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ちゃんこ鍋と茶碗蒸し

 食堂に用意された台の上には土鍋が置いてあり、その中にはグランが希望していた和風出汁が並々と入っている。

 勝手の分からない兵士達はどうしたら良いのか戸惑っていた。


「じゃあ今から食べ方の説明をする前に、まずは妹が火を入れて行きますね! シャオ、小さ目の火をこの台の中で点けてくれるか?」


 競技会の最後に見せたシャオの魔法を思い出した兵士達は多少びくついているが、火を点けた後に瑞希に褒められ嬉しそうにしている姿を見ると和んで行った。


「この通りシャオも俺も魔法は使いますが、シャオはこんなにも可愛らしいので、怖がらないで下さいね?」


「う、うるさいのじゃ! 良いから早く料理を進めるのじゃっ!」


 照れた姿もいじらしく見えるので、瑞希と一緒にいるシャオは無害なんだろうと兵士達は納得した。


「じゃあ出汁が沸騰してきたら各野菜をこんな感じで入れて、こちらのつみれというねばねばしている物は匙を使ってこうやって鍋に入れて下さい。薄切りのオーク肉は後で入れますので、つみれまで入れたら一度蓋をしてお待ちください」


――ミズキー! 敬語なんかいらねぇぞ~!


――そうだそうだ! 一度戦ったらもう連れだろ~?


――そっちの嬢ちゃんも紹介してくれ~!


「あ、そう? じゃあ楽に喋らせて貰おうかな。こっちにいるのはチサって言って、シャオの魔法の弟子で、俺の料理の弟子でもあるんだ! 今日は皆には鍋の用意しかしてないけど、優勝者のグランには特別料理を二品用意したんだ。鍋が出来るまでグランの感想でも聞いて鍋の期待感を高めてくれたら嬉しい!」


 瑞希はグランの前に蓋をした小さ目の茶碗と、丼を置く。


「どっちも出汁と卵を使ってるんだ。味付けと火の通し方が変わるとこれだけ違いが出るってのを楽しんで貰えればと思ってな。丼の方はゲン担ぎにもなってるけど、どちらかと言えば勝負する前に食べるんだよ。まぁ実際勝利したのはグランだし、美味けりゃ良いだろ? まずは小さい方の茶碗蒸しからどうぞ。シャオとチサのはこっちな」


 瑞希はシャオとチサの前にも茶碗蒸しを置き、グランはごくりと喉を鳴らしながら茶碗蒸しの蓋を取る。


「これは本当に出汁を使っているのか? 汁が無いではないか?」


「卵を使って固めてるんだよ、匙で掬って食べてくれ! シャオとチサはちゃんとふぅふぅして、冷ましながら食べろよ?」


「わかったのじゃ! 頂きますなのじゃっ!」


「……頂きます」


 シャオとチサは茶碗蒸しに匙を入れ、ぷるぷると震える茶碗蒸しに息を吹きかけ、ちゅるりと啜った。


「くふふ。確かに優しい味わいなのじゃ!」


「……あ、これ美味いわ」


 シャオとチサはちゅるりちゅるりと啜る中、グランは言葉を発さずに夢中で茶碗蒸しを食べていた。


「グラン、感想は?」


「えっ? あ、あぁ……。いや、これは美味いな……もう無いのか?」


 グランは歯切れ悪く瑞希に応えたが、どうやら口に合わなかった訳ではないらしい。


「ん? 茶碗蒸しはもうないけど、もう一つのカツ丼を食べてみろよ?」


「そうか……無いのか……じゃあこちらのカツ丼と言うのを頂く」


 グランはどこか気分を落としながら、カツ丼の蓋を開く。

 ふわりと湯気が昇り、きつね色のトンカツ、黄色い卵、上に乗っている緑の三つ葉が、グランの目には芸術作品の様に映っていた。

 グランは大き目の匙に持ち替え、端っこの一切れのトンカツに匙を突き刺さすと、アンナが作ったおむすびで食べたペムイが下に入っている事に気付き、トンカツ、卵、ペムイを一緒に持ち上げパクリと口に放り込んだ。

 一噛み、二噛み……咀嚼する毎にトンカツの肉は千切れ、もちもちとしたペムイの甘さと、出汁の風味と混然となり、ゴクリと飲み込み喉に通る時にはグランは静かに涙を流していた。


