幼女の素性
その後、誰かが呼んでいた憲兵に瑞希は事情を話し、ならず者達を突き出した。
運が良かったのは、数人で来た憲兵の中に競技会で競った推薦兵士が居り、瑞希の素性は保証されていた事と、一連の騒動を見ていた人間が瑞希の言葉を後押ししてくれた。
瑞希は憲兵達に頭を下げたが、憲兵達は家族に手が出されたんだから怒るのは仕方がないと、瑞希を励ましてくれた。
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瑞希が屋台に戻ると、シャオとチサ、そして幼女が屋台を切り盛りしていた。
シャオがパテを焼き、幼女はシャオに言われるがまま組み立て、チサが会計をする。
客からすれば屋台とは、歳の云った女性、言ってしまえばおばさんが切り盛りしているものなのだが、目立たない場所の一画に噂に聞いた料理を買いに来てみれば、可愛らしい少女達が屋台を切り盛りしている。
キアラの店と相まって、客はその光景を微笑ましそうに眺めながら、行儀良く順番を待っていた。
「お待たせ~! 手伝って貰って悪いな?」
「わ、わらわがこの様な庶民の手伝いをするなど……」
「ふんっ! 食べた分はしっかり働くのじゃ!」
「……そう。働かない人はミズキの料理を食べちゃ駄目」
「お前等こんなちっさい子に無茶苦茶だな……」
「……うちがこの子ぐらいの歳の時はもう畑を手伝ってたで?」
「まぁ十五歳で成人だからわからんでもないか……だとしても、俺も戻って来たしもう抜けても良いぞ? ありがとな」
瑞希がそう言いながらシャオと変わろうと思ったのだが、順番を待つ男連中から溜め息と不満の声が溢れ始めた。
「くふふ。どうやらこやつらはわしの焼いたのが食べたい様じゃな?」
「ならまぁサポートはするから今日は立ち位置を変えようか。シャオとチサはそのまま調理と会計を、俺は後ろで包むからどんどん焼いてくれ」
「任せるのじゃっ!」
瑞希は幼女の隣に立ち、幼女とは比べ物にならない早さでハンバーガーを包んで行く。
瑞希は四つずつ紙袋に入れて分けると、チサの隣に置いて行く。
「チサ、四個買う人にはその袋を渡せ、バラバラに買う人には紙袋から出して渡してくれ。……まぁその心配はなさそうだけど」
シャオとチサの可愛らしさからか、十個買うという客もいるのだが、チサが四個までと断りを入れ、ならばと四個入りの紙袋を買っていく。
手が空いた瑞希はシャオが居る鉄板のゴミをコテの様な物でこそげ取り、油を引いてから新たなパテを用意する。
「シャオ、パテは用意しといたから焦がさない数を鉄板に下ろしていけ。俺はパンと野菜を切っていくから……」
瑞希は鉄板から一歩引き、ポムの実とパンを取りだし、カットしていく。
カットしたパンは鉄板の空いている所に置いていき、表面を軽く温める。
瑞希のサポートの甲斐があってか、客足が途切れぬまま次々と商品は出来上がり、表向きには二人の少女が売り捌いている様に見えていた。
幼女は瑞希が入ってからの動きを眺め、瑞希が調理の合間や、接客の合間の空白の時間を埋めているのだと気付き感心していた。
それと同時に、三人の楽しそうな顔に心惹かれ、つい口を出してしまう。
「わ、わらわも何か手伝う事はないか?」
「お、手伝ってくれるのか? じゃあ横に並んで一緒にハンバーガーを包んでくれ」
「うんっ!」
幼女は嬉しそうに返事を返し、瑞希の隣に立ちハンバーガーを組み立てて行く。
しかし、瑞希が三個作る時間で、幼女は一個しか作れず、自分の不器用さに表情が曇りそうになった所で瑞希が声を掛けた。
「綺麗に出来てるな! それに俺の三つ目が出来た時にお前が一つ足してくれるから丁度四つになるから助かるよ! この調子でどんどん作って行こう!」
「えへ。うん!」
邪魔をしているのではないか、怒られるのではないかと思いきや、瑞希が褒めてくれたので、幼女はさらに嬉しくなり、子供が大人の真似をしたくなる様に、一生懸命にハンバーガーを包んでいた。
