街中の悲鳴
瑞希達は屋台で買った串焼きを頬張りつつ、広場で腰を下ろし休んでいる。
手に持つ串焼きはモーム肉の塩焼きにチーズがトロリとかかっているのだが、モーム肉の固さはそのままで、チーズが合っているとは言い難い料理だ。
「これならやっぱりチーズはいらねぇよな……」
「こっちのホロホロ鶏でちーずを巻いた串焼きは香草も合ってて中々美味いんな!」
「鶏肉とチーズと香草なら美味いだろうな! やっぱりそっちにすりゃ良かったかな……」
「何でわざわざそっちにしたんな?」
「俺ならやらない組合せだからな。もしかしたら美味いかもしれないだろ?」
「ならミズキは不味いだろうと思いながら買ったのじゃな?」
「ありていに言えばそうだな」
瑞希の言葉にシャオはぷるぷると体を震えさせ、怒り出した。
「ミズキに釣られて買ったのじゃ! わしも鶏にすれば良かったのじゃ!」
「そんな理由で怒られてもな……こっちはどうだ? パンにチーズを練り込んで焼いた奴」
「そんな単純な発想が美味い訳ないのじゃ!」
「まぁまぁ食べてみろって!」
瑞希はシャオの口を塞ぐ様にパンを口に押し付け、シャオは怒りながらもパンを一齧りして咀嚼する。
「……美味いのじゃ」
「表面に出たチーズは香ばしくなってて、中に埋もれたのはチーズ感が有って美味いだろ?」
「単純な組み合わせなのに美味いのが逆に納得いかんのじゃ!」
「……シャオはわがままやな」
「食材の組み合わせって試してみないと分からないのも多いんだよ。俺だって知らない組合せもまだまだあるし、それは試した人だけが分かる味だ。料理の味は歴史の味だな」
「歴史の味?」
「俺が作れる料理は先人達の知恵の塊だよ。もちろんキアラのカレーみたいにレシピはちょいちょい自分好みに変えてるけどな。モーム肉だって、ホロホロ鶏だって誰かが最初に食べようと思ったから今も食べられてるだろ? 初めて食べた人は毒かもしれない物も食べてみて、美味しいと感じたから今もこうやって食べられてるんだよ」
「はんばーぐの時も言うておったな?」
「そう。あれも固い肉を食べようと思った人が試行錯誤したんだろうな。失敗が新しい料理に繋がった場合もあるしな。新しい料理のきっかけなんかどこにでも落ちてるし、どこにもないなら探しに行かなきゃならない場合もある。それが料理人の課題だな」
瑞希は串焼きの最後の一切れに噛り付き、グイっと引っ張り串から外し咀嚼し飲み込む。
「……そういえばあの魔物の肉が美味いとは思ってへんかった」
「オークだって魔物なんな?」
チサはキアラの言葉に首を振る。
「……うちがミズキに食べさせられたんはビッグフロッグや」
「どんな魔物なんな?」
チサはキアラに説明するが、話の途中から怪訝な顔をし始めた。
「ミズキはそんな魔物を良く食べようと思ったんな?」
「……うちもいざ食べるまでに時間がかかったわ」
「でも美味かっただろ?」
「……めっちゃ美味しかった」
「カレーにも合いそうなんな?」
「合うとは思うけど、印象は悪いから止めといた方が良いだろうな。旅先で出てきたら食事が豪華になるってぐらいだな」
キアラはその言葉を聞き、瑞希がまた旅に出る事を思い出す。
「そういえばミズキはまた旅に出るんな?」
「次はボアグリカ地方だな! ちゃんとお土産も買って来るぞ?」
「ちゃんと帰って来るんな?」
「当たり前だろ? 家もこっちに……って城は家じゃないな」
「……どっかに定住せえへんの?」
「ん~……まぁ仕事をしてる内に金が溜まってから、良い所が有ったら家を買っても良いな。ちゃんとシャオの部屋も作ってな!」
「別に部屋はミズキと一緒で構わんのじゃ!」
「俺達が喧嘩したりするかもしれないだろ? 一緒に暮らしてたらそういう時もあるだろ」
「け、喧嘩してもすぐに仲直りすれば良いのじゃ」
シャオは照れ臭そうに頬を赤らめる。
「……可愛い奴め!」
瑞希は思わずシャオの頬っぺたを両手で掴み、むにむにとこねる。
「……なぁなぁ?」
チサはシャオとじゃれ合ってる瑞希の服を引っ張る。
「ん? どうした?」
「……うちの部屋は?」
「へ?」
予想もしてなかったチサの質問に瑞希が固まっていると代わりにシャオが答えた。
「ある訳ないのじゃ」
「じゃあ私の部屋はあるんな?」
「ないのじゃ」
二人の疑問はシャオにバッサリと切り捨てられ、二人はがっくりと肩を落とす。
「ま、まぁ誰かが泊りに来ても良い様に客間は有った方が良いかもな!」
「……泊るんやなくて住む」
「私も一緒に住むんな!」
「わしとミズキの家に勝手に住むんじゃないのじゃ!」
