チサの初仕事と秘密の味
瑞希達はキーリスから東にある森にやって来ていた。
チサは作ったばかりのプレートを嬉しそうに眺めながら歩いている。
「……にへへ」
「ついでとはいえチサも冒険者登録したからには少しは稼がないとな。魔物は討伐してるのに報酬を貰ってない俺が言うのもなんか変だけど……」
「……頑張る!」
「とりあえず今日は依頼に在った薬草の採集を優先にして、魔物が出たらシャオの指導の元狩って行こうか……一応ムルの葉も買ってあるし、オークが出たら良いんだけどな~」
「オーク肉が手に入ったら何か作るのじゃ?」
「ジャルがあるから何でも作れるな……ペムイと合わせるなら生姜焼きも美味いし、時間をかけるなら角煮も作れる。酢豚、ポークチャップ、焼売、とんかつ……は前作ったか」
瑞希の羅列する料理名にシャオもチサも涎を流す。
「食べた事無いのがいっぱいなのじゃ!」
「……ペムイと合うのが食べたい!」
「後は寒くなって来たこの時期に合わせるなら、鍋物とかも良いな。マクを入れた鍋にシラムとかブマ茸、シャマンなんかを煮込んで、薄く切ったオーク肉と食べるんだ。汁自体に味は付いてないから、ジャルとシャクルみたいな柑橘類を混ぜ合わせたタレで食べるんだよ。鍋は家族団らんのイメージもあるな」
「「それが良い(のじゃ)!」」
「そうだな。じゃあオーク肉が取れた時は豚しゃぶ鍋にしようか! でもとりあえずは仕事に集中しよう」
シャオとチサは鼻息荒く張り切り、チサは冒険者ギルドで貰った初心者用の手引きを見ながら生えている草を採取していく。
「お、ブマ茸発見! スズの葉も見っけ! 後は……シャオこの茸は食べれるのか?」
「……それは毒茸じゃな。……ミズキ」
「来たか……。チサでも大丈夫そうか?」
「はぐれのコボルトじゃな。チサ、戦闘態勢じゃ」
「……う、うん!」
ガサガサと草木を揺らしながらその姿を現したコボルトは、二足歩行をしている毛のない犬の様な姿をしており、ゴブリンの様にその手には小さなナイフを手に持っている。
瑞希は剣を抜くと、チサの前に立ち、指示を出す。
「チサ、詠唱を始めろ。それまでは壁になってやるから、魔法を使う時は合図をくれ」
「……わかった!」
瑞希はナイフを手に斬りかかって来るコボルトを、剣で弾く……のだが、瑞希の思惑とは違い、弾いたと思ったナイフの切っ先は瑞希の剣により、切れ落ちてしまう。
コボルトはそのまま魔力が高まるチサの元に走り寄るが、シャオの風魔法に弾き飛ばされる。
「悪い! 最近木剣ばかりでこの剣の切れ味を忘れてた!」
「まぁミズキ自身の剣の鋭さも増しておるから仕方ないのじゃ。チサ、行けるのじゃ?」
チサの近くに水で出来た尾びれの長い金魚の様な魚が浮かび上がる。
「……出来た。魚さん、魚さん、鋭い一撃を……」
チサはコボルトを指差し、チサが作った金魚は泳ぐようにして尾びれをたなびかせ、コボルトに向けて氷柱を放ち、コボルトの体に突き刺さる。
瑞希がその隙に、コボルトの首を斬り落とすと、チサが一息を吐く。
「……どう?」
「時間がかかり過ぎじゃが、威力は申し分なかったのじゃ」
「……む~……魚さん、もう少し早く出て来てね?」
チサは自分で出した金魚に駄目出しをする。
金魚の方も申し訳ないような感じを出しつつ、ゆらゆらと泳ぐ様に浮かんでいる。
「チサの魔法の使い方って変わってるよな? あの金魚みたいな魚を出さなきゃ駄目なのか?」
「色々試したのじゃが、チサの場合はそのまま魔法を放つより、魚を経由した方が威力が上がるのじゃ。魚を出すまでに時間はかかるが、出してからは詠唱が短くても魔力の放出を抑えられるのも特徴じゃな」
「ふ~ん。なんか召喚魔法みたいな使い方だな」
「……なんやそれ?」
瑞希は漫画やゲームで良くある召喚魔法を思い浮かべる。
「魔力で魔法を使う者を使役するっていう感じかな。そんな魔法もあるのか?」
「呼び方は知らんが、自身がイメージした形を具現化させて魔法を使う者が極稀におるのじゃ。ほれ、かつて世話になったお爺さんがそうやって使っておったのじゃ」
「その時はどんな形だったんだ?」
「お爺さんのは火で出来た四つ足の動物みたいだったのじゃ。口から火を出したりしてたのじゃ」
「へぇ~! 俺も魔法が使える様になったらイメージしてみようかな! ……と、チサ、次の相手が来たみたいだぞ」
木の陰から大きな芋虫の様な魔物が現れる。
しかし、ただの芋虫ではなく、石の様な甲殻に覆われており、いかにも固そうな見た目をしている。
「(くふふ。良い反応じゃな)ストーンワームじゃな。体に覆われた外殻は生半可な攻撃は跳ね返すのじゃ」
