打ち上げと角煮
リーンが用意した料理はモーム肉のルク酒煮込みとサラダ、パン、以前瑞希に教えて貰ったグムグムを揚げて塩をかけた物、リッカの酢漬けだったが、そこに瑞希はチーズを使ったドレッシング、即ちシーザードレッシングを作り、ホロホロ鶏を使った唐揚げ、そして、鍋ごと持って来ていたオーク肉のバラ肉を使った角煮を用意した。
そして、今も竃ではコトコトと土鍋でペムイを炊いている。
「じゃあ各々、祭り初日のお仕事お疲れ様でした! 乾ぱぁい!」
瑞希の号令と共に、各々が食事に手を付ける。
シャオとチサは何と言ってもテーブルの真ん中に鎮座している角煮が気になったようで、瑞希に取り分けて貰う。
「ミズキさん、これって、前に私が失敗した様な料理ですよねぇ?」
リーンが角煮を見て瑞希に質問をしている横で、チサは角煮に箸を入れて驚いている。
大振りに切られたバラ肉は、箸を入れると簡単に分かれたからだ。
シャオはというと、いつもの様に大きく口を開き、大きさ等お構いなしに口へと放り込んでいる。
「そうそう! カインに食わせて駄目出しされてた奴な! ちゃんと調理すればこれだけ美味くなるっていうのと、これも時間はかかるけど簡単な料理だからリーンの店でなら日替わりでも出せるかと思って作って来たんだ! シャオ、チサ、お味はどうだ?」
シャオの口の中ではバラ肉の濃厚な脂の旨味と甘味、そして肉のトロトロとした柔らかさに満面の笑みを返し、チサは己の大好きな調味料を使った料理である事で、こちらも瑞希に可愛らしい笑顔を返した。
「言葉は無くても二人の笑顔を見ると気に入ったみたいだな。リーンも食べてみろよ?」
「い、頂きますぅ!」
リーンはフォークを使い肉を切り分け、口に運ぶ。
口の中では肉の旨味、柔らかさにも驚きなのだが、ジャルという今まで口にしたことのない味に魅了される。
「美味しいですぅ! 何で味付けたんですか!? 私の作った出来損ないの料理とは雲泥の差ですぅ!」
「ジャルっていう調味料だよ。この子の故郷で作られてる調味料なんだけど、俺も大好きでさ、いつかは角煮を作ろうと思ってたんだけど、屋台料理で余った部位を使って作ってみたんだよ! 美味いだろ?」
「これ私にも作れるんですかぁ!?」
「言ったろ? 時間はかかるけど調理手順は簡単なんだよ。味付けはジャル、砂糖、ペムイ酒、水、クルの根を使う」
「ジャル? ペムイ酒? 聞いた事もない食材ですぅ……」
「まだあまり出回ってないからな。その内こっちでも買える様になるけど、今日は行商人のドマルさんがいるからな! なぁドマル?」
ホロホロ鶏の唐揚げを口にしながらニコニコしていたドマルが急に瑞希に話を振られ驚き、思わず喉に料理を詰まらせ、咳き込む。
「ごほっ! ごほっ! 急にどうしたのさ?」
「ほら、ジャルとペムイ酒を持って来てくれただろ? 良かったらリーンに売ってやってくれないか? 値段はドマルが想定していた値段で構わないからさ」
「えっと……リーンちゃんは本当に買うの? まだ少し高いけど……」
「買いますぅ! ミズキさんのおかげでこのお店も繁盛してきているので、何か新しい商品を考えてたんですぅ!」
「じゃあ値段はこれぐらいなんだけど……」
リーンとドマルは食事をしながらも、ジャルとペムイ酒の商談を軽くしている。
クルルも唐揚げを口にしながら唸っていた。
「美味い……兄ちゃんやっぱやばいわ……」
「リーンの作ったルク酒煮込みも美味いんなっ!」
「これがモーム肉なんて信じられないよね! リーンさんもお料理上手なんですね!」
サランから掛けられた言葉に、ドマルと会話中のリーンは何度も首を振り否定する。
「と、とんでもないですぅ! 私はミズキさんに教えて貰ったレシピで作ってるだけですぅ!」
「そんなの私達もですよ?」
「わはは! レシピを知るってのはきっかけに過ぎないって! この店で作るなら細かな火入れや勝手が変わるからリーンの方が上手いかもしれないだろ? カレーにしたってキアラの方がもう俺より美味く作れるしな! なっ! キアラ?」
「でも今日の屋台の私の考えは甘かったんな……」
「あほ。それも経験の内だろ? 明日は三人の手も慣れて来るし、明後日の最終日なら味も、早さも、今日以上、明日以上のを作れるかもしれないだろ? キアラは今日そういう経験が出来たんだから、胸を張って美味いカレーを作れって」
瑞希はオレンジに良く似たジラの果汁を絞ったジュースをキアラに注ぐ。
