キーリスの市場
瑞希は厨房でドマルと打ち合わせをしていた。
どうやらシャオとチサも屋台で出す料理の試作を既に食べ終えた様で、ハンバーグが好きなシャオは恍惚な表情を浮かべ、まったりとしていた。
「……で、……ていう風に宣伝するんだ」
「……成る程……はどうするの? ……強気だね? でもまぁミズキの料理だし……」
「……いけそうか?」
「……うん……は必要じゃない?」
「……いや……も出来るしな」
何やら細かな話にお腹が膨れたチサもしょぼしょぼと目を閉じそうになり、眠りそうになるのを我慢している。
「じゃあ今から紙と布を仕入れて来るよ! 料金は祭り後で良いよ」
「野菜とか肉の都合もあるから助かる! じゃあ宜しく頼む!」
瑞希とドマルの打ち合わせは終わったのか、ドマルは紙を仕入れに行くため厨房を後にした。
瑞希はまどろんでいるシャオとチサに声を掛け、必要な食材を買いにキーリスの市場に出かける事にした。
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ウォルカの市場も大きかったが、キーリスの市場はさらに大きい。
瑞希は二人が迷子にならぬ様に手を繋ぐ。
シャオにしてみればいつもの事だが、チサにしてみればたまにしかない事なのでテンションは上がりっぱなしになっている。
「……ミズキっ! 今日は何を買うん?」
「今日は野菜を大量に届けて貰って屋台料理のソースを大量に作るんだ! ドマルとの打ち合わせで結構な量を作る事に決まったからな! 後は肉の確保だな! 今回は合挽ミンチで作るからオーク肉は……」
「後で狩りに行くのじゃ! ウォルカ方面にはまだおるじゃろ?」
「じゃあささっと狩りに行こうか! 俺とチサの訓練も兼ねて」
「くふふ。良い心がけなのじゃ!」
瑞希を中央にして両手に花ならぬ、両手に幼子を連れた男は当然目立つ。
目立つが、悪い意味ではなく、瑞希がキーリスで過ごす内に紡いだ市場の人達にだ。
今日も野菜を売る婦人に瑞希は引き留められた。
「ミズキちゃん! 今日はポムの実が入ったよ! 新鮮で美味いよ!」
「あはは。ちゃん呼びは恥ずかしいですって」
瑞希は照れ臭そうに返事を返し、婦人の進めるポムの実を手に取る。
瑞希の隣にいるシャオとチサは店の主人から何かを貰っている。
「皮に張りも有って美味そうですね!」
「美味いよ~! 買っていくかい?」
「頂きますっ!」
「あいよっ! どれぐらいいるんだい?」
「あるだけ全部貰っても良いですか?」
「あ、あるだけ全部かい!? ここにあるだけでもすごい量だよ!?」
「今日は元々ポムの実を買おうと思っていたんですが、お姉さんの所のポムの実は美味しいですしね! 他の方に迷惑が掛からないのであればあるだけ頂きたいのですが……」
「それは構わないんだけど……あっ! もしかしてミズキちゃんも屋台を出すんだね?」
「そうなんですよ! その料理に使うんですよ。お姉さんも何か出すんですか?」
「私の所は今シャオちゃん達が飲んでるのを出すつもりだよ!」
シャオとチサはいつの間にか店の主人に渡されたストローの様な物を差した果実を小さな手で持ち、美味しそうに飲んでいた。
「甘酸っぱくて美味しいのじゃ!」
「……にへへ」
「いつの間に……すみませんおいくらですか?」
「がはは! いらんいらん! この子等の美味そうな顔が見たいだけだからな!」
「すみませんいつも御馳走になってしまって!」
「あはは! ん~いつ見ても可愛い子達だね! うちの息子達は最近反抗期なのかこんな可愛らしい反応は暫く見せて貰ってないよ」
婦人はシャオとチサを抱きしめ頬ずりをする。
シャオとチサはくすぐったそうにしているが、嫌ではないようだ。
「それにしてもこの筒みたいなのは何でできてるんですか?」
瑞希はシャオの果実に差さっているストローの様な物に指を差し尋ねる。
「知らないのか? これはムルの蔦だよ。葉っぱの方は知ってるだろ?」
シャオとチサを抱きしめている婦人に代わり、主人が答える。
「へぇ~! ムルの葉は重宝してますけど、蔦までこうやって使えるんですね!」
「中が筒の様になってるから乾燥させると固くなって、果実にも差せる様になるんだよ」
主人はそう言いながら果実にムルの蔦を差し、かき混ぜてから瑞希に手渡した。
瑞希はお礼を言い、ムルの蔦を咥え啜ってみた。
「ん? 果汁だけかと思ったら果肉と一緒に口に入って来るのか! 面白い果実ですね!」
「レデの実って言って、周りの皮は固いんだけど、果肉が柔らかいから切って食べるよりこうやって穴を開けてムルの蔦で混ぜたら果肉と一緒に吸い出せる様になるんだ」
「これは甘酸っぱくて良いなぁ! うちの商品とも合いそうだけど……いや、親父さん良かったら祭りの時にこのお店を紹介しても良いですか? うちの料理にも合いそうなので!」
「あん? それならミズキの所でも扱えば良いじゃねぇか?」
「ん~それも考えたんですけど、横取りする様で悪い気がして……それに、どうせキーリスに人が集まるなら色々なお店に行って欲しいじゃないですか?」
「ミズキは商売っ気がねぇなぁ! だがそこら辺がミズキらしくて良いやね! よっしゃ! じゃあうちのポムの実をたっぷり使って美味い物出してくれよ? 絶対に買いに行くからよ!」
「任せといて下さい! 買わせて貰った分は全部売り切りますよ!」
「言ったな? じゃあ裏にある分まで買ってもらうぞ?」
主人は悪そうな顔をしながら冗談交じり瑞希に屋台の裏にあるポムの実を親指で差した。
そこにはリヤカーに大量のポムの実が積まれていた。
「そんなに買っても大丈夫なんですか!?」
「おいおい、本気でこの量を買うのかよ? そんなに売れる様な商品なのか?」
「俺の相方がそう言うんですよ。何軒か回ってポムの実を集めようと思ってたんですけど、本当に買ってもいいんですか?」
「その相方の奴は相当ミズキの料理を気に入ってるんだな? わかった! じゃあ後で城に届けとくぞ? 他には何がいるんだ?」
「他にはですね……」
瑞希は屋台の料理に必要な野菜を注文する。
ポムの実の量でも驚いた夫妻だが、その他の食材の量にも驚いていた。
だが、瑞希の料理の旨さを熱弁する二人の少女の言葉に夫妻は勿論、市場で馴染みの店主達は興味をそそられていた。
この男が作り出す料理がどんなものなのかをキーリスの住人はまだ甘く見ていたのだった――。
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