祭り三日目
翌朝、屋台の仕込みを終えた瑞希達は、食堂で朝食を食べていた。
本日の朝食はペムイの塩むすびと澄まし汁、それに卵焼きと糠漬けをチサが用意した。
瑞希が考え事をしながら塩むすびを齧ると、シャオからお叱りを受ける。
「折角チサが作った朝食じゃというのに、心ここにあらずと云った状態じゃな?」
「……美味しくないん?」
「ごめん! 朝食は良く出来てる! 卵焼きもペムイも美味い!」
瑞希はハッと我に返ると、卵焼きとおむすびを口に入れ咀嚼する。
「どうせあの幼子の事でも考えておったんじゃろ?」
「……むぅ。今日は祭り最終日やのに!」
「キアラ達は最終日という事で早くから準備をしに行ったと云うのに……」
「悪かったって。営業はちゃんとするから!」
「当たり前じゃ。それにしてもこの街の者は災難じゃな?」
「なにがだよ?」
「今日でミズキの料理が食べれなくなるのじゃ!」
「何だそんな事か。確かに俺が料理を作る場所は無くなるけど、俺のレシピはチーズを扱ってる店ならどの店にもあるからな。それにリーンの店だってあるし、美味い料理を食べさせてくれる所はどこでもあるさ」
「……むぅ。でもミズキと店をやるのは楽しそう」
「いつかはやるさっ! その時には二人にも手伝って貰うから宜しくな!」
「「当たり前じゃ(や)っ!」」
「じゃあさっさと朝食を食べて、最後の屋台を楽しもうか!」
瑞希はガツガツと朝食を平らげて行く。
汚れた食器は魔法使いの師弟コンビが慣れた様子でチサが洗い、シャオが乾かす。
瑞希は食材等を馬車に詰め、モモに声を掛けて、三人を乗せた馬車は今日も屋台へと向け走り出す。
◇◇◇
先に屋台で準備をしていたキアラ達は困り果てていた。
先日のならず者達よりも屈強そうな男達に昨日の騒ぎの事を聞かれ、ならず者なら憲兵に連れてかれたと言ったら、誰が捕まえたのか、その捕まえた奴はどんな奴かをしつこく聞いて来るのだ。
「だから知らないって言ってるんな! 商売の邪魔なんなっ!」
キアラはあまりのしつこさに苛立ちを隠せなくなり、つい大声を上げてしまう。
「キュー!」
キアラの姿が目に入った馬車を曳くモモが一鳴きすると、キアラ達はその鳴き声に反応し、モモの姿を見て安心した。
客ではないであろう連中を視認した瑞希は、馬車から降りると男達に呼びかける。
「お前等子供をビビらせて何してんだ!?」
「ミズキ~! こいつらが昨日のならず者を捕まえた奴を出せってしつこいんな!」
瑞希は状況からして、アリベルを探している奴等だと当たりを付けると、男達に正直に正体を明かす。
「昨日の奴等をやったのは俺だ。お前等の目的はなんだよ? 憲兵に渡した報復か?」
男達の中から代表して話すのは、他の男達に比べ小柄な男で、嫌らしい笑みを浮かべていた。
「お初にお目にかかります。私はミタス・コーポと申します。以後お見知りおきを……」
「ならず者達をけしかけて来る奴等と知り合うつもりはないから自己紹介は良いや。んで? うちの弟子にうざ絡みしてたのはどういう了見だよ?」
「いえいえ誤解ですよ? 私達は報復のために貴方を追ってた訳ではなくて、御礼を言いたかっただけです。見た目とは裏腹にお強いんですねぇ?」
「御礼を言われる筋合いはねぇよ。それに俺が強いんじゃなくてあいつ等が弱いだけだろ?」
「確かにそうですねぇ……人探しもまともに出来ないクズ共ですからね」
「それはお前等もだろ? 人がいない時に女子供に寄ってたかって……まぁいいや。用が済んだならさっさと帰ってくれ。商売の邪魔だからな」
瑞希がそう言うと、シャオは瑞希の背中に飛びついた。
瑞希はシャオの行動に何かを感じたのか、意識をこっそりと戦闘へと向ける。
「用件はこれからですよ。私は貴方に興味が湧いたのです。それだけお強いのですから料理なんかせずに私に雇われては貰えないでしょうか?」
ミタスと名乗った男はニンマリと不気味な笑みを浮かべる。