「おぉ~い? グラ~ン? 出来たら感想を聞かせて貰いたいんだが~?」


 グランは瑞希の声が聞こえていないのか、もう一度匙を突き刺し二切れ目のカツを持ち上げる。

 そして口に運ぶと、また咀嚼をしながら涙を流していた。


「ミズキ……一体こやつに何を食わせたのじゃ?」


「いや……普通のカツ丼なんだけどな? ……とりあえずグランはほっといて鍋に取り掛かろうか?」


「……ミズキの料理は危険やな」


 瑞希は黙っているグランを放っておき、他の兵士達に鍋の蓋を開ける様に伝える。

 鍋は全部で五鍋程あるのだが、一斉に蓋を開くと、辺りには蒸気と共に、出汁の香りが広がり、周りの関係のない兵士までがその香りに瑞希達のテーブルを凝視していた。


「こんな感じで先に入れた具材が煮えたら、こっちの薄切りの肉を入れる。肉は直ぐに火が通るから色が変わったら食べてくれ! こうやって箸が使えると便利だけど、使えない人はお玉で具材を器に移して、匙かフォークで食べてくれ!」


 瑞希はそう説明すると、自分の目の前の鍋にオーク肉の薄切りを入れ、シャオとチサ、そしてグランの器に具材を取り、手渡した。

 瑞希がグランの目の前に器を差し出した事で、グランは別の出汁の香りを感じ取り、ハッと目を開けると、同じテーブルを囲う兵士達が気付き、大笑いをする。


「お、俺はどうしていたんだ!? 皆何を笑っているんだ!?」


――お前が話しかけても反応しないからだろ!


――そんなに美味いなら俺にもそれ一口くれよ!


「俺が勝ったんだ! これは絶対にやらんっ!」


「わははは! 帰って来たかグラン? 鍋が煮えたからこれも食べてみろよ? この出汁はメース出汁に干し茸の戻し汁を加えたんだ」


「いつもの出汁以外にもまだ新たな出汁があるのか!?」


「あるぞ~? 魚を変えたり、茸を変えたり、出汁は色んな方法で取れるからな! 皆は鍋の味……」


 瑞希がグランとの会話をしている中、周りの兵士達を見ると、皆がむさぼる様に鍋の具材を取り合っている。


――あ~! それ俺の肉だぞっ!


――こんなに美味いのかよ……そりゃグランも泣くわ。


「えぇ~……シャオとチサはどうだ?」


「くふふふふ! 美味いのじゃ! オーク肉が蕩ける様に口から消えるのじゃ!」


「めっちゃ薄く切ってあるからな! チサはつみれが気に入ったのか?」


「……ん! 鶏肉やのにふわふわしてて美味い! 野菜も出汁が染みてて美味いわ! それに温かいなぁ!」


「そうかそうか! お~い、皆~? 鍋の具材が無くなったら新しい具材を入れてまた煮込めば良いからな? たっぷり用意したからどんどん食べてくれ!」


 瑞希が他の兵士に声を掛け、視線をグランに戻すと、グランは具材を食べながら再び涙を流していた。


「(そういやアンナもクレープの時泣いてたな……)」


 瑞希はクスクスと笑いながら、自身もつみれを口に運び食していく。


「何を笑っておるのじゃ?」


「いや、兄妹揃って反応が一緒だと思ってな!」


「くふふ。良く似た兄妹なのじゃ」


――俺、この料理なら一生食ってられる。


――俺が今まで食って来たオーク肉は何だったんだ……。


――この汁美味すぎるだろ!?


 周りの兵士からの評判も上々なのだが、推薦兵士達が騒げば騒ぐ程、周りの兵士達の視線が突き刺さっていた。

 中には推薦兵士に声を掛け、一口貰おうとする者もいるのだが、推薦兵士達は断固として拒否をしていた。


「来年……」


 グランが立ち上がりポツリと何かを呟く。


「ミズキ! 来年も優勝したらまた同じ物を食わせてくれっ!」


「はっ?」


「お前等もこの鍋が食いたければ推薦されるぐらいに強くなれっ! そしてこのかつ丼が食いたければその中で優勝しろっ! これは俺達推薦兵士の特権だっ!」


――そうだそうだっ! これは推薦された俺達の御褒美だぞっ!


――悔しかったら俺達に勝ってみろってんだ!


――来年は絶対俺がかつ丼ってのを食うからなっ!


 推薦兵士達の言葉に周りに居た兵士達は恨めしそうに席に戻って行った。

 グランは言いたい事を言ってスッキリしたのか、ガツガツと鍋の具材を食べて行くが、瑞希は頬を掻きながらグランに返事をした。


「別に来年も作るのは構わないんだけどさ……」


「そうかっ! ならば俺は来年も優勝を果たすぞっ!?」


「うん……ていうかお前、来年は出場できないだろ? 年齢的に……」


 瑞希のその言葉にグランは今年が最後の若手の歳だと思いだし、固まった。

 同じ様にグランと同い歳の若手兵士も固まるが、グラン達より若い推薦兵士達の士気は逆に高まっていくのであった――。

いつもブクマ、評価をして頂きありがとうございます。

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