瑞希達に気付いた芋虫の様な魔物はずるずると瑞希達に迫って来る。
「……魚さん、鋭い一撃を……」
チサは先程と同じ言葉を紡ぎ、側に居た金魚が氷柱を作り魔物に放つ。
チサが作り出した氷柱は間違いなく命中したが、魔物の外殻に弾かれ、粉々に砕ける。
「……効いてない」
魔物はチサに向け口から糸を吐き出す。
チサは慌てて両腕で顔を塞ぐが、寸での所で瑞希が剣の腹で糸を受け止め、魔物と力比べの様な状態に陥る。
「チサっ! あの甲殻に頭ぐらいの大きさの氷の塊を勢いよく当てろっ!」
「(くふふ。良い判断じゃ)」
瑞希の言葉に、チサが慌てて言葉を紡ぐ。
「……さ、魚さん! 大きく重い一撃を!」
チサは、慌てたせいなのか、いつもより魔力が持って行かれた感覚に陥るが、金魚はイメージ通りの氷の塊を作り上げ、魔物に放ち命中する。
当たった箇所の外殻にヒビが入り、パラパラと崩れ落ち、穴が開いて中身が見える。
「チサ、もう一度最初の魔法であの穴を狙えっ!」
「……魚さん! 重く鋭い一撃をっ!」
チサが戦闘の興奮も相まって、最初の詠唱に重いという言葉を繋げると、先程よりも大きな氷柱が金魚から放たれる。
それと同時に、チサの魔力が枯渇しそうになり、チサはぐらりと眩暈に襲われる。
「余計な魔力を使いすぎじゃ」
外殻の穴を狙った大きな氷柱は魔物に突き刺さり、魔物の息の根を止める。
瑞希は剣から伝わっていた力が抜けると同時に、くるくると剣で糸を絡め取り回収する。
「大丈夫かチサ? 魔力薬いるか?」
「……欲しいけど、飲みたない……」
「あぁ……苦いしな……」
チサはシャオとの訓練で一度魔力薬を飲んだのだが、あまりの苦さに驚き、その後魔力薬を口にするのを嫌がった。
「まだまだ魔力の使い方が悪いが、初めての戦闘にしては良くやったのじゃ!」
「……にへへ」
「でも焦って体を固めるのはいかんのじゃ。あの距離ならチサでも避けれたのじゃ!」
「……む~」
シャオからの駄目出しを受けつつ、ふくれっ面をしているチサに、瑞希は鞄からある物を取り出す。
「まぁまぁ。初めてなら仕方が無いだろ? それよりチサ、初討伐の御褒美に良い物やるから口を開けてみろ」
チサは瑞希の御褒美と言う言葉に喜び、口を開ける。
瑞希は包み紙を外し、チサの口に小さなお菓子を入れる。
口の中で溶け、ほろ苦さと甘さが交じ合わさった味に、チサは眩暈も忘れその味の虜になる。
「……うまぁ」
「うぬぬ! チサばっか……「はい、あ~ん」」
シャオが文句を言って来るのが分かっていた瑞希は二つ目の包み紙を取り、シャオが大きく開けた口にお菓子を放り込む。
急に口に入れられた驚きもあるが、シャオはその味にも驚く。
二人共この味の事を知っていたからだ。
「「ちょこそーす(なのじゃ)!」」
「正解っ! 実はモンドさんにポッカの種を分けて貰ってたんだよ。……疲れた時の甘い物は染みるよな~」
「何で隠してたのじゃ! もっと欲しいのじゃ!」
「……もっと食べたい!」
「御褒美用にしとかないと切りがないだろ? それにそこまで数も作れなかったしな。ミミカ達には内緒だぞ?」
瑞希はそう言うと、二人の手に三個ずつチョコレートが包まれた紙を手渡し、二人は嬉しそうにチョコレートを口の中に入れる。
「くふふふ。秘密の味は美味いのじゃ!」
「……あかん。何個でも食べたくなる」
「食べすぎも体に悪いからな。チサも美味さで気が紛れるだろ?」
「……にへへ。体が楽やわ!」
「「体が楽 (なのじゃ)?」」
シャオはチサの魔力を探る。
「……チサの魔力が少し回復しておるのじゃ」
「へ? 何で?」
「チサ、もう一つちょこれーとを食べてみるのじゃ」
「……え~……残り二つだけやのに……」
残り少ないチョコレートを大事に食べたいチサが嫌そうな反応したので、瑞希が自分の分のチョコレートをチサの口に入れる。
「……にへへ。美味しい~」
「……うむ。魔力薬には及ばんが魔力が少し回復しておるのじゃ!」
「もしかして魔力薬ってポッカの実から出来てるのかな? それならあの苦さも納得出来るし……」
瑞希が考え事をしてると、シャオが口を開けて瑞希の方を見ている。
「何だよ?」
「ひははっはりふふいのひゃ(チサばっかりずるいのじゃ)!」
瑞希は大人気ないシャオに頭を抱えながら、自身のチョコレートをシャオの口に入れる。
シャオもチサと同じ様に幸せそうな顔をするので、まぁいいかと、二人の頭を撫でるのであった――。
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