最終日の新商品
ミタス・コーポというお面の様にやらしい笑顔を張り付けた男が去ってからは、瑞希達は平和に営業をする事が出来ており、昼前の祭り最終日という事で人の多さも上々であった。
瑞希達は朝方の出来事は一旦置いておき、自分達の仕事に集中していた。
そんな中、市場の野菜売りの婦人が瑞希を訪ねて来ていた。
「いらっしゃいませ! ……ってお姉さん、買いに来てくれたんですか!」
人前でも瑞希は嬉しそうにお姉さんと呼び、行列に並んでいた他の客は瑞希の言葉に疑問を浮かべている。
シャオとチサは仕事をしながらその光景を目の当たりにし、クスクスと笑っていた。
「うふふ。やだよミズキちゃん! 人前でお姉さんだなんて!」
「わはは! 俺もちゃん付けで呼ばれてますから御相子ですね! でも店に来てくれて嬉しいです!」
瑞希は照れ臭そうに笑顔を見せながら、シャオとチサに少し店を任せ、婦人と会話を続ける。
「そりゃあ買いに来るわよ! と言っても実はもう食べたんだけどね!」
「あれ? お知り合いの方が買ってくれてたんですか?」
「うちの息子達がね! あたしも旦那も自分の店から離れられなかったここの場所を伝えて買って来て貰ったのよ! ミズキちゃんがどんな料理を作ったか楽しみに食べてみたらもうびっくらこいたよ! そしたら家族で取り合いになっちまって、昨日は次男が、今日はあたしが買いに来たって訳さ!」
「わははは! そんなに喜んで貰えてるなら良かったです! いつもおまけして貰ってるので、お返しにこれを入れておきますね!」
瑞希は休憩時に食べようと、先程作ったテリヤキバーガーを何個か婦人の袋に入れる。
昨日のテリヤキチキンバーガーとは違い、本日のはパテを使った物だ。
「テリヤキバーガーって言うんですけど、これはポムの実を使ってなくて、キャムと特製ソースを使ってます。妹達の昼御飯にしようかと思ったのですが、また作るのでどうぞ」
「あら~悪いわね? でも嬉しいよ! ミズキちゃんもまた野菜を買いに来ておくれよ?」
「勿論ですっ! ありがとうございましたっ!」
瑞希は野菜売りの婦人に手を振り見送る。
屋台に戻ると、瑞希の会話を聞いていた他の客が先程のおまけで入れたテリヤキバーガーが気になった様で、買えないのかとシャオとチサに尋ねていた。
瑞希は事情を聞き、並んでいる客に少し待って貰い、シャオとチサに尋ねた。
「屋台も三日目で二人も慣れて来たと思うけど、テリヤキバーガーを入れてもちゃんと作れそうか?」
「大丈夫じゃ! 大船に乗ったつもりで任せるのじゃ!」
「……余裕やわ!」
「全く違う具材を挟んだり、バラバラに注文をされるからオペレーションもガラッと変わるんだけど……まぁこれも経験だな。よしっ! じゃあ今からテリヤキバーガーも増やすぞ!?」
「「おぉ~!」」
シャオとチサは瑞希の最終確認に、小さな拳を突き上げ元気に返事をする。
瑞希は返事を聞くと直ぐに鉄板にパテを並べ焼いて行く。
「お待たせしました~! 今から最終日限定の新商品、テリヤキバーガーも販売しま~す! 普通のハンバーガーと値段は同じですが、御一人様ハンバーガーとテリヤキバーガーを組み合わせて四個までの購入でお願いします! ちなみにハンバーガーだけを四個買うってお客様はおられますか?」
瑞希は並んでいた客に大きな声で新商品の説明をし、ハンバーガーだけを買う客には先に渡しておこうかと思い尋ねたが、誰一人手を上げる事はなかった。
それもそのはず、ここに並んでいる客はリピーターであり、初めて買いに来た客もいるが、その客も知人から噂を聞いて並んでいた者だ。
この店が出す新商品というのを食べたくてしょうがないのである。
「ん~ハンバーガーだけって人は居ないか……じゃあシャオとチサはとりあえずハンバーガーの作り置きはあるから、テリヤキバーガーを包んでいってくれ!」
瑞希はシャオとチサに指示を出すと、焼けたパテにテリヤキソースをかけ、じゅわっという音と共に辺りに香ばしい香りが広がる。
シャオとチサは切り分けたパンにキャムの葉のレタスに似た部分とタレを纏ったパテを乗せ、マヨネーズたっぷりと乗せ挟む。
そしてパテを焼き上げる空白の時間を利用して瑞希はシャオ達が作った物を紙で包む。
ある程度の作り置きが出来た所で、瑞希は並んでいた客に数を確認していく。
「お待たせしました! 何個ずつ要りますか?」
――普通のも食べたいから二個ずつ頼む!
――私は普通のを一個とてりやきを三個!
――どうせならてりやきを四個で頼もうかな! 香りからして絶対美味いだろ!?
