異世界の料理
目の前に置かれた料理は豪快だった。
塊で焼かれた生焼けの肉。
形が不揃いの野菜が入ったスープ。
真っ黒焦げなパン。
素人目にもわかる出来の悪さなのだが、せっかく出された料理である事と、食材を無駄にはしたくないという気持ちが瑞希の食指を動かした。
・
・
・
・
・
・
「まずいのじゃ!」
我慢して食べていた男二人を尻目にシャオが大声で叫ぶ。
「味が付いていないスープ! 生焼けの肉! 炭みたいなパン! わしはこんな物を食べるぐらいなら、瑞希の料理が食べてみたいのじゃ!」
「こら! せっかく作ってくれたんだから我慢して食べろ!」
「ミズキ……。それ何のフォローにもなってないよ?」
三人がぎゃあぎゃあと騒ぎながら食事をしている所にタバスがやってきた。
「不味いか?」
「不味いのじゃ! さっきの仕返しなのじゃったら受けて立つのじゃ!」
シャオが即答で返すと、タバスは残りの二人に問う。
「小僧たちも、わしの料理は不味いと思うか?」
「あははは……。個性的な料理だと思いますよ?」
「俺はこの地方の料理を食べた事がないので、何とも判断が着かないのですが、美味いか不味いかで言えば、不味いです。」
瑞希も聞かれなければ正直に言おうとは思っていなかったが、本人が自覚しているのであれば話は別である。
料理人として、無駄になってしまった食材に対し多少苛立ちを感じていた。
「やはり不味いか……」
「何か理由があるんですか?」
瑞希は肩を落としながら感想を聞いてきたタバスを不思議に思い、訊ねてみた。
「うちのばあさんがな……二月程前にゴブリンに襲われてな……」
タバスは声を詰まらせながらも話を続けた。
「この宿はな、二階は宿なんじゃが、この階は酒場なんじゃよ。」
そう言われ瑞希達は周りの席を見回して、客が自分達以外居ない事を確認する。
「料理は女性が作るもんじゃから、ばあさんに料理を任せて客あしらいをわしがやってたんじゃが、婆さんが襲われてからは当然料理を出せなくなった。村には酒場なんぞうちしかないのじゃが、わしが作った料理の不味さに客がどんどん減っていきよったんじゃ。」
確かにこの料理の不味さならば納得は出来ると、三人は頷いていた。
「なら、誰か料理が出来る人を雇えば良いのでは?」
ドマルは至極当然の様に聞いてみた。
「何人か雇ってみたのじゃが、わしは短気じゃからな。ばあさんなら許された事も他人では上手くいかなんだ。そんな事が続き、ゴブリン退治の依頼を出しても達成報告が来ず、いらいらしながらギルドに詰め寄ってる所にお主達が報告に来てくれたんじゃ……本当に感謝しておる」
しんと静まり返った酒場で、シャオが声を上げる。
「お主の身の上話などどうでも良いのじゃ! わしは腹が減ってるのじゃ! ミズキが料理すれば良いのじゃ!」
「お前なぁ……ちょっとは空気を読めよ……」
「小僧は料理が出来るのか?」
「まぁ故郷では料理を仕事にしていたので多少は出来ますが……。」
「なら嬢ちゃんに料理を作ってやってくれ。幼子が腹を空かせてるのはかわいそうじゃ」
「仕方ないか……ならこの料理は一度下げますね。厨房の物は多少使っても宜しいですか?」
「好きに使ってくれ。竃にはまだ炭が残してあるから終わったら炭壺に入れておいてくれ。」
「(炭火か……焼き鳥ぐらいしか経験ないな……)わかりました。シャオ手伝ってくれるか?」
「わかったのじゃ!」
「僕も手伝おうか?」
「ドマルはタバスさんと酒でも飲んで話し相手になって上げてよ」
ピンときたドマルはタバスを席に誘い、ワインに似た酒を注いでいく。
◇◇◇
「さてと……包丁も取って来たし、まずは食材と調味料のチェックだな」
「肉はここに置いておくのじゃ」
「ありがと。あ、シャオは竃の炭を壺に移して消しといてくれ」
「火を使わんでどうやって料理するのじゃ?」
「ぶっつけ本番で使っても良いんだけど、やっぱ慣れない物よりシャオに頼ろうかと思ってな!」
「魔法か? じゃが、人前で使うなとお主が言ったのじゃぞ?」
「だから、ドマルにタバスさんの相手を頼んだんだよ」
「なるほど……なら任せるのじゃ!」
シャオは炭を移し、瑞希は食材の確認をする。
「この鍋に入ってる野菜スープは具の大きさがバラバラで、大きい野菜が生煮えだし、何で塩味も付けてないんだよ……この肉は牛肉みたいなんだけど、焼けた部分を食べた時に凄く筋張って固かったんだよな。調味料は……こっちが塩で、胡椒はこれか。この葉っぱはローリエみたいな香りだな。あとこの黄色いのは……」
瑞希は一つの野菜に手を伸ばし、包丁で切って少し食べてみた。
「あ、トマトだ。しかも結構甘いトマトで美味いな! ならこれはスープに使うか……
パンは焦げた部分をとりあえず全部剥がして捨てるしかないな。肉も焼けた部分は細かくしてスープに入れよう」
シャオは炭をしまうと、楽しそうにして悩んでいる瑞希を見て、自分の出番はまだかと催促するのであった。