ミミカの成長
厨房に入ったミミカはエプロンを付け、アリベルも子供用のエプロンをアンナにつけて貰う。
調理台の上に材料を乗せ、準備を終えると、ミミカはアリベルを踏み台に乗せ、共に卵を割る。
「そうそう。罅を入れてパカッと割るんだよ」
「んっと……」
アリベルはコツコツと罅を入れた卵をぐしゃりと潰す。
「お姉ちゃんみたいに割れない……」
「あははは! 私もこの間まで割れなかったんだよ? アリベルちゃんと同じ様に卵を潰したなぁ。殻を取れば使えるから大丈夫だよ! じゃあ次はこの卵にモーム乳と砂糖を入れて混ぜよう!」
ミミカはそう言ってから卵にモーム乳と卵を入れ、アリベルにビーターを渡す。
「何これ~?」
「びーたーっていう調理器具なんだ。先生から貰ったんだ」
ミミカは嬉しそうにビーターの説明をし、アリベルに卵液の入ったボウルを渡す。
アリベルの手に自身の手を重ね、シャカシャカと卵液を混ぜる。
「すぐ混ざるんだね~!」
「これぐらい混ざったらバットに移して、少し厚い目に切ったパンを漬け込むの。液が染みるまでに次の準備をしよっか!」
「お嬢、生クリームに砂糖を入れてあるっす」
ジーニャがミミカにボウルを手渡し、アンナはそのボールより一回り大きなボウルを用意する。
「ありがとう。……我望むは氷結の雫……」
ミミカは静かに詠唱をして、アンナが用意したボウルに細かな氷を入れる。
「すご~いっ! お姉ちゃん魔法使いなの!?」
「えっへん! でも水の魔法は苦手だからお料理に使うぐらいしか出来ないけどね」
ミミカは苦笑しながら、目を輝かせるアリベルに説明をする。
「でもこの間ミズキさんにお嬢がお料理に魔法を使って氷を出してるって言ったら羨ましがってたっすよ?」
「羨ましがる!? ミズキ様が私をっ!?」
「ミズキ殿は自由に魔法を使えませんからね。まぁでもシャオ殿が横にいるので大丈夫ですが」
「それもそうよね……でもミズキ様が羨ましがってくれたんだ……えへへ」
「お姉ちゃんお顔が赤いよ~?」
アリベルに指摘されたミミカはパタパタと自分の顔を手で仰ぐ。
「何でもないのっ! じゃあ先生に習った魔法をアリベルちゃんに披露するね!」
「また魔法を使うの!? 見たい見たぁい!」
アリベルが踏み台の上でぴょんぴょんと跳ねていると、ミミカは氷を入れた大きなボウルの中に生クリームと砂糖を入れたボウルを重ねる。
「今はこんな感じで液体だよね? これを今から先生に習ったやり方でかき混ぜると……」
ミミカはビーターを上下に叩きつける様にしてかき混ぜる。
瑞希が初めて教えた時のたどたどしさは感じられず、腕の回転も、混ぜ方も慣れが見て取れる。
「本当に混ぜ方が上手くなったっすよねお嬢」
「何回も作ってるもの、当たり前よ!」
「何回も作って食べるからテミルさんに怒られましたけど……」
「きょ、今日は特別だからっ! アリベルちゃんにも食べて欲しいもん! ねぇ~? ……どうしたの?」
「なんかさっきより固くなってきてるっ!」
「まだまだっ! もっとかき混ぜるんだよ~!」
ミミカが引き続き生クリームをかき混ぜると、しっかりと角が立つようになり、ホイップクリームを完成させた。
「はぁ~疲れたっ! どう? すごいでしょ?」
「魔法みたいっ! さっきまでしゃぱしゃぱだったのに!」
「でしょでしょ! じゃあパンの準備もできたと思うから焼いていこうっ!」
「お~!」
アリベルはミミカの号令に可愛らしい拳を振り上げる。
ミミカは竃の中に薪を入れ、小さく詠唱をすると、ポッと火が点きパチパチと音を立てる。
「鉄鍋を軽く温めたらばたーを入れて、卵液を染み込ませたパンを入れる……っと」
ミミカは瑞希に口頭で教えて貰った注意点に気を付けながらパンを焼く。
「こんなに弱火で良いんすか?」
「あんまり強火だとばたーが焦げるから、中まで熱くなる前に苦くなるんだって」
「アリー苦いの嫌ぁ……」
「私も嫌ぁ~」
「あははっ! 変な顔~!」
ミミカはアリベルの口調を真似しながらしかめっ面をすると、アリベルが面白がる。
「だから最初はこうやって弱火で焼くんだって! じゃあアリベルちゃん、これでひっくり返してみようか?」
「出来るかな~?」
アリベルはフライ返しの様な道具を手に持ち、ミミカに支えられながら鉄鍋に手を伸ばす。
一枚目を綺麗にひっくり返し、アンナとジーニャが拍手をする。
「上手上手! じゃあ全部ひっくり返していこう!」
「おー!」
アリベルがひっくり返し終わると、ミミカはアリベルの頭を撫でて笑顔で褒める。
「上手に出来たねぇ!」
「むふー!」
アリベルは褒められたのが嬉しかったのか、鼻息荒く得意げな表情をする。
パチパチと乾いた焼き音が聞こえてくると、アンナはお茶を、ジーニャは皿を用意をし始めた。
ミミカは焼き上げたフレンチトーストを皿に乗せると、ホイップクリームを革袋に詰める。