瑞希は先頭三名から二千コルずつ受け取り、シャオとチサにオーダーを流す。
「シャオ、チサ! 先に言う個数が普通のハンバーガーで、後から言うのがテリヤキな! 二個二個、一個三個、ゼロ個四個! 分かったか?」
「はんばーがーとてりやきが二個ずつがこれじゃ!」
「……これがはんばーがー一個とてりやき三個!」
「これがてりやき四個なのじゃ!」
「正解っ! お待たせしました! お次の方は……」
瑞希は注文を聞きつつ、パテの量を調整しながら次々に調理を進める。
「次は普通のバーガーを十個作っといてくれ! その後テリヤキを十個頼む!」
「了解なのじゃ! チサ、わしはてりやきが焼けたら、そちらにかかるのじゃ!」
「……じゃあうちは普通のが出来たら袋に詰めてくな!」
「(本当に賢い奴等だな……) 次のオーダー! 二個二個! 一個三個! 三個一個! 二個二個! シャオ、テリヤキのパテとパンをここに置いとくぞ?」
瑞希は二人のやり取りを聞きながら、役割分担をしている事に感心する。
テリヤキバーガー用の食材をシャオの側に置き、瑞希は先に客から金を頂く。
「わかったのじゃ! チサ、わしはてりやきにかかるのじゃ!」
「……りょ、了解! えっと、二個二個が二袋と、一個三個が二袋……「惜しいっ! 一個三個と、三個一個だ! とりあえず二個二個の袋をくれ!」」
チサは瑞希に二袋手渡す。
「順番前後してすみません! 普通のとテリヤキが二個ずつ入った袋です!」
「こっちが一個三個で、こっちが三個一個なのじゃ!」
「あいよ!」
瑞希はそれぞれの客に袋を手渡し、その後もどんどん客を捌いて行くのであった。
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昼下がり、漸く客がまばらになった所で瑞希達は休憩をしていた。
「昼時の客入りはさすがに最終日だけあってすごかったな。 お前等もよく新しい商品を混ぜても対応できたな! テリヤキバーガーも上々の評価だし、混ぜて良かったよ」
「……うちはシャオとミズキに助けてもろてたわ」
チサは少し落ち込みながらテリヤキバーガーを齧る。
「それでもついて来れたんだから偉いよ! お前達が居なかったら今日のお客さんはこれを食べれてなかったんだぞ? お客さんからしたら、シャオ様、チサ様だよ!」
瑞希はチサを励ます様にチサの頭を撫でながら声を掛ける。
「それに近くでテリヤキを食べたお客さんの反応を見たろ? ジャルはキーリスの人達でも美味いって思えるんだよ」
「……にへへ。それは嬉しい」
チサは嬉しそうに笑顔を見せる。
「シャオはどうだった? 初めての飲食店は?」
「そ、それなりに楽しいのじゃ!」
「それなり~? 途中からずっと笑顔だったくせに……でも人に喜んで貰えるのって嬉しいだろ?」
「くふふ。そういえばミズキが言っておったおぺれーしょんが変わるとはどういう事だったのじゃ?」
「オペレーションってのは作業の仕組みって事だよ。ハンバーガーだけ作るならお客さんの注文は一定だし、調理も一つだけだから簡単だっただろ?」
シャオとチサはうんうんと頷きながら瑞希の話を聞く。
「そこにテリヤキバーガーを混ぜると、お客さんの注文が色々になるし、調理手順も単純に二倍になる。するとさっきまでやってた作業の仕組みが使えないからそれを変えなきゃいけない。それがオペレーションの変更だよ。最初は二人が同じ作業をやってたけど、途中からシャオが指示を出して作業を分けただろ? あれはシャオが作業を効率化したんだ。もっと細かくなると、マヨネーズとかケチャップの位置、食材の置き場所なんかを話し合って全員が使いやすくて効率が良い様に作っていくのが大事なんだ」
「……そこまでしてテリヤキを増やす必要あったん?」
「そりゃその方がお客さんが喜ぶだろ。シャオが美味しいって言ったハンバーグと、チサが好きなジャルを使ったテリヤキバーガーを食べたお客さんの反応を見たろ? 皆嬉しそうだったじゃねぇか? 料理人としてはお客さんのあぁいう顔が見れたらたまらなく嬉しいもんさ」
「なら初日から出せば良かったのじゃ?」
「それだと仕事に慣れてないから作業がパンクするだろ? 三日目になって仕事に慣れたお前等が居たから出してみても良いかなって思えたんだよ。だから二人が居てくれて良かった! 手伝ってくれてありがとうな!」
「くふふふ……」
「……にへへへ」
瑞希は笑顔で二人に感謝を述べる。
瑞希の率直な感想を聞いた二人は照れ笑いをしながら瑞希にしがみつく。
瑞希は二人の頭を軽く撫で、残り少なくなってきた食材を売り切るために調理を再開するのであった――。
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