アリベルの正体
久方振りに出会った姉を名乗る幼女からしこたま怒られたバランは、ぐったりとしながら顔を伏せている。
自分の娘を遠ざけるとは何事か、こんなにも可愛い娘を放置するとは何事か、お前はそれでも親かと、言い続けられたバランはミミカに慰められていた。
「全くっ! 確かにわらわ達も親子仲は大して良くなかったが、其方が同じ事をしてどうする」
憤慨する幼女を尻目に、ミミカは慰めの言葉をバランにかける。
「今のお父様なら大丈夫よ? 愛されてる実感もあるわ」
「いや、ミズキ君に言われた時も堪えたが、ミミカには本当に悪い事をした」
「くふふ。中々に面白い光景じゃな」
「こら。とりあえず話を進めたいのですが、マリルはこれからどうしたいんだ? 攫われたアリベルをやはり故郷に戻したいのか?」
瑞希の言葉にマリルが言葉を返す。
「まずアリベルの正体だが、アリベルは王族の娘だ」
「……は?」
「とは言っても継承権で言えば末席近くだろう。それにこの子は王族の中でも王家の姓を名乗る事を許されておらん。所謂妾の子だ。それに継承権を持つ者からは疎まれておるしの」
「疎まれてるって何で?」
「アリベルの魔力量であろうな。この子は魔法をまだ使える訳ではないが、魔力量は王家の中では多かった。いずれ魔法が使える様になれば継承権の順位が入れ替わる恐れがあるからだ」
「魔力と魔法で継承権が? それにしてもそんな事で妹を嫌うってのもな……貴族様の考える事はわかんねぇな。別に家督なんて継げなかったら自分のやりたい事をやれば良いのに」
「くっくっく。わらわも今となってはそう思う。だがそう言ってた男は何故かこちらの地方の領主をやっているのだから巡り合わせというのはわからんな」
マリルは瑞希の言葉が何かに引っかかったのか、笑いながらバランの事を言ってるかの様に独り言ちる。
「そういえばバランさん達の出身はこっちじゃないんですか? マリルに田舎者って言われましたが」
「私自身はボアグリカ地方出身で、比較的王都の近くだな。確かにあの辺りに比べるとこちらの方は田舎と言わざるを得ないかもしれんが……」
「あれは其方がアリベルの顔も名前も把握してなかったからだ。王都の人間であれば衣服や顔で気付いてもおかしくないと思ったのだ」
「じゃあ貴族であるバランさんは何で気付かないんだよ……ってそうか、マリルの名前で呼んだし、服もシャオの服か。そりゃわからないか……」
「アリベルの事も風の噂で聞いた程度だ。そもそも王族の跡目争い等今に始まった事ではない。直系の者達は勿論、遠縁の者も継承権があれば争いに参加するからな」
バランはそう告げると、カップのお茶を啜った。
「所が事態は急を要する事となった。王の具合が悪くなったからの」
「そんな話は聞いてないぞ?」
バランはカップから口を離し、マリルに目を合わせる。
「王宮に居る者の一部しか知らされておらんからな。なのでもう跡目争いは始まってると言えるだろう。その証拠が今回の人攫いだ」
「まさかアリベルは意図的に身内に狙われたのか?」
「左様。誰がやらせたか迄はわからんが、息のかかった兵士を使い王都から出かけさせ、用意周到に盗賊に襲われ、アリベルは始末された」
「始末されたって……ちゃんと生きてるじゃねぇか?」
「盗賊側に欲が出たのであろうな」
「欲? ……魔法使いの獲得か!」
「左様。多分本来の指令は始末だったにも関わらず、魔法使いを獲得したい盗賊共は事情を聞いていたアリベルを利用しようとした。だがアリベルは魔法が使える訳ではないので、鞭で打った」
マリルの話に疑問を浮かべる者、悲痛そうな顔をする者と反応は様々だ。
そんな中瑞希はマリルに質問をする。
「魔法が使えないから、鞭で打つ? 腹いせにか?」
「感情を高めさせるためじゃよ」
瑞希は側に居たシャオの声に反応すると、視線をシャオに向ける。
「ミズキも経験があるじゃろ? 感情が高ぶると魔力が高まる事があるのを。盗賊達はアリベルに鞭を打つ事で、怒りや悲しみ等の感情を高ぶらせようとしたんじゃろう」
「でもそんな事をして魔法が使えたとしても自分達に向けられるだけだろ?」
「向けられた所で詠唱も不十分な魔法なんぞ脅威でも何でもないのじゃ」
「でも、じゃあマリルはどうやってそこを抜け出したんだ?」
「そうやって侮って近づいた馬鹿共を燃やして逃げたのだ。わらわはこれでも生前、それなりに魔法は使えたからの。その時にはアリベルはもうとっくに己の中に籠ってしまったのう」
「姉さん、そのアジトはどこら辺に在ったかわかるか?」
