瑞希の参加理由
ミミカとドマルを交えて再びうどんを振る舞うと、既に食べ終わったアンナとジーニャが瑞希に質問をする。
「ミズキさんは何で急に競技会に出ようと思ったんすか?」
「元々出るつもりは無かったぞ? 近々キーリスでお祭りがあるんだろ? それに出店するためだよ」
「話が見えないのですが……」
「シャオが言ってたんだよ。キアラがその祭りで出店するけど、自分達は店を出さないのかって。どうせ出すならキアラの店の近くで出した方が面白そうだろ? それをバランさんに相談したら出店は約束するから、代わりに競技会に出て欲しいって頼まれたんだ」
その言葉を聞いた、ミミカが手を上げ口を挟む。
「私の護衛をしたいんじゃないんですか!?」
「俺はここの兵士じゃなくて、料理人だぞ? 屋台がやりたいに決まってるだろ? それにシャオがある意味お願いしてきたんだぞ? 叶えてやりたいだろ?」
「べ、別に店を出したい訳じゃないのじゃ」
「人に美味しいって言われるのが嬉しいくせに……まぁ俺も店を出すのは楽しみだしな」
瑞希がシャオの頭を撫でると、シャオは恥ずかしそうにそっぽを向く。
「そんなぁ~……」
「だから言ったじゃないですかミミカ様……」
シャオが嬉しそうにする反面、ミミカはがっくりと肩を落とす。
うどんを啜っていたグランが瑞希に食って掛かる。
「貴様っ! ミミカ様の護衛という名誉がいらんのか!?」
「良いわよグラン! もっと言って!」
グランの言葉に乗っかり応援をするミミカの言葉に、グランの気持ちが昂る。
「良いか? 競技会に出られるのはパートナーに推薦された二十五歳までの若手兵士だ。競技会で自分の強さを競い、上位の者は審査によるが、選ばれた者はミミカ様が楽しむ祭りの護衛が出来るのだぞ!?」
「そうですよっ! 一緒に食べ歩きしましょうよ!」
「わかったわかった。とりあえずうどんが伸びるからさっさと食え」
瑞希の言葉でうどんを思い出し、ミミカとグランは先にうどんを食べる。
そんな中、うどんを食べ終わったドマルが会話に参加する。
「はぁ~美味しかった! ところでその競技会ってどんなルールかミズキは聞いたの?」
「それがさ~、バランさんに聞いたんだけど秘密って言われてな。毎年ルールが違うのか?」
「いえ、例年通りですと木剣を使用して乱戦での戦いになります。兄さんが先程言った様に、この城の兵士は基本的に二人一組のパートナー兼、子弟制度となっていますので、上の者に推薦された二十名程が参加します。ミズキ殿の場合は特例でしょうね」
「子弟制度? 組んでる師匠が部下より弱かったら意味ないんじゃないのか?」
「月に一度、部下の者は上司兵士に挑むことができます。そこで勝てばより強い上司兵士と組むことができます。ただ、それは剣において強いという事なので、人を纏める力や、戦術等はまた別評価なので、上司と部下の関係が変わるわけではありません。あくまでも剣の強さの目安にするのと、向上心を持たせるための制度です」
「あぁ、だから競技会で上位の者から選別されるのか。人柄に問題がある奴にミミカの護衛を務めさせたくないもんな」
グランはうどんを食べ終わり、出汁を飲み切った器をテーブルに叩きつける。
「だからこそ、その競技会に出れる事自体が若手の名誉なのだ! それをいきなり兵士でもないミズキが飛び入りで参加する事自体が異例なのだ!」
「ミズキはパートナーからの推薦って訳じゃないんだよね……これって単純にバラン様がミズキの強さを知りたいだけじゃないかな?」
「バランさんが? 何で?」
「バラン様は元々兵士から成りあがった人だからね。ミミカ様と旅をした人の強さは気になるんじゃないかな?」
「ん~……一理あるけど、俺はそんなに強くないぞ?」
「話だけ聞けば気になるでしょ? 只の鉄の剣でゴブリンメイジを真っ二つにした。オーガの群れを引き連れたオーガキングを討伐した。どっちの話もバラン様は聞いてるだろうしね」
「ミズキさん、ちなみに先程の子弟制度っすけど、バラン様の師匠が誰か知ってるっすか?」
瑞希はジーニャの言葉に首を傾げる。
「ミズキ殿も知ってる方ですよ」
「俺の知ってる人?」
「ロベル様だっ! あの方に手解きを受けるのが何故ミズキなのだっ! もう現役を引退されたから組む事は出来ないが、たまに訓練所に顔を出された時には我々若手兵士は軽く打ち合って駄目出しをして貰うぐらいしか出来ないのだぞっ!? 何故ミズキばかりが……っ!」
「そんな事言われても知らねえよ……いつもミミカの側に居るからたまたま話しかけただけだしな」
瑞希は頭を掻きながらグランの切実な訴えに返答する。
「ミズキ殿、先程の子弟制度の件ですが、毎年志願兵が入って来るので、若手と呼ばれる年齢、ここでは二十五歳なのですが、その歳を迎えると嫌でも上司側に回るんです」
「てことはグランも来年からは上司か? 仕事を人に教えるのは難しいぞ~?」
