男の料理
酒をちびりちびりと飲みながら他愛のない会話を続ける二人の下に、瑞希とシャオが料理を抱えて戻ってきた。
「お待たせ。ちょこまかと食材を使わせて貰って、それなりに作ってみたよ」
そう言いながら瑞希はテーブルに料理を並べていく。
「元はさっきの料理だよね? 見た目からは全然わからないぐらい変わったね」
「小僧、さっきの肉の塊はこれか? 何でこんな形になったんじゃ?」
「そんな事は良いから早く食べるのじゃ!」
「まぁ説明は食べながらしますから、まずは食べましょうか! いただきます!」
シャオは待ってましたと言わんばかりにハンバーグから手をつける。
脂身と一緒に練り上げた事によって、フォークで切り分けるとじゅわっと肉汁が出てきだし、シャオはパクっと大きな一口を頬張る。
「――っっっ……んまいのじゃ! さっきの固い肉塊とは比べ物にならんほど柔らかいのじゃ!」
パクパクとハンバーグをすごい勢いで食べ進めて行ってしまい、皿の上からハンバーグが姿を消した。
「こっちのスープも美味しい! 黄色い色は不思議だけど、甘味があるし、それにこの香りが……」
「なんじゃこの白くて美味い物は! わしゃこんな食材を買った覚えはないぞ!」
上々の評価に瑞希はほっと胸を撫で下ろす。
そんな中シャオは自分のハンバーグが無くなりしょんぼりとしているのだが、調理中の瑞希の言葉を思い出した。
「……ミズキよ? はんばぁぐと云う物は、争い、勝った者が得られる物じゃったの?」
瑞希はぶふっと口を付けている途中のワインに似た酒を吹き出す。
「じゃったらわしははんばぁぐをかけて争う事を……「待て待て待て! どう曲解したらそんな事になるんだよ!」
「わしのはんばぁぐが無くなったのじゃから仕方ないのじゃ!」
「わかったわかった! 俺のを分けてやるから落ち着け!」
瑞希は自分の分のハンバーグを半分程シャオに与え、シャオの口の周りがソースだらけになっていたので布で口を拭ってやる。
「ほら、口の周りもべとべとじゃねぇか。ハンバーグは逃げねぇから落ち着いて食え。スープも冷めないうちに食べるんだぞ?」
「でもシャオちゃんが欲しがるのも分かるよ! このはんばぁぐ……って言うの? こんな料理食べたこと無いよ!」
「何でモームの肉がこんなに柔らかくなるんじゃ?」
「これモームの肉だったんですか? 見た目とは違って結構固い肉ですね」
「小僧! 何の肉かも分からずに調理したのか!?」
「まぁ固いなとは思ったんでこの調理法になりましたね。脂身も入れて正解でした」
「脂身を料理に使うのか!? あれは後で明り取りにでもしようと置いといたつもりじゃったのに……」
「勝手に使っちゃまずかったですか?」
「いやそれは良いんじゃが、脂を食べるという発想が無かっただけじゃ……いや……でも確かに美味い……」
タバスは信じられないと驚きの表情を見せながらも、一口、また一口とハンバーグを口にする。
「ミズキ! こっちのトーストにつける白いのは何なの?」
「それは厨房にあった乳で作ったバターだ。パンに塗ると美味いだろ?」
「なっ!? モームの乳か!? 何で液体の物からこんな固まりの物が取れるんじゃ!?」
「これもモームですか? 愛されてるなぁ……モーム……」
「モームの乳なんぞ子供や、酒場に来た奴がたまに飲みよるから置いとるが、料理に使うなんぞ初めて聞いたぞ!」
「飲むだけなんてもったいない! モームの乳があれば色んな料理が作れますよ!」
大人たちがワイワイと料理の話をしている中、シャオは自身の料理を綺麗に平らげると、瑞希の服を引っ張る。
「このはんばぁぐとやらはまた作れるのじゃよな……?」
「ん? まぁ食材さえあればまた作れるけど……」
「じゃあ毎日食べたいのじゃ! 子供が争うのもわかるのじゃ!」
「毎日ハンバーグなんて勘弁してくれ……。それにシャオが知らないだけで、他にもっと好きな味に出会えるかも知れないんだぞ? 食べてみたくないのか?」
「はんばぁぐより美味い物があるのじゃ!? それは何じゃ!? どんな物じゃ!?」
「シャオの好みだからそれは知らねぇよ。少なくとも俺はハンバーグも好きだけど、オムライスとか唐揚げとかも好きだぞ」
「オムライス!? 唐揚げ!? なんじゃそれは! どんな料理じゃ!?」
「気になるだろ? 毎日ハンバーグを食べてたらそれが食べられなくなるんだぞ?」
瑞希はニヤニヤといやらしい顔をしながらシャオの期待を膨らませていく。
「小僧……お前はなぜ男のくせに料理をするんじゃ?」
料理を食べ終えたタバスが瑞希に質問を投げかける。
「ん~……まず、俺の故郷じゃ男とか女とか関係なく、料理が好きな人は料理をしてましたし、それに……」
ちらりと目を輝かせながらまだ見ぬ料理に思いを馳せているシャオに視線を送る。
「こうやって自分の料理を美味しいって言ってもらえて、喜んでもらえると嬉しいじゃないですか? それが一番の理由ですかね!」
瑞希は白い歯を見せながら、照れ臭そうにシャオの頭を撫でる。
「ミズキの料理は美味かったのじゃ! また食べたいのじゃ!」
シャオは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ瑞希に感想を伝えた。
「食い物なんぞ、腹に入れば一緒じゃと思っておったが……確かにこれを食った後にわしの料理は食えんな……」
「それにしてもミズキは本当に料理が上手いんだね! あのモームがこんなに美味しく食べられるのも初めて知ったし、こっちのスープも初めて食べたよ!」
「そのスープはこれくらいの大きさの黒い野菜と、握りこぶしぐらいの黄色の野菜が決めてだな」
瑞希は手でジェスチャーを交えながら、使用した野菜の説明をする。
「黄色い……それはポムの実だね! そのまま食べるのが普通だけど、スープに使うのは初めて聞いたよ! 黒いのは……」
「オオグの実か!」
「そんな名前なんですね。見た目は違うけど似たような野菜はよく使ってたので助かりました! おまけで入れてくれた八百屋の御婦人に感謝です」
「小僧……オオグの実ってのはウテナと同様、食えない実で有名な実じゃ……。虫除けに野菜と一緒に入れとくもんじゃが、強い匂いと、舌がビリビリするような味で誰も食おうと思わん物じゃ」
「そのままかじれば似たような感想ですが、料理となれば別です。美味しかったでしょ?」
「確かに変わった香りのスープじゃったが……美味かったな」
「ウテナといい、オオグといい、ミズキなら何でも美味しい物に変えちゃいそうだね! 干ウテナも楽しみだよ!」
「そうじゃ! ウテナじゃ! 早く食べてみたいのう!」
「シャオが手伝ってくれるんだからきっと美味くなるよ。この料理もシャオが手伝ってくれたから作れたんだしな」
「任せるのじゃ! ミズキの料理は全部わしが手伝ってやるのじゃ!」
食事を終えた四人が談笑をしていると勢いよく店の扉が音を立てて開く。
「――キリハラさんはここにいますか!?」
息を切らしながら勢いよくやってきたのは冒険者ギルドの受付、テミルであった。
瑞希の一日はまだまだ終わらなかった。