競技会当日
兵士で埋め尽くされた二階席はざわざわと本日の競技会に参加する若手兵士代表を眺めていた。
そんな中、アンナとジーニャはシャオとチサと共に二階席の一画から瑞希を目で追っていた。
「ミズキさぁん! 頑張るっすよー!」
「全員ぶちのめすのじゃーっ!」
「……頑張れ~」
「(私はこの場合どっちを応援すべきなんだろう……)」
瑞希は会場からシャオ達に手を振り、バランとミミカが座る特等席に視線を向ける。
視線に気づいたミミカは瑞希に大きく手を振るが、すぐにテミルに叱られしゅんと落ち込んでしまう。
そんな瑞希の元にグランが声を掛ける。
「この日を待ちわびたぞ……今日この場所で貴様の態度を改めさせるからなっ!」
「おぉっ! グランっ! 知り合いが居ないから探してたんだよ!」
瑞希はグランの宣誓を躱し、嬉しそうに歩み寄る。
「ぬぅぅ……戦う前から気が抜けるではないかっ! それより約束通り今日の勝利者に料理を作ってくれるんだろうな!?」
「勿論作るさっ! お前も俺達に負けたら砂糖を寄越せよ?」
「当たり前だっ! 剣士に二言は無いっ! ……ちょっと待て、俺達って言うのはどういう……」
グランが瑞希の言葉を聞き返そうとした時に、開幕の合図であろう銅鑼の音が鳴り響く。
瑞希を始め、他の兵士達も一斉にバランが座る席に体を向け、瑞希以外の兵士や、二階席の兵士がバランに向けて忠誠の意味を込め、しゃがみ込んで右手を胸の前で握る。
「よくぞ集まったっ! 今年も推薦された若手兵士の技術を見るべく本日の競技会を行うが、例年とは違いいくつかの通達があるっ!」
例年とは違うバランの言葉に会場がざわめく。
「今年はそこにいるミズキ・キリハラという冒険者が競技会に参加するが、競技会は前半と後半に分けて二回執り行う!」
若手兵士達はバランに視線を向けたままどういう意味だと思案する。
「前半は例年通り木剣を使用しての乱戦となる! 戦闘不能の判断等は当たった箇所を見た審判の兵が行い、離脱を告げられた者はその場から離れる事! 後半は刃を潰した実剣を使用し、ミズキ・キリハラを含む三人対推薦された若手兵士全員で執り行う!」
バランが大きな声で告げた内容に、参加者である若手兵士達全員がミズキに視線を向ける。
バランの言葉に手を上げる一人の若手兵士が居た。
一際大きな体躯をしているグラン・クルシュだ。
「バラン様! お言葉ですが、この人数相手にわずか三名で相手をするなど公開処刑ではありませんかっ!? ましてや刃を潰しているといえ実剣などっ!」
「それは実際に戦えばわかるっ! 無論、ミズキ・キリハラ達には冒険者としての戦いをして貰うのでお前達も覚悟をしておくようにっ! 他に質問はないかっ!?」
ざわざわとする会場の中で、バランの近くに居たミミカが手を上げる。
「はいっ! はいっ! お父様っ! 質問っ! 質問ですっ!」
バランが近くに居るにも関わらず、皆に聞こえる様に一際大きな声でミミカが声を上げる。
バランは嫌な予感がしているが、一応娘の質問に耳を傾ける。
「……何だ?」
「後半戦は私も参加しても良いですかっ!?」
ミミカの言葉にテミルはこめかみを抑えつつ溜め息を吐き、唐突な娘の言葉にバランも驚く。
「却下だっ!」
「何でですかっ!? 私だって参加してみたい~! シャオちゃんはまだしもチサちゃんだって参加するのに~!」
「ミミカ様? お静かに……ね?」
「……はぁい」
テミルの笑顔に隠された圧の様な物を感じ取ったミミカはびくつきながらも、ぶすっとした顔をしながら椅子に腰を下ろす。
バランが一つ咳ばらいをすると、手を上げ兵士達に立ち上がる様に指示を出す。
「それでは準備は良いかっ!? 木剣を手にし、適度に間隔を空けたら始めるぞ!」