「……ええやん! うちも一緒に住みたい!」
「そうなんな! 私も住みたいんな! きっと皆でいた方が楽しいんな!」
「絶対に毎日騒がしいのじゃ!」
三人は再びギャアギャアと騒がしく言い合いをしているが、瑞希はその光景が楽しそうに見えたので、口を挟まず眺めていた。
瑞希は三人を尻目にチーズパンを頬張っていると、様子が変な人物を見つける。
その人物はフードを被り、顔は見えないが、辺りをキョロキョロと確認し、人が居なさそうな建物に向かって手を翳し魔力を高めた。
瑞希がそれに気付き、すぐにその人物の元に走り寄り、肩に手を置く。
「何やってんだお前!」
「ひ、ひぃぃ! 僕はまだ何もやってない!」
人物のフードが取れると、見覚えのある顔が現れた。
「お前はあの時の……」
その顔は以前チサの訓練の帰りにストーンワームに襲われていた魔法使いの男であった。
「何でこんな街中で魔法を使おうとしてんだ!?」
「ぼ、僕はやってない! 魔法を使おうとなんてしてない!」
男は瑞希の手を払い、人混みを掻き分けながら一目散に逃げだした。
瑞希が男を見失うと、シャオが瑞希に近づき話しかけて来た。
「ミズキ、あちこちで魔力を感じるのじゃ」
「あちこちって、そんなまさか……」
瑞希が軽く否定しようと思った矢先に、遠くから悲鳴と共に煙が上がる。
広場には被害が出なかったため周りの人間達は驚き、固まっているが、ミズキはシャオの手を掴みその場から高く飛び上がる。
上空から見渡すと、煙が一番出ているのはこの後に閉会の挨拶が行われる筈の場所であった。
瑞希は地上に降り立つと、シャオを肩に乗せ、チサとキアラを両脇に抱え、その場から離れる。
「ど、どうしたんな!? 何事なんな!?」
「あちこちで煙が上がってる! ここら辺も安全とは言い難いから一旦城に戻るぞ!」
瑞希は風魔法を足に溜め、跳ねる様にして駆けていく――。
◇◇◇
瑞希が居た場所とは別の広場では、閉会の挨拶を行うためテオリス城の兵士達が忙しそうに辺りの警戒をしていた。
ミミカの護衛をしているグランはミミカのすぐ側に立っており、バランが集まっている民に声を掛けようとした矢先に辺りから爆発音が響く。
「何事だっ!?」
「わかりませんっ! ――わかりませんが……貴方も少々邪魔ですねぇ」
兵士に扮した男はお面の様な笑顔を張り付け、バランに向けて火魔法を放つ。
放たれた魔法をバランが斬ろうとした瞬間に爆ぜ、目を眩ませる。
目を閉じ辺りの気配を伺うバランは大声で叫ぶ。
「グランっ! ミミカを守れっ!」
「仰せのままにっ!」
「はぁ……筋肉馬鹿は暑苦しくて嫌ですねぇ……」
「ふんっ! ミミカ様には指一本触れさせんぞ! ミミカ様! 私に隠れていてください!」
「わかったわ!」
「グラン・クルシュ、参るっ!」
グランはミミカにそう告げ、剣を構え、ミミカを背に隠す。
賊は詠唱をしながら魔力を込め、グランに向け風の刃を放つ。
グランはミミカの壁になりながらも、剣を振り何度か風の刃を斬り落とす。
嫌な予感を感じたグランは小さな風の刃を放置し、体に傷を受けながらも、自分の側面に向け剣を振るう。
「良く気付きましたね?」
賊はにんまりとした笑顔を張り付けながら、グランが大きな風の刃を剣で受け止めているのを感心する。
グランが風の刃を打ち破ると同時に辺りの気温が上がる。
「――大火を以て焼き払えっ! エンディードル!」
グランに隠れつつ詠唱をしていたミミカが賊に向け火魔法を放つ。
「おぉ! 中々の火力ですね! まぁ無意味ですが……」
賊がそう呟くと、突風が吹き、渦巻く炎は反れていきバランに向けられる。
「お父様っ!」
「――撫でる風よ薙ぎ払え! フウ―リーシャ!」
バランに迫ったミミカの炎は別の風魔法で外へ向けて弾き飛ばされた。
「テミルっ!」
「おやおや? この街は魔法嫌いの領主が治めていると聞きましたが、中々に使い手が揃っていますねぇ?」
「ある男に諭されてな……覚悟は良いか? ミタス・コーポ!」
視力が戻ったバランは賊に剣を向け、横薙ぎに剣を払う。
寸でで躱した賊はそのまま後方に下がり、距離を取る。
「バレていましたか? どうやらここまでですねぇ。またどこかでお会いしましょう」
ミタスはお面の様な笑顔を作るとひらひらと手を振り外へと飛び降りて行く。
バランは剣を鞘にしまい、グランに指示を出した。
グランはその場を離れ、会場にいる兵士に指示を出すのであった――。
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