グランと夜食
日は沈み、夕食をとっくに終えた瑞希は、シャオとチサと共に厨房を借り、夜食としてある物を作っていた。
「ほう~! カパ粉焼と材料は一緒なのに全然違う物が出来るのじゃな!」
「カパ粉は万能だからな! 寝かしてた生地も良い感じに出来てるし、さっさと切るか」
瑞希は打ち粉をした作業台の上で生地を伸ばしてから折りたたんで行く。
チサは自身で作っているマクとメースの出汁を啜り、味見をしてから瑞希の元に持って行き確認をして貰う。
「もう少しジャルを入れてくれ、訓練後は汗を搔いてるだろ? 塩分の補給も大事だからな」
「……汗を掻いてるのに塩分を補給せんかったらどうなるん?」
「体から塩分が失われると疲れやすくなったり、病気になったり、最悪は死に至る……けどまぁそんな事になる前に皆食事を取るから大事にはならないけどな。それでも仕事で汗を掻く人や、暑い時期は塩分不足を気を付けた方が良い。けど取り過ぎも駄目だぞ? その時に合った量が大事だ」
「……どんな栄養でも取りすぎは毒なんやね……これぐらいでどう?」
瑞希は再びチサに差し出された出汁を味見すると、チサに親指を立てる。
「この折りたたんだ生地はどうするのじゃ?」
「これはこうやって細く切って行くんだよ……」
瑞希が折りたたんだ生地を包丁で素早く切り分けて行くと、瑞希が見慣れた麺が出来上がる。
「夜食はなぽりたんなのじゃ?」
「あの生地は卵も入ってただろ? これは出汁と一緒に食べるうどんだ! これならアンナ達が訓練で疲れててもつるつるっと入るし、出汁で塩分も取れる。それに消化も良いからな。卵を入れて月見うどんにしようか」
「……うちも食べたい」
「わしも食べたいのじゃ!」
「じゃああいつらが来るまでに先に味見をしようか!」
瑞希は沸かした湯に切り分けたうどんを放り込むと、湯の中でうどんを泳がせる。
その間に小鍋に取り分けたチサの作った出汁を入れ、沸騰させてから卵を人数分割り入れる。
卵が半熟に固まりかけた頃合いで、うどんの茹で加減を確かめ、マリジット地方で購入してきた丼に湯切りしたうどんを盛り付け、上から出汁を注ぐ。
最後に青ネギの様な野菜のシャマンを細かく切った物を散らした。
「ほいっと。これで月見うどんの完成だ! 熱いから気を付けて食べろよ?」
三人は椅子に座り、手を合わせる。
「「頂きまぁす(なのじゃ)!」」
「どうぞ召し上がれ」
瑞希は箸でうどんを手繰り上げると、ずずずっと音を立てて啜る。
もちもちとした食感と、出汁の香りに、瑞希は懐かしさを感じる。
「美味ぁ~……うどんはやっぱ出汁が大事だよな! ……どうした二人共? 麺が伸びるぞ?」
「……そうやって食べるん?」
「あ、そうか……麺を啜るって事が無かったのか。試しにうどんを一本咥えて啜ってみな」
「やってみるのじゃ」
シャオとチサは箸でうどんを掴み、ちゅるちゅると一本のうどんを啜り込み、うどんの食感を楽しむ。
「上手い上手い。味はどうだ?」
「もちもちして美味しいのじゃ! チサの作った出汁と合ってるのじゃ!」
「……これ、ええなぁ! 好きな味やわ!」
「ある程度食べたら、半熟卵を崩して黄身と絡めて食べると味がまろやかになってまた美味いぞ?」
瑞希はそう教えながら、トッポの粉末を少し加え、うどんを啜る。
お子様達は崩した卵を緬と絡めてからうどんを啜ると、まろやかな味に笑みが溢れる。
各々が緬を食べ切り、汁を飲み切った所で、厨房の扉が開かれる。
「お腹空いたっす!」
「ミズキ殿、本当に作ってくれたんですか?」
現れたのはアンナとジーニャである。
瑞希の訓練が終わった時に、アンナとジーニャが寝る前に訓練をしている事を知った瑞希は、夜に訓練をすると腹が減るだろうという事で、夜食を作る約束をしたのが、本日のうどんを作った理由である。
アンナとジーニャの後ろからぬっと姿を現したのはあの男である。
「ふん! 本当に夜食だけなんだろうな? 逢引等ではない様だが……」
「兄さん? ぶっ飛ばすぞ?」
「すいませんでした」
「わははは。アンナとグランのやり取りも見慣れたけど、何回見ても面白いな」
「貴様っ! 何を笑っている!?」
「兄さん?」
「……はい」
瑞希にグランと呼ばれた男は、医務室で再度瑞希に絡み、アンナに物理的に打ちのめされたのだが、再び目覚めてから残された卵粥を平らげた後に、瑞希の料理が気になり始めた。
瑞希もその後、何度か絡まれてる内に同い年という事もわかり、本人は打ち解けたつもりなのだが、グランは敵対心を露わにしている。
