競技会後半戦 下
魔法を使った攻防に見慣れていない会場は、その凄さに息を飲んで残された兵士達を見守っている。
特別席から身を乗り出して食い入るように見ていたミミカは一度息を整えている会場の兵士達を見届けると、自身も大きく深呼吸した。
「すごいすごいすごぉい! ミズキ様も凄いけどチサちゃんもすごいわっ! ねぇテミルっ!」
「そうですね。ショウレイを用いて魔法を使うからか詠唱が短い割には威力がありますね。ただ、チサ様の魔力量ではそろそろ……」
テミルの言葉にミミカはチサに注目すると、肩で息をしており、心なしか金魚も小さくなり始めていた。
グラン達はそれを見抜いたのか、一斉に瑞希に飛び掛かり、瑞希は魔法と剣で応対しようと思ったのだが、一人の兵士によって全てを受け止められ、続くグランの剣に動きを止められた。
その隙にチサに近づいた兵士はチサに手を伸ばし、シャオの繰り出した風球と、慌てたチサの繰り出した金魚の体当たりを受けると同時にチサにかろうじて触れて両者共に退場に陥った。
「今、チサちゃん触れられたよね? お父様、これでチサちゃんは退場なの?」
ミミカは後ろにいるであろうバランに声を掛けたのだが、返事はなく、おかしいと思ったミミカは振り返るが、そこにバランの姿は無かった。
◇◇◇
玉砕覚悟の連携に触れられたチサは息を切らしながら倒れ込んでしまう。
瑞希はグランの足元に風魔法を放ち、その勢いでチサの元に走り寄る。
グランも追う事はなく、チサを介抱する瑞希を目で追っていた。
「……ごめん。触れられてしもた」
「気にすんな。俺もまさか玉砕覚悟で来るとは想定してなかったしな。それに魔力もギリギリだっただろ?」
「……うん。ミズキ、ポーチに入ってるの出してくれへん?」
「ポーチに?」
瑞希はチサの付けていたポーチをガサガサと探すと、以前渡したチョコレートを見つけた。
「……口に入れて」
瑞希はチョコレートを取り出すと、小さく開いたチサの口にチョコを入れ、チサは幸せそうにチョコレートの味を噛みしめていた。
瑞希はそのままチサをお姫様抱っこの状態で持ち上げる。
「……にへへへへ」
瑞希は幸せそうに笑うチサに溜め息を吐きながら会場の隅っこへと移動させ、グランの待つ会場の中央へと戻って行った。
「待たせてすまなかったな。待って貰ってなんだけど、前半戦の屈辱は晴らさせて貰うぞ?」
「ふんっ! 抜かせっ! 魔法を使った所で勝つのは再び俺だっ!」
「くふふふ。それは無理じゃな! 今回はわしもおるからの」
シャオは瑞希と手を繋ぎ、瑞希は自身の周りにパキパキと音を立てて当たっても刺さらない様な、先が鋭くない氷柱を作り始めた。
「じゃあ行くぞ~?」
「ふんっ! さっさと来いっ!」
瑞希は次々に氷柱を飛ばし、グランは刃が無いとはいえ、重量感のある実剣を振るって飛来する氷柱を打ち砕いていった。
瑞希は感心しながらも風魔法を使って加速しながらグランに詰め寄り、そのままの勢いでグランに向け横なぎに剣を振るった。
「(ミズキの剣には何かカラクリがあるから受けない方が良いな……)」
グランは先程の瑞希が刃を潰した剣で相対した兵士の剣を斬った事を思い出し、普段なら剣で受ける所を、一歩引いて躱そうとしたのだが……。
「なっ!?」
グランが一歩引くであろう事を予想していた瑞希は足元に散らばり溶け始めた氷のかけらを利用して、足元に薄い氷を張り、グランの足を滑らせたのだ。
「貰ったっ!」
足を滑らせ、体勢が崩れたグラン目掛けて瑞希は右手の剣を持ち直し、真っ直ぐに突きを放つ。
「舐めるなっ!」
グランは体勢が崩れた事を利用し、そのまま寝そべる様な形で避けると、瑞希が突いた剣を下から打ち上げる様に剣を振るい、瑞希の剣を弾き上げた。
瑞希も剣を手離す事は無かったが、しっかりと握っていたため、弾き上げられた勢いで右腕が肩の上にまで来てしまい、次の剣を振るうよりも先に、わずかに体勢の立て直しが早かったグランに、瑞希の左手が狙われた。
「ロベルさんと訓練してて良かったな……」
