グランの御褒美
魔法の存在を知らしめ、バランが魔法の許可を出した異例の競技会を終えた瑞希は今日も今日とて厨房で料理の下拵えをしていた。
競技会前に約束していた副賞とも言える瑞希の料理。
競技会の優勝者であるグランは、瑞希に出汁を使った料理を所望した。
グランの言う出汁とは、瑞希がマリジット地方で手に入れたマクとメースを使用した和風出汁だ。
瑞希は何を作ろうか悩んだが、競技会の翌日にチサの訓練と称してたまたま討伐したオーク肉が手に入ったのでどうせなら競技会に参加した全員が食べれるような料理にしようと思い、調理を始めたのだ。
「……ミズキ、こっちのブマ茸は何で水に漬けてるん?」
「グランは和風の出汁が好きみたいだからな。この間採取したブマ茸は干してたから、干しブマ茸の出汁も食べさせてやろうかと思ってな」
「……ブマ茸から出汁なんかとれるん? 色はなんや変わって来てるけど……」
「戻し汁にはうま味成分がいっぱいだからな! そのままでも美味いけどメース出汁と合わせるとさらに旨い! グランには特別にメース出汁だけの料理と、メインの合わせ出汁と食べ比べ出来る様にする予定だ」
「ミズキ、これぐらいで良いのじゃ?」
瑞希はオーク肉を切り分けた後に、一部の塊肉をシャオに頼み、半解凍ではなく、半冷凍をお願いしていた。
「おぉ~! 良い感じだな!」
「何でわざわざ冷凍にするんじゃ?」
「肉が固まってる方が薄く切れるんだよ。肉は分厚く切ったら肉汁も多くなるしジューシーだけど、今日はステーキを作るわけじゃないしな」
「……でもこっちに分厚く切った肉を置いてるやん?」
チサは冷凍する前に瑞希が切り分けたオーク肉を指差す。
「そっちの肉はグランの特別料理用だよ。優勝者はやっぱり特別扱いしてやらんとな」
「ぬうぅ……わし等の御褒美はまだなのじゃ!?」
シャオは肉を薄くスライスしている瑞希の服を引っ張りながら、競技会の御褒美を強請る。
「危ねぇって! 砂糖も今日の食事会で手に入るし、ドマルもそろそろウォルカから戻って来るだろうからそれからでも良いだろ? ちなみに御褒美はどんな甘い物が食べたい?」
「勿論どーなつなのじゃ!」
「……うちは団子が良い!」
「ドーナツと団子か……あ、それなら丁度良いのがあった! 絶対にお前等が好きな甘い物だぞ?」
「なにっ!? それはどんなのじゃ!?」
「……早く食べたい!」
「わははは! 作る時まで秘密~。さぁ肉も野菜も切り終えたし、グランの特別料理を二品作ろうか! と言っても一つは簡単な料理だけどな。シャオとチサにも作ってやるから一先ずそれで我慢しろよ? もう一つの特別料理は……グラン専用だな」
瑞希の言葉にシャオとチサが瑞希の服を引っ張り合い、瑞希の体はぐらぐらと揺れる。
「何でじゃ!? それはあの分厚いオーク肉を使った料理なのじゃろ!? わしも食べたいのじゃ!」
「……うちも! うちも~!」
「だ~め! 只でさえメインの料理だけでたっぷり食べれるのに、特別料理まで食ってたら太るぞ? それにお前等は近い内に御褒美の甘い物を食べるだろ? たっぷり作ってやるからその時まで少し控えとけって」
「うぬぬぬっ! じゃあ明日食べさせて欲しいのじゃ!」
「……うちもっ!」
「了解っ! じゃあまずはお前等も食べる特別料理から作って行こうか!」
瑞希はそう言うと、ホロホロ鶏のモモ肉とブマ茸を切り分け、卵を割る。
割った卵を混ぜ、メース出汁を混ぜ合わせ卵液を作ると、それを濾し器で濾した。
「プリンと似た作り方なのじゃな?」
「殆ど一緒だぞ? モーム乳が出汁に変わるのと、割合が少し変わるな。この料理は卵に対して出汁は三倍ぐらい使うからな。ちなみにプリンなら二倍ぐらいだ」
「じゃあ甘い料理なのじゃ?」