「さてと……今からジーニャ達と約束してた夜食を作るけど、グランも食うか?」
「ふんっ! どうしてもと言うなら食ってやらんこともない!」
「じゃあ作ってやらねぇぞ? アンナとジーニャは食べるよな?」
瑞希はグランから視線を外し、アンナとジーニャの方に顔を向ける。
「当然食べるっす!」
「私も頂きます! 兄さんはほっといて良いので」
「ぬぐぐっ!」
「今日のはチサが出汁を取った料理で、卵粥にも使った出汁なんだけどな~、グランはいらないのか~?」
瑞希の煽りに対抗すべく、我慢をしようと思ったグランだが、卵粥に使われた出汁という言葉に屈服し……。
「お、俺のも頼む……」
「なんだって~?」
「ミズキ! 俺のも作ってくれっ!」
「わははは。人間素直が一番だぞ? じゃあちょっと待ってろよ……」
瑞希は笑いながら調理を始めると、グランはアンナから溜め息を吐かれる。
チサは自分達の食器を魔法を使って洗う様にシャオに命じられ、シャオの監督の元、魔法で洗い物をしている。
「いい加減ミズキ殿を認めたらどうなんだ?」
「誰があんな奴を!? ちょっと……いや大分……凄く……料理が上手いだけで、剣技……は最近身に付いてきてるが……まだまだあいつは認めん!」
「ミズキさんも言ってたっすけど、素直が一番っすよ?」
「そうだぞ? 素直にミズキ殿を認めろ」
「ぷくく。そういう所は兄妹揃って似てるっすけどね!」
「「どこがだっ!?」」
声を揃えて否定する兄妹に、ジーニャの笑い声が響く。
その声を扉の向こうで会話を聞いている二つの影があった。
「(入らないんですか?)」
「(だ、だって声を掛けて貰ってないし……でも御夜食は食べてみたいです……)」
当然シャオが気付かない訳がないのだが、知ったる気配に知らんぷりをしていた。
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「あいよ、お待たせ~! 夜食の月見うどんだ! 卵は半熟になってるから途中で潰して味の変化を楽しんでくれ。辛いのが好きならトッポの粉をかけても美味いぞ」
「「頂きます!」」
アンナとジーニャが手を合わせてから、箸で緬を持ち上げる。
瑞希からお土産として貰った箸を練習して使える様になった様だ。
「そうそう。シャオとチサも食べ方が分かんなかったみたいなんだけど、うどんを口に咥えたら、つるつるっと啜って食べてくれたら良い」
「変わった料理っすね……」
「でも美味いんだろうな……」
アンナとジーニャはうどんを咥えるとちゅるちゅると啜り、咀嚼する。
「はぁ~……優しい味っすね! 汗を掻いてから、冷えた体も温まるっす!」
「美味いな……でも、ミミカ様にバレないだろうか?」
「お嬢がこんな時間に起きてる訳ないっすよ!」
二人が会話する横では、ずるずると小気味良い音を立てて、一心不乱にうどんを啜る男が居た。
グランは一口食べ始めると、すっかり気に入った出汁の味が口内に広がり、もちもちとしたうどんはするすると胃の中に納まっていく。
途中で潰した卵の黄身が、汁に混ざると、より優しい味わいになり、うどんを食べつくすとそのままの勢いで汁を一気に飲み干した。
「わははは。グラン、相当気に入ったな?」
「悔しいが物凄く美味い……ミズキ、お代わりをくれ!」
「あいよ。……ミミカ達もそんな所に居ないで入って来いよ! うどん食うか~!?」
突然扉に向けて声を出した瑞希と、その言葉にびくっと反応した、うどんを食している三人は扉の方を向いて、静かに開く扉を眺める。
そこにはおずおずと姿を現したミミカと、元々厨房に入ろうとしていたドマルが姿を現した。
「ミズキが夜食を作ってるって聞いてたから来たけど、何でミミカ様だけ仲間外れだったの?」
「そ、そうですよ!? 二人も何で黙ってたのよっ!」
「別に仲間外れにしてた訳じゃないよ。これは元々アンナ達の訓練終わりの夜食向けに作ってただけだからな。それにミミカは普段この時間は寝てるだろうし、ドマルは仕事帰りだから晩飯だろ?」
「そうなんだよ~! もう商談がずっと続いてお腹が空いて困ったよ! どんな料理か分からないけど、大盛りでお願い!」
「わ、私は小盛りで……後、二人には後で話を聞かせて貰うからね!」
グランはミミカの登場に緊張している中、アンナとジーニャは秘め事が見つかった後ろめたさを感じている中、ドマルは純粋に瑞希の料理の登場を楽しみにしている中、瑞希はうどんの準備をするのであった――。
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