兵士達は大きな声を出し、バランの言葉に雄叫びを返す。
瑞希は周りのテンションについていけていないが、屈伸をしたり、腕を伸ばしたりしながら準備運動を始めていた。
「ミズキ、暫くは狙わないからまずは周りの雑魚共を蹴散らすぞ?」
「雑魚って……それより良いのか? 料理の事もあるから皆に狙われるかと思ってたんだが」
「ふんっ! そんなやり方で勝っても意味が無いだろ? 貴様の料理は正々堂々と食らいたいからな」
瑞希と会話をしていたグランはそっぽを向く様に瑞希を視線から外すと、始まり合図として銅鑼が鳴った――。
◇◇◇
先日、瑞希に負けたアンナを追いかけていたジーニャはアンナに追いつくと、俯いて顔を隠すアンナの正面に立った。
「追いついたっすよアンナっ! 抱きとめられたのが恥ずかしったんすか?」
「……しい」
「んんっ?」
「悔しいんだっ! ミズキ殿が強いのは知っていたが、剣で負けるつもりはなかったんだっ!」
アンナはそう言いながらも悔しそうな顔と、赤面した名残なのか顔を真っ赤にしながら泣いていた。
「感情どこっすか……。でもアンナも良い勝負してたっすよ?」
「あれはミズキ殿が手を抜いていたんだっ! ちゃんと剣だけの勝負なら私なんかすぐにやられていたっ!」
「ミズキさんはシャオちゃんが付いてるから、こないだの遠征の時に相当絞られたんすよきっと」
「それはそうなんだが……」
アンナは最近自信を失いかけていた。
ミミカを助ける事は出来ず、ジーニャは接近術で才能を見せ始め、料理人である瑞希に戦闘ではなく剣の勝負で圧倒された。
「それでも羨ましかったっすけどね」
ポツリと呟いたジーニャの言葉にアンナが反応する。
「気付いてなかったんすか? アンナ、剣を交わしている最中ずっと笑顔だったんすよ? 踊りでも踊ってるみたいに楽しそうで、まるで二人だけの時間だったみたいっす」
「そ、そんなはずないだろっ!? 私は必死だったんだぞ!?」
「それでもミズキさんはちゃんとアンナを女の子扱いしてくれてたじゃないっすか? 踊りが終わったみたいに最後は……」
「や、止めろっ! 恥ずかしくなって来るだろっ!? それより仕事があるんだっ! 早く仕事に戻るぞ!」
「時間を食ってたのはアンナっすよっ!?」
「良いから行くぞっ! それとっ! ミズキ殿に再戦を申し込むまでにはもっと強くなるから、今夜も訓練に付き合ってくれ!」
「次はうちの番っすよっ!」
二人はぎゃあぎゃあと騒ぎながらも、仕事へと戻って行く。
「(踊りでも踊ってるみたいにか……)」
アンナは急ぎ足で駆けながらも、先程の瑞希との訓練を思い出す。
真っ直ぐな瞳で直視されながらも、隙を見せたら打ち込まれそうになる。
逆に隙があると思って打ち込めば、瑞希が躱し、反撃を繰り出して来ていた。
最後は足元を狙われて倒されたと思ったら……。
「わぁ~!」
「急に何すかっ!?」
「わ、私、臭くないかっ!? 汗まみれの状態であんな近くに……っ!」
「今更何言ってんすか? さっさと仕事を終わらしてさっき以上に汗を掻くっすよ!」
「それはどういう意味だっ!? 臭いのか!? 臭くないのかっ!?」
「ミズキさん本人に聞けば良いっすよ!」
「そんな事聞けるか馬鹿ぁっ!」
その日アンナは仕事場に戻っても、うーうーと唸りながら仕事をしていた。
仕事終わりにジーニャと訓練を終えるまで頻りにジーニャに尋ねるが、ジーニャはその都度瑞希に聞けば良いとはぐらかす。
「(アンナばっかりずるいっすもんね……)」
どうやらそれはジーニャのちょっとした仕返しなのだろう――。
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