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カツ丼と鍋の〆

 すっかり鍋の具材を食べ終えた推薦兵士達は、お腹をさすりながらも少し物足りないのか、鍋に具材が残っていないかを探している者も居た。

 厨房から新たな食材を持って、戻って来た瑞希は、各鍋の出汁を調整し、炊いたペムイを入れて鍋に蓋をした。


「いや~皆綺麗に食べたな? 今作ってるのが〆の雑炊だっ! チサの村で作ってるペムイって食材を入れて、色んな食材の旨味が出ている出汁をペムイに吸わせるんだ! もう少しこのままで待っててくれ」


 推薦兵士達からは食べたりないと思ってた等の言葉と、まだ鍋の続きがある事に感謝の言葉が飛び交っていた。


「所でミズキ、さっき言ってたかつ丼がゲン担ぎというのはどういう事なんだ?」


「あぁ、勝つ丼、勝利の勝つとカツ丼のカツを掛けてるんだよ。カツを体に入れる。勝利を手にする。だからゲン担ぎに使われてるんだ。俺の故郷にはこういう駄洒落みたいなゲン担ぎが色々あるんだよ」


「成る程……他にも勝利に繋がる様な料理はあるのか?」


「どうなんだろうな? さっきのグランの演説を聞いてる限り、勝利後に料理が食べれるって方がよっぽど勝てる様になりそうだけどな?」


「くっくっく! それはそうだっ! ミズキ、鍋はまだ良いのか?」


「おっと、沸いて来たな! じゃあ皆、鍋の蓋を開けて、横の溶き卵を全体的にかけてくれ! そしたらもう一度蓋をして卵を少し固めて、卵が固まったら細かく切ったシャマン(ネギ)をかけたら完成だっ!」


 瑞希はシャオとチサ、グランに雑炊を取り分け、推薦兵士達も各々で雑炊を掬って食べ始める。

 シャオとチサは一際熱そうな雑炊に、ふぅふぅと息をかけてから口に入れると、ハフホフと口を尖らせながら舌の上で雑炊を転がして味わっている。


「鍋の出汁が最初の時より美味く感じるのじゃ!」


「実際美味いんだよ。野菜の甘みとか、肉の旨味が鍋の出汁に溶け込んでるからな! それをチサの大好きなペムイに吸わせて食うんだからチサもこれは好きだろ?」


「……にへへへ! こんな料理があるんやったらはよ教えといてや! めっちゃ美味いわ!」


「グランは……わははは! 聞くまでもないか」


 グランは涙を流し、うんうんと頷きながら雑炊を噛みしめている。

 推薦兵士達は雑炊を平らげると、腹をさすりながらも、グラン以外の全員が席を立ち、持って来た荷物を瑞希の前に置いて行った。


「これは……おぉっ! 約束の砂糖か!? こんなに貰って良いのか!?」


――まぁ実際俺達はミズキ達に手も足も出なかったしな!


――逆にこんな美味い物を食わせて貰ったんだから快く貰ってくれよ!


――そうそう! 本来なら俺達は食えなかった訳だし!


――嬢ちゃん達はミズキの料理が毎日食えて良いな! 羨ましいぜ!