「全然! 出汁と卵の優しい味だ。出汁の味に左右される料理だからグランは好きだろうと思ってな。メインの料理には干しブマ茸との合わせ出汁を使うから、出汁の違いも感じれるし丁度良いだろ?」
瑞希は茶碗に鶏肉とブマ茸を入れると、濾した卵液を注ぎ、蒸し器を用意する。
「……蒸し料理なんや? なんて料理名なん?」
「茶碗蒸しって言うんだよ」
「……見た目そのまんまやな」
「でも食材は全然足りてないけどな。銀杏とかゆり根は個人的に好きだから入れたいんだけど、似た食材が無かったしな~。三つ葉は似た香りの野草が生えてたからあるけど……」
瑞希は最後に三つ葉に似た野草を乗せて、茶碗に蓋をする。
「……シャオこれなんて草なん?」
「知らんのじゃ。そこら辺に生えてる草じゃから気にした事もなかったのじゃ」
「食べても毒じゃないなら大丈夫だろ? それに良い香りだしな。便宜上は三つ葉で良いや」
用意した蒸し器から蒸気が出始めたのを確認すると、茶碗蒸しを蒸し器に入れていく。
すると食堂にはがやがやと人が入ってきたので、厨房から覗くと、グランを始めとする瑞希達と死闘を演じた推薦兵士達が集まって来ていた。
グランは瑞希に気付くと厨房へと顔を出しにやって来る。
「ミズキ、本当に参加者全員分の料理を作ったのか? 優勝したのは俺だぞっ!?」
「折角なら全員で食えば楽しいだろ? それに約束通り献立はグラン好みに作ったし、グラン専用の料理もちゃんと用意してあるからそれなら良いだろ?」
「ぐむぅ……それならまぁ良いが……」
「それに皆から砂糖が貰えるんだから、お返しにもなるしな! すぐ作るから席について待ってろよ!」
瑞希はグランにそう告げると、厨房に戻り、分厚く切ったオーク肉の調理を開始する。
「かつにするのじゃ?」
「正解! 今回は鶏肉じゃなくてオーク肉を使ったトンカツだな! パン粉をつけてっと……」
瑞希は下味を付けたオーク肉に衣を付けてカラッときつね色になるまで揚げていく。
「チサはそっちに切った食材と、出汁の入った鍋を食堂に運んでくれないか? テーブルには鍋が置けるように乗せ台を置いてあるから、その上に鍋を置いていってくれ」
「……わかった」
「今日の料理は食堂で作るのじゃ?」
「前にお前等と約束しただろ? 家族団欒の味、鍋料理だよ。同じ釜の飯を食った仲間ってのも団結しそうで良いだろ?」
「じゃあしゃぶしゃぶなのじゃ!?」
「しゃぶしゃぶは殆ど味の付いてない汁でタレを付けて食べるんだけど、今日のは出汁を使ってるからどちらかと言えばちゃんこ鍋だな。まぁ鍋料理には変わりないよ」
「……楽しみやなぁ!」
「じゃあ食堂の用意はチサに任せるな? 俺はグランの料理を仕上げて持っていく」
瑞希は上がったトンカツを切り分けて、味付けしたメース出汁の入った鉄鍋に薄くスライスしたパルマンを入れ火を通すと、そこにトンカツを入れ、溶き卵をかけ少し煮込む。
その間に炊いておいたペムイを丼に入れ、卵がトロトロに固まった頃合いを見計らって、ペムイの上にするりと乗せ、最後に三つ葉を乗せた。
「う、美味そうなのじゃっ! 食べたいのじゃっ!」
「カツ丼は美味いぞ~? 卵がトロトロで、少し甘めに味付けた出汁がペムイに良く合うんだ! シャオとチサには明日の昼飯にでも作ってやるから我慢我慢! 茶碗蒸しも出来たし食堂に運ぼうか!」
「くふふふ! 今日は鍋、明日はかつ丼、近い内には御褒美の甘い物……色々楽しみなのじゃっ!」
シャオは満面の笑みを瑞希に向けると、あまりにも可愛らしい笑顔に瑞希も笑顔になり、シャオの頭を撫でてから食堂に料理を運ぶのであった――。
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