していく。
反応したミタスは高く飛び上がり、瑞希を躱そうとするが、シャオの魔法によって上空で待ち構えていたバランが剣を振り下ろす。
「地に這いつくばれ」
バランは相手の体を斬らぬ様に、刃を押し当て地面に突き落とした。
「ここまでですね……」
ふっと力の抜けた兵士の体をシャオが魔法で受け止め、体に触れ魔力を確かめる。
「ばっちぃ魔力は感じんのじゃ」
「この兵士の人は知らないけど一応治しておくか。殴ったのは俺だしな……」
地に降り立ったバランは、瑞希の元へ歩み寄る。
「ミズキ君、街の負傷者も治しては貰えないだろうか?」
「構いませんよ? その代わり魔力薬の用意を念のためにお願いしたいですが……それよりチサは大丈夫か!?」
「問題ないんな! 力は抜けてるけど、怪我はしてないんな!」
「……うぅ~……ちょこ~」
「早く魔力薬を飲める様になれよ……シャオ、チョコ持ってるか?」
「もう無いのじゃ。ミズキは持っておらんのじゃ?」
「あるにはあるけど大人用というか……今のチサに食べさせたら余計具合が悪くなりそうなのしかないんだよ」
「……どんなちょこでも良いから食べたい」
「子供のチサが食べると下手したら酔っ払うぞ? まぁ枯渇状態よりかはまし……か?」
瑞希はポーチからチョコを包んだ紙を取り出す。
「無理だったら吐き出せよ? これはこれで食べ辛いからな?」
「……子供扱いせんといて」
「じゃあほら、あ~ん……」
瑞希はチョコの包み紙を取り、キアラに支えられているチサの口に大人用のチョコを入れる。
口の中でコロコロと転がしながらいつも食べるほろ苦い甘さに顔を綻ばせている。
「……にへへ。いつもの味やん?」
「チョコが無くなる前に早く噛んだ方が良いぞ?」
チサは疑問を浮かべながら、瑞希の言う通りに口の中のチョコを噛み締める。
突如、鼻に抜けるいつもは感じない香りに驚き、口の中に広がる苦さに思わず眉間に皺を寄せるが、チョコの甘さと相まってこれはこれで美味いと感じた。
「……変わった、ひっく、味やけど、ひっく、美味しいやん? ひっく!」
「急にしゃっくりなんぞしだしてどうしたのじゃ?」
「……にへへへへへ! 体がポカポカしてきた! にへへへへへ!」
チサの様変わりした姿にシャオがジト目で瑞希を見やる。
「ミズキ、何を食わしたのじゃ?」
「コロンの実を干して酒に漬けといたのをチョコで包んだ奴だ。こっちの酒を直接入れた奴よりはましだと思ったんだけど無理だったか……」
瑞希は別のチョコを手に持ち、チサの状態を見比べる。
「何でそんな余計な物を作ったのじゃ!」
「俺とバランさん用だったんだよ! お前等がいつもチョコを食べたがるからすぐに無くなって中々作れなかったんだぞ!?」
「うぬぬぬ! わしもちょこが食べたいのじゃ!」
「シャオにはまた別の菓子を作ってやるから我慢してくれ。チサ気分はどうだ?」
「……にへへへへ! ふわふわしてなぁ? ポカポカでなぁ? にへへへへ!」
「ま、まぁ枯渇状態は治ったみたいだし、寝かせておけば大丈夫だろ?」
「……ミズキ! おんぶ! おんぶ~!」
ふらふらとした足取りでチサは瑞希の背中によじ登る。
瑞希は早くも子供にアルコールを含んだチョコを食べさせた事を後悔し始めた。
「うぬぬぬ! チサ、降りるのじゃ! そこはわしの場所なのじゃ!」
「……偶にはええや~ん? うちもミズキとは離れたないし。にへへへへ」
瑞希の背中にしがみつくチサは、瑞希の肩にしなだれかかりながら顔を緩めていた。
「……それに、うち皆を守るために頑張ったんやで~? 御褒美貰わな~?」
「はぁ……バランさん申し訳ないですが、チサが離れそうにないのでこのまま街に向かっても良いですか?」
「それは構わんが……シャオ君が怒っているぞ?」
シャオはチサを下ろそうと服を引っ張るが頑として離れないため、地団太を踏んでいる。
「まぁ……たまに見る光景なので……」
「は~な~れ~る~の~じゃ~!」
「……い~や~や~!」
やいのやいのと言い争いをしている二人の少女に先程迄戦闘をしていた雰囲気は綺麗さっぱり流れてしまう。
「私も参加するんな~!」
「アリーも~!」
「またかよっ! 今はそれ所じゃないから後でっ! バランさん、早く行きましょう!」
キアラとアリベルからはブーイングが起こり、シャオはしぶしぶと云った様子で瑞希の左手を握る。
「それと、そこに縛られてアンナとジーニャが抑えている奴はミタスに操られてという感じではなかったので、そちらにお渡しします」
「わかった。馬車にグランと共にミミカ達を待たせているから一先ず合流しよう。アンナ、ジーニャ、そいつを連れて来てくれ。ミズキ君の客人は城で匿う」
アンナとジーニャはバランの言葉に頷き、縛られた男を引きずる。
「バランよ、城の兵士共はどこだ?」
表に出て来たマリルがバランに尋ねる。
「外で倒れていた。恐らくミタスの奴にやられたのだろう」
「操られてはおらんのか?」
「操られる? そんな魔法があるのか?」
「……ある。とりあえず城で倒れている者はわらわが診よう」
「事情は後で聞かせて貰うぞ……」
マリルはバランの言葉に頷き、瑞希はチサを背負い、シャオと共に馬車へと歩いて行く。
馬車へと向かう途中瑞希は溜め息を吐いていた。
「馬車……モモがシャオを見たらまた怒るんだろうな……」
「モモはわしの味方なのじゃ!」
「シャオは頑張ったからブラッシングの他にマッサージもしてやろうと思ったけど、モモが怒るならマッサージは無しだな」
「うぬぬぬ……それはいかんのじゃ!」
「なら俺の背中はちょっとだけチサに貸してやれ。シャオもチサが頑張ったのは分かるだろ?」
「……わかったのじゃ」
「そのかわり明日はシャオが食べたい物を作ってやるからさ!」
「はんばーぐが良いのじゃ! ペムイと一緒に食べたいのじゃ!」
「屋台で散々ハンバーガーを食べただろ……」
「それは別の料理じゃ! わしははんばーぐが食べたいのじゃ!」
「わかったわかった。なら明日はハンバーグな。目玉焼きとチーズは乗せるか?」
「もちろんなのじゃ! なんだか豪華なはんばーぐなのじゃ! 大きいのが良いのじゃ!」
「じゃあ今日は今から暫く治療に回るから手伝ってくれよ?」
「くふふふ。任せるのじゃ!」
「……にへへへへ~」
チサはいつか見た夢の光景を思い出していた。
二人に追いつきたいと願う少女は、捕まえた背中を抱きしめながら何度も顔を緩ませるのであった――。
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