「イ・ヤ・ダ! 料理の楽しさを知らない奴と仕事なんかしたくねぇからな」
「そうですか……でも私達の仕事も楽しいんですよ? 人を屈服させるのなんかは特に……ふふ」
ミタスの言葉が発せられると同時に辺りに重苦しい空気が生まれる。
だが瑞希は大きく息を吐き言葉を返した。
「お前が俺の仕事を知らない様に、俺もお前の仕事は知らねぇ。楽しいと思う所も人それぞれだろうし、お前の仕事がどんな事だろうが知ったこっちゃない。ただ……」
「ただ……何でしょう?」
「俺に関与する人が不利益を被ったなら俺も手が出る。出来ればこのまま関わらないで貰いたいんだけどな」
「ふふふふ。それが無理なのは貴方も承知の上でしょう?」
「お前等は何で魔法使いを集めるんだよ?」
「それは秘密です。あぁ、でも仲間になってくれるなら御教えしますよ?」
「なら知らなくて良いや」
「そうですか……困りましたねぇ……それでは貴方が邪魔者になってしまいますよねぇ?」
ミタスがそう言いながら指を鳴らし、引き連れている周りの男達に合図を送る。
男達は瑞希に飛び掛かろうとしたが、瑞希がぶつぶつと何かを呟きながら魔法を使用した。
瑞希が使用した魔法は風魔法であり、男達の後頭部を狙って呼び出した風球はミタス以外の男達に命中し、意識を刈り取って行った。
「やはりあなたも魔法使いでしたか。詠唱文は聞き取れませんでしたが、この早さ……ますます協力して欲しいんですけどねぇ?」
瑞希はミタスの言葉を無視しながら、ミタスに手を翳しながらぶつぶつと呟く。
瑞希の周りに現れた氷柱はミタスの足元を狙う。
「風よ……」
「逃がさねぇよ」
ミタスが一言放つと跳躍と合わせて風が起き、ミタスの体は勢いよく上空に跳ね上がる。
瑞希はそうするのが分かっていたのか、ミタスのさらに上空からミタス目掛けて風球を打ちおろす。
風球はミタスの体に命中し、落ちて来るのだが、ミタスはニヤニヤと笑いながら詠唱をしていた。
「ばっ……街中だぞ!?」
魔力の大きさに気付いた瑞希は慌てて手をミタスに翳して、氷魔法を放つ。
ミタスが放った巨大な火球は瑞希の放った大きな氷の壁に阻まれ蒸発して消える。
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蒸気が消え、周りを見渡してもミタスの姿は無かった。
「最後の魔法は詠唱も無いのに素晴らしい魔法でした。貴方が本当に詠唱を出来るなら私の魔法などとても敵わないでしょうね~? 私も忙しい身分ですので今日はお暇させて頂きます。……そうそう。そこに転がってるクズ共はどうぞ差し上げますのでお好きになさって下さい。では……」
姿は見えないのに、声だけが風に乗って辺りに響く。
瑞希は詠唱をしていない事を誤魔化し切れなかった歯痒さと、街中でも構わず魔法を放つ様な奴を逃がしてしまった事を悔やんでいた。
「くっそ! 逃がしちまった!」
「あやつはミズキの性格を分かった上で逃げの手を打ったのじゃ。それに周りの被害を考えなければならんわし等とは打てる手が違いすぎるのじゃ」
「そうだけどさ……。くそっ! 屋台の初日から最終日までいらん出来事が多すぎる……こういう時は無心で料理を作ろう」
瑞希は目を瞑り、大きく息を吐き、意識を料理人へと切り替えようとしたが、瑞希の服をチサが引っ張る。
「……ミズキ、憲兵達が集まってきたで?」
「……ですよね」
これで三日共兵士のお世話になっている瑞希はトラブルメーカーとして認定されたに違いない。
そう思った瑞希は、ニコニコとしながらも血管を浮かばせ近づいて来る憲兵に観念して事情を話す。
事情を聞いた憲兵達は気絶している男達を引き取りながら、瑞希に聞いたミタス・コーポという名に驚くのであった――。
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