アリベルとミミカ
――時刻は少し遡り、昼前のテオリス城では、誰も居ない部屋のベッドの上でアリベルの目が覚めた。
周りを見渡しても当然誰も居らず、ふわふわとしているベッドの上を移動し、ゆっくりと部屋の扉を開ける。
昨日優しくしてくれた人を見つけたいのだが、扉から覗き込んだ視界には、広い廊下を知らない大人達が歩いていた。
部屋を出る勇気も出ないが、昨日の人には会いたい。
どうしようか悩むアリベルは部屋に戻り、目を瞑って自身の胸に問いかけた。
暗闇の中で浮かび上がる扉を開けると、スラリと手足の長い女性が椅子に腰かけている。
アリベルはマリルに飛びつき、マリルの膝の上に乗る。
「マリル~! お兄ちゃんがいないよぉ!」
「アリベルは良く寝ておったからの。あの者達は仕事に出たのだ」
「え~! 起こしてくれたら昨日みたいにアリーも手伝ったのにぃ!」
「アリベルは疲れておったからな。あの者達も気を使って休ませてくれたのだ」
「えぇ~? アリーは元気だよ?」
「そうさな……所でアリベルはこれからどうしたい?」
「ん~……お兄ちゃんに会いたい!」
「今夜にでも会えるであろう。そうではなく故郷に戻りたいか?」
「嫌っ! 知らない人ばっかりの所より、お兄ちゃんがいるここが良い!」
「だがこのままという訳にもいかんであろう?」
「アリーはお兄ちゃん達といるっ! お兄ちゃん達はねぇ~温かいのっ! お兄ちゃんに抱っこされた時にぽわぽわ~ってなったの!」
マリルはアリベルの親を知っている。
父親は言わずもがな王であり、母親は妾。
すなわち愛人の様な物なのだが、アリベルの母は少し立場が違った。
アリベルの母は王都で美人と言われていたが、貴族ではなく、平民である。
王が都内を散歩している時に目を奪われ、声を掛け、王宮内に招き入れた女性である。
傍から見ればシンデレラストーリーなのだが、アリベルの母にとって王宮内での生活は苦痛であった。
他の妾からは平民であるアリベルの母を陰湿に責め、耐えられなくなったアリベルの母は、三カ月もしない内に王宮を離れ王都へと戻って行った。
「父に会わなくても良いのか?」
「パパは顔も覚えてないもん……」
王都に戻ったアリベルの母は直ぐに自身の体の変化に気付いた。
しかしこの事が知られればまたあの王宮へと戻る事になるかもしれないという事に怯え、隠した。
そして数年が経ち、アリベルは誰が父親と知らされぬまま母の手一つで育てられている時に貴族の使いがやって来た。
アリベルに物心が付き、次世代の王候補になり得る存在という事実が、貴族間で発覚した事でアリベルは王位を争う周辺貴族から目を付けられたからだ。
アリベルの母親の中の葛藤の末、母親はアリベルを泣く泣く手離す事になる。
だが、母親は使いに王への伝言を頼んだ。
アリベルが幸せでいられる環境にして欲しいと。
使いの者は快く承諾し、母親からアリベルを手に入れると、病に侵され始めた王の座を狙い、アリベルの処遇を我が物にした。
そしてアリベルの存在が邪魔だと思った貴族が、その存在を消そうと動いた。
「では母に会いたくはないのか?」
「ママがアリーに会いたくないんだもん……」
アリベルは周りの人間から事実を捻じ曲げられそう伝えられていたのだ。
当然事実はそうではない。
アリベルの母はアリベルを愛していたし、手放したくはなかった。
しかし、平民を押さえつける事など容易である貴族はアリベルから母を引き離し、母は貴族から突きつけられた条件を泣く泣く飲み込んだ。
アリベルが幸せに暮らせるならばと……。
「アリベルの母か……わらわはアリベルの記憶でしか母君を知らぬが、果たしてあれ程の愛情を注いでくれた母君がアリベルに会いたくない等と言うのであろうか……」
マリルが思案していると、外部からマリルを呼ぶ声がする。
「誰か部屋に来たよ?」
「わらわが出よう。アリベルは出たくなったら出てくればよい」
マリルはアリベルを椅子に座らせ、空間に浮かぶドアを開ける。
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マリルに切り替わった体はすっと目を開け、ノックの声に返事をする。
「起きてますか? ミミカです」
「ミミカか、何用だ?」
マリルは扉を開け、ミミカを招き入れた。
「お早うございます。えっと……マリル叔母様でしょうか?」
「左様。アリベルは内に籠っておるな」
「そうですか。ミズキ様が仕事に行ってる間にアリベルちゃんが暇をしてたら構ってやってくれって言ってましたので、一緒に甘い物でも作ろうかと思いまして」
「ほほう? ミミカは料理が出来るのか?」
「難しいのは出来ませんけど、甘い物は良く作るんです。アリベルちゃんが私の作ったクッキーを気に入ってくれたみたいなので、この前ミズキ様に教えて頂いたふれんちとーすとを一緒に作ろうかと思ったのですが……」
「左様か……バランはまだ仕事中であろうしな……」
マリルがそう呟くと、表情が子供らしく変化した。
「作りたいっ!」
「アリベルちゃんかな? じゃあお着替えしてから一緒に厨房に行こう!」
「うんっ!」
その返事を聞いたアンナとジーニャが着替えを持って部屋に入って来た。
「アリベルちゃんっすね? 初めましてっす! うちはジーニャって言うっす! じゃあ今から着替えさせるから元気よく万歳するっす!」
「ばんざぁい!」
アンナは元気よく声を出しながら万歳をしたアリベルの服を脱がし、ジーニャが新しい服を着させる。
ミミカも見覚えがある厚手のワンピースだ。
「懐かしい~! これ昔私が着てた奴だよね?」
「そうなんすか? テミルさんに渡されたんすけど……確かにお嬢が似合いそうな服っすね」
「はい、じゃあ足を上げて~?」
「こう~?」
アンナはアリベルの前でしゃがみ込み、上げた足を自身の太ももに乗せ靴下を穿かせる。
「良し。ミミカ様、着替えが終わりました」
「じゃあ一緒に厨房に行きましょうか。アリベルちゃんは甘い物は好き?」
「好きー! 昨日のお菓子もね、美味しかったよ!」
「うふふ。あれはお姉ちゃんが作ったんだよ? 今から作るのはもっと美味しいんだよ~?」
「ほんとにっ!? アリーも作れる!?」
「大丈夫っ! お姉ちゃんもこの前までお料理出来なかったのに作れてるから! お姉ちゃんの料理の先生は凄いんだよ~?」
「アリーも会ってみたい!」
「アリベルちゃんはもう会ってるよ~? 誰か分かるかな~?」
幼女は首を傾げながら考える。
少し考えた後、一緒に料理をした事のある男を思い出した。
「わかった! お兄ちゃんだっ!」
「うふふ。正解っ! じゃあ早速作りにいこっか!」
「うんっ!」
ミミカはアリベルと手を繋ぐ。
ミミカとアリベルは姉妹の様に仲良く厨房へと向かうのであった――。
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