ミネストローネとバター
まず初めに瑞希はスープの鍋から野菜を取り出すと、包丁で細かく形を揃えながら切っていく。
「なんで細かくするんじゃ?」
「これだけバラバラの大きさに切られた野菜だと、火の通りがバラバラだろ? なら全部細かく切ってミネストローネにしようかと思ってな」
「へんてこな名前じゃのう」
瑞希は鍋に入っていた具材を切り終えると、購入してきた野菜を使おうと麻袋を漁り始めた。
「見た所、人参と玉ねぎ……カマチとパルマンか。この二つはスープに入ってたから、ジャガイモならぬ、グムグムを使うか……なんだこれ?」
買った覚えのない小さな黒っぽい野菜を手にして瑞希は頭をひねりながら匂いを嗅ぐ。
「ニンニク! おまけで入れてくれたのかな? 何はともあれありがたい。」
八百屋のおばちゃんもとい、お姉さん……ありがとう。
と、心の中でお礼を言いながら瑞希は仕込みを再開する。
「グムグムは皮を剥いて賽の目切りに、ニンニクもどきはみじん切りにして、トマトもどきは裏に十字の切れ込みを入れて……シャオ! ちょっと火球を浮かべてくれないか?」
「こんな感じかの?」
ゴウっ! と頭ぐらいのサイズの火の玉が現れる。
「でかいでかい! もうちょっと握りこぶしぐらいまで縮めてくれ!」
「わがままじゃのう……」
ちょうど良いサイズになった火の玉に、自身の包丁ケースに入れていたカービングフォークに刺したトマトもどきを火の中に突っ込んだ。
「次は火球より少し大きい、冷たい水球を出してくれ」
言われるままにシャオは水球を出し、瑞希は火に入れたトマトもどきを水球に突っ込んだ。
「なんでわざわざ火の中に突っ込んだんじゃ?」
「こうするとな……ほら、切れ込みを入れたとこからこの野菜の薄皮が剥けるんだよ。やっぱりトマトと一緒だな。生で食べるなら別にこの皮も気にならないんだけど、スープに入れたりする時は固くなって舌触りが悪いんだよ。」
「切れ込みを入れてからそのまま剥いたら良いではないか」
「俺が知ってるトマトって野菜は実に比べて皮が熱に反応して縮こまりやすいんだよ。この野菜も形と色は違えど、味と感触が似てたから一緒だと思ってな」
その後何個か皮を剥いたトマトもどきを用意した。
「油はこれかな?」
くんくんと油の匂いを嗅ぎ、植物性の油と確認すると、小鍋に入れ、刻んだニンニクもどきを入れる。
「じゃあシャオ、竃の下から火の魔法を出してくれるか?」
「わかったのじゃ!」
「もうちょい小さく……良し。それぐらいで維持してくれ。そういや魔法を使って疲れたりとかはしないのか?」
「大量に魔力を使って枯渇すれば倒れるが、こんな量なら全く問題ないのじゃ。おぉ! なんか良い匂いじゃの!」
「なら良かった。ニンニクもどきが油で熱せられて香りが出てくるんだよ。次は刻んだグムグムをここに入れて炒める」
じゅうじゅうと音がする熱した小鍋を木べらでかき混ぜながら、瑞希はスープに入っていた野菜に手をかける。
「本当ならカマチやパルマンもグムグムと一緒に炒めるんだけど、今日はスープに入ってたやつだから時間差で入れて、その後にトマトもどきを潰して入れる」
瑞希は具材の入った小鍋にトマトもどきを潰しながら入れてさらにかき混ぜる。
「そしたら、本来はここに別に取ったスープか、水とコンソメキューブなんかを入れたら良いんだけど、そんなものはないから、さっき出された野菜スープの煮汁を利用する」
「さっきのスープとは全然違う色なのじゃ!」
「俺の知ってるトマトなら赤色のスープが出来るんだけど、今日は黄色だな。後はローリエみたいな葉っぱを入れて……じゃあこの竃の火はもう少し弱めておいてくれ。」
「任せるのじゃ!」
シャオは火球の火を弱火に調整しながら、瑞希が次に何を作るのか期待していた。
「次は肉だな。肉と塩胡椒だけじゃ味気ないから、他の食材を……この小さ目のタルはなんだ?」
厨房の隅に置いてあるタルの蓋を開けるとトロリとした白い液体が入っている。
「牛乳か? いや、何の乳かわからないけど分離してるって事は……バターが作れる!」
「乳は飲むものじゃろ? 料理で使えるのか?」
「乳はすごいぞ~! 料理の幅がすごく広がる! シャオそこの空き瓶の中を水で洗って乾かしてくれ」
シャオは瓶の中を水魔法で洗うと、器用に風魔法で乾かし、瑞希に手渡す。
「これで良いかの? して、これをどう使うのじゃ?」
「ここに乳の上澄みの生クリームを半分ぐらい入れて……コルクでぐっと蓋をして……よし、じゃあ次は風魔法でこれをこんな感じで振ってくれるか?」
瑞希はシャオの前で瓶を持ち、上下に激しく振ってみた。
「お主は魔法を使えんくせに、良くもまぁ器用な方法を思いつくもんじゃな……これで良いか?」
「そうそう、そんな感じで振ってると、最初の時よりとろみが出てきて、その後にバチャバチャ音がするようになったら完成だ!」
上下に激しく動く瓶がバチャバチャと音を立て始めた。
「すごいのじゃ! 本当に音がし始めたのじゃ!」
「そしたらその瓶を切って……しまった……どうやって取り出そう……割る訳にもいかないし……」
「切れば良いんじゃろ? 任せるのじゃ!」
シャオはそう言うと風魔法で瓶をスパッと切断してみせた。
「ひ、ひびすら入ってない……」
「余裕なのじゃよ! してこれをどうするのじゃ?」
「そしたらこの液体はこっちに取っておいて、周りについている固まりを集めたら……これがバターだ!」
「すごいのじゃ! 何で液体だった物が固まるのじゃ!? 逆に何でこっちの残った液体は固まらんのじゃ!?」
シャオは目の前で起きた不可思議な現象を見ると、作業台の前で興奮しながらぴょんぴょんと跳ね、瑞希に質問を繰り返した。
「乳ってのは脂肪、つまり油だな。それが結構混ざってるんだよ。それを振る事によって油と水分に分けたんだよ」
「すごいのじゃ~、魔法みたいなのじゃ!」
この短時間で混ぜれたり、瓶を切ったり出来るシャオの方がよっぽどすごい事をしているだろ……と、瑞希は思うが、そんなすごい子にここまで感心されると嬉しくなってくる。
「あとはこのバターに塩を混ぜたら有塩バターの完成ってわけだ。あ、ちなみにこっちの液体はホエーって言って、飲んでも良いんだけど、もったいないから次の料理に使おう」
「次は何を作るのじゃ?」
「ふっふっふ……お子様が大好きなハンバーグだ!」
くつくつと煮込まれるスープからは良い匂いが漂ってきている。