 瑞希の前には一人二百グラムはありそうな袋が何個も積み重なっていた。

 雑炊を食べ終わったグランも荷物から砂糖を取り出し瑞希の前に置いた。


「おまっ! これ一キロぐらいあるだろ!? こんなに貰って良いのか!?」


「一キロ? ふんっ! これでも安いぐらいだっ! それぐらい今日の料理は美味かったからな! 妹がお前を気に掛ける理由が分かったぐらいだ」


「あ~……アンナもあれで食いしん坊だもんな! いや~! これだけ砂糖があれば妹達に御褒美が作れるよ!」


「いやそういう事じゃなくてだな……」


 瑞希が五キロ以上になった砂糖を確認している中、シャオとチサに服を引っ張られ、甘い物を要求されている。


「まぁ良いか……。アンナもとんでもない奴を好きになったもんだな」


 グランは瑞希を認め、今年の推薦兵士達はその後、近年の中でも抜群の団結力を持っていたと言われる。

 それは他の者に瑞希の料理を取られない様に鍛錬を重ねた結果なのかもしれない――。


◇◇◇


 夕暮れも過ぎ、すっかり日も落ちた中、訓練所で打ち合う二人の女性が居た。

 片方は最近伸びて来た髪の毛を括り、もう片方は前髪を上げるためにちょんまげの様に括っている女性達だ。


「アンナ、ジーニャの攻撃を待ち過ぎだ! ジーニャは無闇に間合いを詰めるな!」


「「はいっ!」」


 グランが二人に指摘する中、ジーニャが繰り出した蹴りを寸ででアンナが避け、そのまま距離を詰めたアンナがジーニャを背負い投げた。


「そこまでっ!」


「ぬうぅぅ……また負けたっす!」


「そんなやすやすと勝たれたら私の立場がないだろ?」


 アンナはジーニャの手を掴み起こす。

 ジーニャは服に着いた土を払い、グランに話しかけた。


「そういや兄さんは今日ミズキ殿の料理を食べたんだよな? どうだった?」


「ふんっ! まぁまぁだったな!」


「ぷぷぷっ! 他の兵士の人から聞いたっすよグラン? ミズキさんの料理が美味しすぎて泣いたんすよね?」


「な、泣いてなどいないっ! あれは鍋の蒸気が目に染みただけだっ!」


「へぇ~じゃあ、これは推薦された者だけの特権だぁ! って言うのはどうなんすか? ほれほれ、どうなんすか?」


 ジーニャは事の顛末を詳しく聞いていたため、グランの強がりが面白い様だ。


「うるさいっ! あんな美味い物を他の奴に分けられる訳ないだろっ!?」


「そうか。そんなに美味かったのか! どうだ? ミズキ殿は凄いだろ?」


「確かにあいつは料理馬鹿だが、その料理馬鹿に実戦で負けたからな。それは認めよう。……だが、次にやった時は俺は負けんっ! それこそ一対一の戦いならば負けてなかったのだっ!」


「それでもグランと一対一になる迄残ったミズキさんはすごいっすよね! さすがは我等のミズキさんっす!」


 ジーニャの言葉にアンナも嬉しそうに頷いている姿にグランはポツリと呟いた。


「……まぁ、あいつが弟になるのなら……悪くないな……」


「……は? 何を言ってるんだ兄さん?」


「そうだろ? アンナはいずれ誰かと結婚をするだろう? それがミズキならば俺の義弟になる訳だ」


「だ、だだだ誰が結婚するのだっ!?」


「いや、お前もいつかはするだろう? 生半可な相手なら許さんがミズキなら構わんと言っているのだ」


「兄さんが勝手に私の結婚相手を決めるなっ!」


「なんだ? ミズキじゃ嫌なのか?」


「そそそそういう訳じゃなくてだな!」


 しどろもどろになっているアンナにジーニャが割り込む。


「そうっすよグラン。ミズキさんだって選ぶ権利はあるんすから」


「それはどういう意味だっ!?」


「ミズキさんを好きな人はいっぱいいるんすよ? お嬢だってそうだし、チサちゃん、キアラちゃん、きっとサランもそうっすよ?」


 グランはミミカの名前が出てきた瞬間に、ジーニャの言葉を聞きたくないのか、耳を塞ぎ二人に背を向ける。


「それだけじゃないだろ?」


「後は誰が居たっすかね?」


「そうか……じゃあジーニャもう一本勝負をしようか?」


「唐突っすね? 別に良いっすけど」


 アンナとジーニャが離れて構えると、アンナは開始前にジーニャに宣言した。


「ジーニャ、私はこの試合で勝ったらミズキ殿に交際を申し込もうと思う」


「へっ!? と、唐突っすね!? どうしたんすか?」


「ジーニャの話を聞いてたら少し焦りを感じてな。別に構わないだろ?」


「それは別に構わないんすけど……もしうちが勝ったらどうするんすか?」


「どうもしないさ。このままの関係で流れに身を任せるさ」


「そうっすか……」


「じゃあ始めるぞ? 兄さん! いつまでも耳を塞いでないで審判をしてくれっ!」


 アンナがいつまでも耳を塞いでいるグランに大声を掛け、その声に気付いたグランが耳から手を下ろす。


「何だ? まだやるのか?」


「これが今日最後の試合だ。審判を頼む」


「そうか。じゃあ始めっ!」


「本気で行くぞ?」


「いつも本気じゃないっすか!」


 二人は徒手と投げで行う近接格闘の訓練を行う。

 過去の経験があるアンナと、センスで補うジーニャとの差はそこまで大きくはない。

 いつもの訓練では八割方アンナの勝利で終わるのだが……。

「やったっす! これはうちの勝ちっすね!」


「あぁ、私の負けだな。ジーニャなら負けてくれると思ったんだがな……」


「……ふふ。勝負ならやっぱり負けたくないっすね!」


「……私もだよ」


「あん? 別にここ最近じゃジーニャが勝つのも不思議じゃないだろ?」


「うるさいっすよグラン! そんなんじゃお嬢は振り向いてくれないっすよ!」


「そうだぞ兄さん。好きな人に振り向いて貰うためにもより一層鍛錬しないとな!」


「お前等に言われなくてもわかっとるわっ!」


 二人は焦るグランを見ながら大笑いしていた。

 アンナとジーニャはお互いの気持ちを知りながらも、お互いを認めているからこそ譲り合うという気持ちは出てこない。

 しかし、お互いのどちらかが選ばれたとしたら、その時は心の底から祝ってやろうと胸に秘めるのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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