「そして、先程も言った様に、弟子側の入れ替えはまずパートナーである上司に挑み勝つ事、もう一つはその上司より強い上司と組んでいる兵士に勝つ事で入れ替わりが行われます。ロベル様は上司側に回ってからは一度も弟子に負けてないですし、上司側では一番強いとされていました。バラン様と組んでいる期間はバラン様も弟子の入れ替えを阻止され続けたぐらいです」
「えっと……つまり……」
「あの御二方の全盛期は当時の兵士の中では最も強かったと言われているんです」
瑞希は初めて会った時の厳格なイメージより、ミミカと打ち解けてからの父としてのイメージの方が強いので、アンナの説明を受けても困惑している。
「ミミカの親父さんって凄いんだな……」
「少し前のお父様はこぉんな感じの目をしてピリピリしてましたけどね!」
ミミカが自身の目を吊り上げ説明すると、その顔が面白かったのかシャオとチサが笑いだす。
「じゃあそのロベルさんに教えて貰ってるミズキの剣技も成長してるんだよね?」
「ミズキの剣は効率を探す剣なのじゃ!」
「それってロベル様も言ってたっすけど、職業柄ってのはどういう事なんすか?」
「料理というか、飲食店って作業をしながら別の事を考える事が多いんだよ。次は何の料理を作ろうとか、この順序の方が早く出来上がるとかな。仕込みとか準備の段階でもより早く終わる様に考えて実行する。新しく思いついたらまた実行する。それを繰り返しているとどんどん早くなるから、同じ時間でも出来る作業量が増えるだろ? そして時間が空いたら新しい仕事も増えると……」
以前の職場から離れ、ブラック思考から離れると以前の仕事量の多さに笑いが込み上げてくる。
しかし、その経験が剣技に生きてるならそれで良いかと思い直した。
「なんか大変だったんっすね……」
「じゃあミズキがその競技会に出てもボロ負けする訳じゃないんだね?」
「どうなんだろうな? アンナ、お前から見て実際どうなんだ?」
「正直に言えば、兄さんには敵わないと思います。兄さんは馬鹿ですが、剣においては相当強いですし……」
妹が素直に褒めてくれたのが相当嬉しかったのか、グランは満面の笑みで頷く。
「その通りだっ! ミミカ様っ! 私、グラン・クルシュは当日の勝利を貴方に捧げますっ!」
「……え~……ミズキ様が負けるのはやだぁ……」
ミミカの本音に、グランの笑顔は固まり、グランの熱い宣誓がまた微妙な空気を醸し出す。
「くっ……! ミズキっ! 全てお前のせいだっ!」
「何でだよ……」
瑞希がグランに呆れていると、アンナが言葉を続ける。
「……ただ、ミズキ殿の成長速度は凄いですので、もしかしたら良い所までは行くのではないでしょうか? 明日もロベルさんと訓練ですよね?」
「いや、明日はチサを連れて、冒険者の仕事がてら魔物を討伐する事になってるんだ。シャオがチサの実戦経験を積ませたいみたいでな。その後はロベルさんと食事の予定がある」
「え~! 爺やとどこに行くんですか!? 私も行きたいです!」
「どこかは知らんけど、行きつけのお店があるみたいだから料理の勉強になるかと思ってな……おっと、チサも眠たそうだし解散にするか。チサ、部屋まで歩けるか?」
「……ん~……」
「駄目だこりゃ……」
「ミズキ殿、後片付けは私とジーニャでやっておきますので、チサ殿を運んであげて下さい。うどんご馳走様でした!」
「悪いな。じゃあ後は任せる。チサ~?」
瑞希は再度チサに話しかけるが、チサからは返事が返って来ず、すうすうと寝息が聞こえてくる。
瑞希は仕方がないと、チサを背中に背負うと、シャオが怒り出す前に手を繋ぎ、ドマルと共に厨房を後にする。
「シャオちゃんとチサちゃんばっかりずるい~!」
「仕方ないですよ。チサ殿はまだ子供ですし、今日もシャオ殿にしごかれていたそうですから。ジーニャ、こっちは拭いておくから洗い物を頼む。兄さんも早く寝て明日の仕事に備えろ」
「そうさせて貰おう。それではミミカ様、お休みなさいませ」
「お休み~……あ、今日の事はお父様とかテミルに言っちゃ駄目だからね! 秘密ね!」
ミミカは口の前で一本の指を立て、夜食の件を口止めする。
「は、はいっ! 畏まりました! では私もこれで……」
ミミカの可愛さに、グランはふわふわとした足取りで厨房を後にする。
アンナは兄の想いを知ってはいるが、ミミカには通じないだろうなと、妹としてはその想いが少し残念に思えてしまう。
しかし、アンナはそんな事を知っても兄は諦めないだろうとも思う。
何故ならグランはアンナの兄であり、アンナ自身と良く似ているからだ――。
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「チサちゃん良く寝てるね」
「チサめ……明日はもっとしごいてやるのじゃ!」
「程々にしてやれよ? チサはまだ子供なんだから。シャオにはちゃんと後でブラッシングしてやるからさ」
「くふふふ。当たり前じゃ」
「……にへへ」
チサは何か楽しい夢でも見ているのか、時折笑い声を出しながら瑞希の背中に揺られる。
温かく、気持ちの良い揺れを感じながら、今日も楽しかった一日に幕を下ろすのであった――。
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