ハンバーグとシャオの腹
瑞希はくつくつと煮込まれるスープをかき混ぜながらシャオに説明をし始めた。
「良いか? ハンバーグってのは俺の世界じゃ子供達が好き過ぎて取り合いになるぐらいの料理なんだぞ!」
もちろんそんな訳はないが、瑞希は面白がって話を盛り、シャオはそれを真に受けて期待が高まりキラキラとした目で瑞希を見ている。
「美味いのか? 美味いのじゃな! そこまで言うなら美味くないわけないのじゃな!?」
しまった……ハードルを上げすぎたと、後悔先に立たずな状況の中瑞希は調理に取り掛かる。
「ま、まずはこの肉の塊から焼けた部分を切り落として、焼けた部分は、ベーコンの代わりに細かくしてミネストローネに入れちまう」
ぽちゃぽちゃとスープに肉を入れ、生肉に戻った肉塊を前にシャオはさらにハードルを上げに来る。
「こんなに固くて筋張っている肉もミズキの手にかかれば、取り争うぐらい美味い物に変えられるんじゃな!?」
「はっはっはっ! ま、任せたまえ!」
明らかに強がっている。
期待を裏切ったらどうしよう……と悩んでいる瑞希の視線の先に白い物体が目に入り、その物体に近づいて行った。
「どうしたのじゃ? 肉は料理せんのか?」
「いや、これが気になってな……肉の脂身だよな? そういやこの肉塊に全く脂身が付いてなかったけど、わざわざ外したのか? でもそんなことしたらただでさえ肉肉しい赤身が食べ辛くならないか?」
瑞希は頭をひねりながらシャオに尋ねる。
「シャオ~、この脂身って食べても大丈夫な物かわかるか?」
「毒でもないし、別に問題ないのじゃ。臭みなんかも無いようじゃの」
「ならこれを使うか! 卵はさっき見つけてあるから、これならシャオを満足させるハンバーグになるだろ!」
「いよいよはんばぁぐとやらを作るんじゃな! わしは何をすれば良いのじゃ!?」
「そうだな……まずは落ち着け! さて、それではまず、パルマンをみじん切りにして鉄鍋に油をひいて、茶色くなるまで炒めるから、シャオはこっちの竃にまた火球を出してくれ」
素早く玉ねぎに似たパルマンをみじん切りにすると、シャオが出した火球の上でパルマンを炒めていく。
「その間に、さっき炭をこそぎ落したパンを少し切り分けて細かくしたら、ホエーと卵を加えて柔らかくしておく」
「は、早いのじゃ! すごいのじゃ!」
テキパキと調理を進めて行く瑞希を見てシャオは感嘆の声を漏らす。
「炒め終わったパルマンは皿に移して広げて冷ましておく。シャオ! これに軽く風を当てといてくれ」
「わかったのじゃ!」
「そうしたらいよいよこの肉塊と脂身をミンチにしていきます!」
瑞希はそう言うと手際良く肉を切り分け、二本の包丁を使いあっという間にミンチにしていく。
「せっかくの肉をなんでぐちゃぐちゃにするんじゃ!」
「ハンバーグってのはな、歴史を遡ると固い肉をどうしたら柔らかく食べれるかって悩んだ末の料理なんだ。固い肉でもこんだけ細かくすると噛まなくても千切れるだろ?」
「それはそうじゃが、こんな細かくしてから焼いたらボロボロになるのじゃ」
「その通り! だからここからがハンバーグという料理のすごい所なんだ! ミンチにした肉と脂身、そして塩をこの器に入れて、練る! 練る! 練る! ……と、こうなる」
「固かった肉が糊みたいどろどろになったのじゃ!」
「そしてさっき用意したパルマン等を入れ胡椒で風味付けをしたらサクサクと混ぜる」
「パンを入れるのは何でなのじゃ?」
「つなぎって言って、肉の柔らかさを調整するのと、パンが肉汁を吸ってくれるんだよ」
瑞希は一度手を洗うと、手に油を塗り、伸ばしていく。
「次は何をするのじゃ?」
「この練ったタネをこうやって手に取って……」