瑞希はシャオとチサを見ながら、少し手が空いた時に幼女に話しかけた。
「今更だけど、名前は何て言うんだ?」
「マリル・ルベルカって言うんだよ?」
瑞希はその返事に些か違和感を覚えた。
「……マリルか。じゃあマリルはどこの地方の出身なんだ?」
するとマリルは先程までのニコニコと仕事をしていた表情とは一変し、先程の貴族の様な振る舞いに戻る。
「わらわがどこの出身だろうて、其方には関係あるまい?」
「(あれ? 雰囲気が戻ったな)そうは言ってもバランさんに紹介するにしてもマリルがどこの誰か分からないのに紹介も出来ないだろ?」
「会えば分かる」
「バランさんに迷惑をかける様な事はないんだろうな?」
「迷惑……迷惑か。どうであろうな? わらわの存在自体が迷惑かもしれんな……」
マリルはどこか哀愁を漂わせ、自嘲気味に呟いた。
瑞希は少し確かめたい事もあり、鞄からチョコレートを取り出し、マリルに手渡した。
「何だこれは?」
「仕事を手伝ってくれたお礼だよ。疲れた時は甘い物が美味いんだ」
瑞希はそう言いながら、マリルに渡したチョコレートの包み紙を剥がし、コロンとマリルの手に乗せた。
「こんな黒い物が甘い物? 其方の審美眼はどうなっておるのだ?」
「まぁまぁ、騙されたと思って食べてみろって。この通り毒なんか入ってないからさ」
瑞希はもう一つ取り出したチョコレートを口に入れ咀嚼する。
その香りに気付いたのはシャオとチサだ。
「そやつばっかりずるいのじゃ! わしにも欲しいのじゃ!」
「……その子ばっかりずるい」
「はいはい。じゃあ二人共口を開けろ」
シャオとチサは手を動かしながら、瑞希に口を向け、開ける。
瑞希はポイっと二人の口にチョコレートを入れ、二人の顔はにやける。
「うちの妹達もチョコは好きなんだけど、好き過ぎて際限なく食べるから基本的には御褒美とか、二人を宥める時とかに食べさせてるんだ」
「御褒美とな……」
「マリルは頑張って手伝ってくれてるから御褒美だ」
マリルは納得したのかチョコレートを口にし、ほろ苦い甘さを体感すると同時に毅然とした態度ではなく、年相応の可愛らしい反応をする。
「美味しいっ! あまぁい! なにこれ~!」
「気に入ったか? もう一個食べるか?」
「良いの? えへへ。もう一個食べたい!」
マリルはニコニコと瑞希に笑顔を振りまき、チョコを受取り嬉しそうに二つ目のチョコレートを口にして頬っぺたが落ちないようにしているのか、両手で支える様な姿をしている。
「あやつ……誰じゃ?」
「……なんか、年相応の反応やな?」
「えへへ~。このお菓子美味しいね!」
瑞希はマリルの前にしゃがみ込み、もう一度名前を聞く。
「自己紹介してなかったな? 俺はミズキ・キリハラって言うんだけど、お嬢ちゃんの御名前は?」
「ん~? アリベル・カルトロムって言うの!」
「そっか。じゃあマリルって名前は……」
瑞希がそう言おうと思った直後に幼女の雰囲気が変わる。
「アリベルを誑かしおったな?」
「いや、確認しただけだよマリル。やっぱりそうか……」
「ミズキ! いつまでも喋っておらんと手伝って欲しいのじゃ!」
「悪い! すぐ手伝う! とりあえず手伝ってくれるならどちらでも歓迎するぞ?」
「バレたのなら良いわ。わらわはまだ其方を信用したわけではないが、アリベルは其方を気に入った様だ」
「じゃあアリベル、手伝ってくれるか?」
「うんっ! 次はもっと早くやってみるっ!」
マリルと名乗った幼女に、瑞希がアリベルと話しかけ、アリベルは瑞希の隣で一生懸命に屋台の手伝いをする。
瑞希は故郷で知っていたこの症状が発症する状況を想像し、歯を軋ませるのであった――。
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