以前瑞希が調理器具として街内で作らせた物をミミカも貰っていたのだ。
「じゃあアリベルちゃんに最後のお手伝いしてもらおうかな!」
「次は何するの!?」
「この袋をギュッとするとくりーむが出てくるから、お皿の上に盛り付けてみよう!」
ミミカはアリベルに革袋の持ち方を教え、アリベルに手を添えたまま一皿盛り付ける。
にゅるにゅると出てくるホイップクリームが楽しいのか、ついつい力が入ってしまい、ホイップクリームが高くなってしまう。
「まだ他のお皿もあるから、全部に盛り付けてくれる?」
「うんっ!」
ミミカは革袋から手を離し見守る。
アリベルは楽しそうに笑顔で生クリームを盛り付けていった――。
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「美味しいぃぃ!」
「でしょ? 甘い物って美味しいよね!」
「お姉ちゃんもお料理上手だねっ!」
屈託のない笑顔でアリベルはミミカに伝える。
「先生が凄いんだよ。私なんかまだまだだもん」
口では謙遜しても、やはり子供からであっても美味しいと言われるのは嬉しいのか、ミミカの顔はにやける。
ふと気付けば、アリベルの表情がどこか大人びていた。
「くくっ。姪が作った物でもなにやら心が温かくなるな」
「あっ! マリル叔母様ですね!? どうですか私の料理は?」
「美味いぞ。ミミカが作った酒に合う料理も食べてみたいが……アリベルに迷惑はかけれんしな」
「お酒ですか……そういえばお酒を使った甘い物もあるとミズキ様が言ってましたね……直接飲むよりかは良いのではないでしょうか?」
「酒を甘い物に? 何やら気になるが……おっと、アリベルが怒ってるのでわらわは戻る。良かったらミミカの空いてる時間で構わぬからアリベルを可愛がってやってくれ」
「はいっ!」
ミミカが返事をすると、ぷりぷりと怒り心頭にアリベルがフレンチトーストに手を伸ばす。
「もうっ! マリルったら急にお姉ちゃんの料理を食べさせろってアリーを押しのけたんだよ!」
「うふふ。マリル叔母様もアリベルちゃんが美味しそうに食べてるのが気になったんだよ! お父様はまだ仕事がありそうだから、この後は絵本を読んであげよっか?」
「絵本っ!? 読んで読んで! じゃあ急いで食べるね!?」
「絵本も料理も逃げないからゆっくり食べようね?」
ミミカは笑顔でアリベルの口元を拭く。
アリベルは頷くと再び幸せそうにフレンチトーストを食べてるのであった――。
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「あれ? ミミカとアリベルは?」
「ミミカ様はアリベル殿に絵本を読んでいたのですが、そのまま眠ってしまいました。夜には祭りの閉会の挨拶もありますので今の内に休んでおられても良いかと思いまして」
「そっか……アリベルの良いお姉さんをやってるんだな」
「ミズキ殿はもう屋台を終えられたのですか?」
「おう! おかげさまで行列が続いて早い時間に売り切れたよ! 開店前に少しごたごたがあったけどな。そうだ、バランさんにも一応伝えといてくれるか? 憲兵の人達にも伝えたんだけど、驚いたような顔をしてたから少し気になってな」
瑞希はアンナに朝方に起きた事情を説明する。
「――ミタス・コーポですか……すみません、私は賞金首に乗る様な人物には疎いのでわかりませんが、憲兵をしていた兄なら知っていると思います。聞いて来ましょうか?」
「いや、今はこいつらを祭りに連れてかなきゃいけないから、また夜にでも教えて欲しい。さすがに城まではアリベルを取り返しに来ないと思うけど、用心はしておいてくれ」
「わかりました。ミズキ殿も気を付けて下さいね?」
「次にまた瑞希に手を出すのなら容赦はせんのじゃっ!」
「ふふ。そうですね。ミズキ殿もお強くなられましたし、シャオ殿が居られるなら安心ですね」
アンナは微笑みながら二人を見やる。
痺れを切らしたのはチサとキアラだ。
「……はよ行かな店が閉まる!」
「そうなんな! 早く行くんな!」
チサとキアラが瑞希の腕を掴み引っ張る。
「わかったから引っ張るなって! サランとクルルはどうする?」
「私は人混み嫌いだから良いや。サランちゃんは?」
「私もちょっと疲れたから休憩しとこうかな」
「ではお二人にはお茶を入れますので、部屋でゆっくりなさって下さい。ミズキ殿はチサ殿達の為にも早く行ってあげて下さい」
「そうさせて貰う。じゃあ三人共行くぞ! はぐれない様に注意する事っ!」
「「はぁ~いっ!」」
「ふんっ! さっさと行くのじゃっ!」
元気よく返事を返したチサとキアラに比べ、シャオは少し強がって見せた。
しかし、素早く瑞希の手を掴んだ所を見ると楽しみにはしているようだった――。
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