手に取った肉ダネをパンパンパンと両手の中を行き来させ、楕円形に次々と丸めていく。
「ちゃんと固まったのじゃ! その動きもちゃんと意味があるんじゃろ?」
「こうやって手の中に叩きつけてタネの中の空気を抜かないと、焼いた時に割れるんだよ。そんで、焼くと肉が縮こまって来て真ん中が膨らんで来るから、ちょっと窪みをつけておくんだ。じゃあ焼いてくぞ!」
パルマンを炒めた鉄鍋を一度洗い、再度油をひくとシャオに魔法をお願いする。
「しっかり鉄鍋が温まったら、ハンバーグを並べて焼く。最初は中火でしっかり焼き色を入れて、ひっくり返して少し焼いたら弱火で蓋をする」
瑞希に言われたとおりに火球の調整を行うシャオの鼻がひくひくと動いている。
「美味そうな匂いなのじゃ!」
「ちょっと酒棚から度数の高そうな酒とワインを拝借してくるから、そのままの火の強さで維持してくれ」
「任せるのじゃ!」
◇◇◇
「え~っと、この瓶は……違うな。これは……違う」
酒のコルクを抜いて数滴手にたらして味見をしながらお目当ての酒を探す瑞希に、二人の男の話声が聞こえて来た。
「あの小僧は何で男のくせに料理なんてできるんじゃ?」
「僕も会ったばかりでまだ食べた事は無いですが、確かに珍しいですよね。男性の方も野営の時とかに火で肉を炙ったりぐらいはしますが、あんまり男の料理人ってのは聞きませんね」
「そうじゃろう? わしが雇った料理人も来たのは女だけじゃったぞ?」
「男は仕事に出て、女は家庭を守るってのが普通の家庭ですからね。その延長線上なのか、色んな街に行きますけど、酒場なんかは女将さんが料理を作ってる事が多いですね」
「不思議な奴じゃの~?」
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(この世界では男が料理するのは珍しいのか……こんなに楽しいのに。……あれ?この酒の味って……でもこれは今は使えないな……あった! これだ! ……ワインはこれだな)
お目当ての酒を見つけた瑞希は厨房へと足早に戻って行くのであった。
◇◇◇
「お待たせ! 問題ないか?」
「あるのじゃ! こんなに良い匂いをさせてわしの腹をどうするつもりじゃ!」
シャオは涙目になりながら瑞希に訴える。
瑞希は鉄鍋の蓋を開けると、ハンバーグを軽くつつき焼き加減を確かめる。
「もうすぐ完成だから我慢しろ。シャオちょっと火を強くしてくれ」
瑞希は強火にした火の上に乗る鉄鍋にウィスキーに似た酒を振り、火を引火させる。
「なんじゃ!? お主の魔法か!?」
「度数の高い酒を蒸発させて燃やしたんだよ。フランベって言って、酒の風味をつけるんだ。シャオ、そこの皿を取ってくれ」
シャオが皿を並べると、瑞希がハンバーグを乗せていく。
「最後はソース作りだ! ケチャップやデミグラスを作る時間は無いから、ここはワインとバターでソースを作る。ハンバーグの肉汁が残った鉄鍋にバターを溶かしてワインを入れて煮詰める。塩と胡椒で味を調えたら完成だ!」
とろ~っとハンバーグの上にソースがかかると、シャオはもう我慢が出来ないと言わんばかりに悶えていた。
「早く! 早く食べるのじゃ!」
「待て待て……ずずっ……スープは野菜の甘みが出て良い感じだな。これも味を調えて……シャオ残ったパンを薄切りにして、軽く火であぶってくれ」
「こんな感じで良いのじゃ?」
「そうそう。後はこのトーストに残ったバターを添えて完成だ! さぁ、あっちに運んで皆で食べようか!」
「急ぐのじゃミズキ! わしの腹がもうもたんのじゃ!」
何じゃそりゃ……っと瑞希は笑いながら作り直した料理達をシャオと一緒に運んで行くのであった。