瑞希とシャオはロベルとの訓練で、左手を狙われる事が多く、咄嗟の判断を迫られる事が多かった。
グランが繰り出した剣を避けるため、瑞希とシャオはお互いの手を突き飛ばす様に力を込め、瑞希とシャオは弾かれる様に距離を空ける。
置き土産を残して……。
「くっ! 抜けんっ!」
グランが狙った箇所からは土が盛り上がり、グランの剣を止めると、そのまま固まってしまう。
「そりゃ、しっかりと凍らしたからなっ!」
瑞希はグランの剣を掴んでいる左腕を狙うが、声に反応したグランは咄嗟に柄から手を離し、瑞希の振るった剣を白刃取りで掴む。
シャオから離れた事により、瑞希の剣には魔力は流れていないので、純粋な力勝負となる。
「ぐぐぐっ! この状態で魔法を使ってこない所を見ると、貴様さては妹と手を繋がなければ魔法を使えない様だなっ!」
「バレたか……くそっ! 本当に力が強ぇなっ!」
「ふんっ! そうと分かれば恐るるに足らんっ!」
グランは掴んだ刃を捻り、瑞希の体制を崩そうと目論んだが、瑞希は想定していたのか、さっさと剣を手離し、前半戦の様に接近戦に持ち込んだ。
瑞希はグランの右頬に当てる様に右手で殴り掛かるが、グランは見え見えのパンチを掴み取る。
「ふん! 残念だった……」
グランは瑞希のパンチを掴み取り勝ちを確信したと思ったが、瑞希がにやりと笑うと同時に、グランの顎に下から衝撃が襲う。
「(何故だっ!? ミズキは今手を繋いでないだろう!?)」
グランは唐突な衝撃に仰け反ったが、その場で堪え、次の手を打とうと思った先に、上空から落ちて来る大きな氷塊が目に入り、そのまま顔面にぶつかる直前でぴたりと止められた。
「わはは。俺の勝ちだろ?」
「くっ!……参った」
グランの放った言葉と同時に銅鑼が鳴り、歓声と共に後半戦の幕が閉じた。
瑞希は空いている手で倒れそうなグランを引っ張ると、上体を起こしたグランの目に入って来たのは、瑞希の背中に張り付くシャオの姿だった。
「貴様っ! 手を繋がないと魔法は使えないと言ってたではないかっ!」
「あほ。戦闘中に不利になる事なんか正直に教えるかよ。シャオ、約束通り手を出さないでいてくれてありがとな?」
「くふふ。正直物足りんが、勝ったから善しとするのじゃ!」
「じゃあグラン、約束通り例の物は頂くからな?」
瑞希は嬉しそうにグランに声を掛けた。
「やらんぞっ! ミミカ様がどう言おうと俺は承諾できんっ!」
グランは瑞希が欲しがっているであろうミミカという存在を渡すつもりは毛頭無かった。
勿論グランの盛大な勘違いである。
「お前なぁ! 約束通り俺達が勝ったんだからちゃんと砂糖はくれよ! 俺もお前に料理は振る舞うんだからさぁ!」
「お主……もしや約束を違えるつもりなのじゃ?」
瑞希の背中から顔を出したシャオから圧力が生まれだす。
グランはその圧力に冷や汗を掻きながらも何とか言葉を返す。
「さ、砂糖?」
「そうっ! 砂糖っ! アンナを通じて約束しただろ? 剣で優勝した奴は俺が料理を振る舞う。そして、俺達が勝ったら全員砂糖を俺達に渡す。俺もちゃんと料理は作るから、グラン達も約束は守れよ?」
「貴様、ここまで勝ち残ったのは最初から砂糖が欲しかっただけなのか?」
瑞希はため息を吐きながら答えた。
「それ以外に何があるんだよ……約束は守れよ? 頑張ったシャオとチサに甘い物を作るんだからな!」
グランは己の勘違いに気付き、大きく笑いだす。
「はっはっは! ここまでの料理馬鹿だったか! いや、すまんすまん! ちゃんと砂糖は渡すから安心しろ。ミズキもちゃんと美味い物を食わせてくれるな?」
「だから最初から作るって言ってるだろ? 何を勘違いしてたんだよ……」
瑞希はグランに差し出された手を握り、拍手で埋め尽くされた会場に手を振るが、入口から漏れ出してきた殺気に気付き、シャオと共に臨戦態勢を取るのであった――。
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