キアラはコップで受けながらもその顔には自信に満ち溢れて来ていた。
「頑張るんなっ! 明日は今日より売って色んなお客さんにかれーを知って貰うんな!」
「その意気、その意気! ……っと、そろそろ炊けたかな?」
瑞希はそう言うと、席を離れ、厨房に戻り、料理の確認をしに行った。
瑞希の言葉に元気を取り戻したキアラが、意気揚々と食事を続けようとすると、横に座るクルルがキアラの腕を突いた。
「キアラちゃん……あの人何で泣いてるんだ?」
「ん~?」
キアラはクルルに言われるまま指を差す方向を見ると、ミミカの隣に座る大男が咀嚼をしながら静かに泣いていた。
アンナはその男の頭を叩きハンカチを渡す。
「兄さん……人前で泣くな」
「な、泣いてなどいない! ただこの肉に驚いていただけだっ!」
「グランが泣くのは仕方ないっすよ。どれもこれもめちゃくちゃ美味しいっす! お肉が好きなお嬢は今日の献立はやばいんじゃないっすか?」
「うんっ! モームも、鶏も、オークもあるけど全部美味しいもん! 私はリーンさんが作った煮込み料理が気に入ったわ!」
「きょ、恐縮ですぅっ!」
リーンはミミカに褒められたのが耳に入り、慌てて立ち上がり頭を下げる。
「もうっ! そんなに気遣わなくても大丈夫ですからっ! とっても美味しいです」
ミミカはにこりとリーンに微笑み、リーンはその笑顔の眩さに目を眩ませる。
そんな中、シャオとチサは角煮を食べながら会話をしている。
「……この角煮でペムイを食べたらめっちゃ美味いんとちゃう?」
「わしもそう思っておったのじゃ……ミズキは何を取りに行ったのじゃ?」
二人が会話をしている中で、瑞希は土鍋を手にして戻って来る。
テーブルに鍋敷きを置き、土鍋の蓋を開けると、ぼわっと蒸気が上がり、脂とタレで茶色くつやつやに光輝くペムイと具材の姿がお披露目される。
「お待たせ~。これが今日の最後の料理で、角煮の炊き込み御飯だ。細かく切った角煮と、干しブマ茸の薄切りを加えてペムイと一緒に炊いたんだ。チサはこういうペムイの食べ方はしなかったか?」
チサは瑞希の言葉に首を振る。
「……ペムイはペムイだけで食べてた。何かを混ぜたのはカパが初めてや」
「そうかそうか。今日は角煮を作ったから、ペムイと一緒に炊き込んでみたんだ! どうせならペムイも食べたかったしな! けど、テーブルの上を見ると、ちょっと作り過ぎちまったかな……」
「くふふ! いくらでも食べてやるのじゃ! 早くそのペムイも食べたいのじゃ!」
「……うちも!」
「はいよ。じゃあ軽くまぜてっと……」
瑞希は炊き込み御飯をサクサクと混ぜて行き、茶碗によそいまわしていく。
チサは初めて食べる炊き込み御飯を口にすると、ジャルを使って炊いたペムイの美味さに只々笑い声が漏れ出していた。
「……にへへ、にへへへ」
「そんなに美味いのじゃ?」
「……ペムイ好きからしたらこれはすごいわ!」
「なぁ~? 炊き込み御飯ってそれだけで食べても美味いしな! 鶏肉を使っても美味いし、グランの好きな出汁を使って炊いても美味いんだぞ?」
「なっ!? ミズキっ! 何故今日の料理に作らなかったんだ!?」
「今日は角煮を作ったからな! それにグランが涙するぐらいに他の料理も美味かったろ?」
「だから泣いてなどいないっ!」
グランは瑞希に反論するが、その頬には涙の後がしっかりと残っていた。
「兄さん、いくら何でも誤魔化しきれないぞ?」
アンナの突っ込みにテーブルを囲んでいる皆がぷっと噴き出し笑う。
グランは恥ずかしさを誤魔化すために瑞希から炊き込み御飯を受け取り、がっつくのだが、その美味さに再び涙が出そうになるのを堪えていると、店の入り口のベルが鳴る。
「表に貸切って書いてあったんだから諦めなさいよっ!」
「折角キーリスに来たんだからリーンの顔も見てぇじゃねぇか?」
聞き慣れた声に二人の男が反応する。
「「カインとヒアリー?」」
同時に声を上げた瑞希とドマルはお互い顔を見合わせ、その声に気付いたカインとヒアリーが店を貸し切っている集団を見る。
「んお? お~! ミズキとドマルじゃねぇか!? 久しぶりだなっ!」
祭りという日が人を集めるのか、人が集まるから祭りが始まるのか、賑やかな夕食がさらに賑やかになりそうな出来事であった――。
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