「詳しい場所はわからぬが森の中だったな。わらわも自我を持ってから無我夢中だったからの……後は行商人の荷馬車に紛れて街の中に入って、今に至るという訳だ」
マリルはそう告げると、うとうとと眠たそうな仕草をし始めた。
「子供の体は良く眠るよの。そろそろアリベルの体は限界の様だ、目が覚めたらこれからの事を話したいのだが構わぬか?」
「わかった……テミル、マリル姉さんを部屋に連れてってやれ」
「畏まりました」
テミルはバランに一礼し、マリルと共に部屋を出た。
残された瑞希もここからはバランに任せる事になるだろうと思い、席を立とうとしたが、バランのぼやきが耳に入った。
「道理でここ最近色々な事が重なる訳だ……ミミカ、お前には縁談の話が来ている。王家の人間だ……」
「もちろんお断りします」
ミミカはにっこりと即答で返した。
「今の話を聞いていたらその縁談はお父様との関係を結ぶための縁談ですよね? 王家に入りたいとも思いませんし、私は……その……こちらで婿を取ってテオリス家の名を守りたいですわ。お母様がそうした様に!」
「そう言ってくれるのはありがたいが、縁談の話を突っぱねるとなるとそれ相応の理由が必要となるのだが……」
バランはチラリと瑞希に視線を送った。
「……なにか?」
疑問を浮かべた顔の瑞希を見て、ふっと鼻を鳴らしバランは首を振る。
「いや……それは最終手段にしよう。とりあえずは断りの書面を出しておく」
「はい。是非そうして下さい」
ミミカはにっこりと微笑む。
バランはその顔を見て頷くと、瑞希に話しかけた。
「ミズキ君、最近は冒険者の仕事はしているか?」
「冒険者の? 最後にしたのは屋台で使うオークを狩ったのが最後ですね。それがどうかしましたか?」
「いや、最近冒険者ギルドでは魔物が活発になってきているという話が出ている。それもキーリスから西の方でだ」
「キーリスから西って言うと……またオーガ達が集団で来たりとかはないですよね?」
「それぐらいで済めば良いのだが、気になるのはまた西という事だ。マリジット地方に行った時に山を二つ越えただろ?」
「その一つ目を超えて北に行けば以前魔物の大群に襲われた街なんですよね?」
「その通りだ。そしてそこに住んでいる貴族も魔法至上主義のため私とは意見がいつも衝突しておってな……全く、領主としては頭が痛い話だ。気になったのはマリル姉さんが逃げ出したのはその辺りではないかと思うんだ」
「何か根拠があるんですか?」
「街から少し離れた所で火事が起きてたんだよ。それは先程の姉さんとの話も合点が行く。ただ、何の為に魔法使いを集めているのかが分からん。魔法使いを囲いたいのであれば普通に集えば良いはずなのだが……」
瑞希は悩むバランを助ける様に、瑞希自身が思う事を話した。
「魔物って魔力に寄ってきたりするんですけど、その街で魔力を使った研究って何か行われていませんか?」
「……いや、そんな報告は聞いていないな。他に思った事はないかね?」
「後は以前の魔法を使って来たオーガと、ミミカを襲ったゴブリンメイジが気になるんですよね。どちらの魔物も魔法を使って来た……けど、あそこらへんに出たのは初めてだと聞きました。ましてやオーガが魔法を使うなんて事はありえないみたいですしね」
「ふむ……確かに私も魔法を使うオーガというのは聞いた事がない。確かに気になるな……そちらの件も少し調べておこう。ミズキ君も何か街中で起きた事を教えてくれ」
「……あ、言い忘れてました! 街のならず者を使ってアリベルを探している人物がいます! フードを被っていて顔は確認できてないそうですが、魔法を使うかもしれない子供を探してるみたいです」
「王の継承争いに、アリベル、魔物か……色々な事が起こり過ぎて些か食傷気味だな……ミズキ君、悪いが近日中に甘い物を作って貰えると助かる」
急なバランのお願いだったが、瑞希はバランの心労が安らぐならばと快く受ける。
「お安い御用です! アリベルが喜びそうな物を作るつもりだったので近々作りますよ!」
「甘い物は本当に助かる……」
「ミズキ様、私達も食べたいです!」
「無論わし等もじゃ!」
「大丈夫、大丈夫! 意外に簡単な甘味だからな! では今日はこれで……」
瑞希は席を立ち、応接間を離れた。
色々とややこしい事になった二日目の仕事を終えた瑞希は、小難しい事を考えるのを止め、料理の事を考える様にするのであった――。
いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。
本当に作者が更新する励みになっています。
宜しければ感想、レビューもお待ちしております!